東京の空の下 ~当節猫又余話~

月夜野 すみれ

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第五章

第五章 第一話

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四月二十一日 火曜日

 休み時間、高樹が噂話を仕入れてきた。

「え……」
「どういう事?」
 秀と俺が聞き返した。

「見えない何かにぶつかって転ぶらしい」
「それ、俺達が何かする必要あるか?」
「かなりの勢いでぶつかられるらしいんだ。それで死んだ人がいるらしい」
「死ななくてもケガした人もいるんだって」
 高樹と雪桜が言った。
 死人まで出ているなら放っておく訳にはいかないだろう。

 妖奇征討軍め……。

 俺は溜息をいた。

 放課後、中央公園で祖母ちゃんと落ち合うと見えない何かの話をした。

「ああ、馬ね」
「馬!?」
 俺達は同時に声を上げた。

「時々暴れ馬が走ってるわよ。人が跳ね飛ばされてたし、多分それでしょ」

 現代の道路に暴れ馬……。

 化生の話に慣れてる俺達ですらしばし言葉を失った。

「それ、どうやったら退治出来るんだ?」
「さぁ?」
 祖母ちゃんが首を傾げる。
 俺達は顔を見合わせた。
 話し合いの結果、とりあえず今夜、馬を見にいってみる事になった。

「俺は一応馬の退治方法、師匠に聞いてみる」

 馬退治……。

 武士でも馬退治はしなかったのではないかと思ったが、考えてみたら暴れ馬を乗りこなしたりする話はドラマか何かで観た事がある。
 馬を乗りこなす方法を教われるかもしれない。

 高樹が馬に乗って日本刀を振り回すようになるかもしれないのか……。
 暴れん坊将軍みたいになるな……。
 現代版、暴れん坊将軍……。

 高樹は将軍ではないが。
 というか、それ以前に武士ですらないが。
 俺達は待ち合わせ場所を決めた。

 夜、俺達は馬が出ると言われている場所の近くに集まった。
 祖母ちゃんが白狐を、高樹が頼母を呼んでくれていた。
 全員揃うと同時に叫び声が聞こえた。
 声の方に顔を向けると馬がこちらに疾走してくる。

「ホントに馬なんだな……」
 高樹が呆気に取られた様子でそう言った時、
「望! けなさい!」
 祖母ちゃんの鋭い声で我に返った高樹が慌てて後ろに下がった。
 その目の前を馬が駆け抜ける。
 馬はあっという間に遠ざかって姿が見えなくなった。

「……あれ、俺達になんとかなるのか?」
 あの速さでは人間の足では追い付けないし、前に立ちふさがろうとしたらり殺される。

 馬に蹴られたなんて冗談みたいな死因は嫌だ……。

 馬にたずさわっている人ならともかく、俺は本物を見たこともない高校生だ。
 それなのに路上で馬に蹴られたなどと言ったら笑いものになるのは間違いない。

 自転車でも追い付けそうにないし、かと言って俺達はバイクも車も運転出来ない。
 仮に運転出来るとしても猛スピードで逃げていく馬を追走しながら攻撃するというのは難しいだろう。
 いくら繊月丸でも真横に行かなければ骨は砕けないだろうし、弓で射るにしても移動している状態で狙いを付けられる自信はない。

 新宿では年に一度、流鏑馬やぶさめ神事しんじが行われるので見にいったことがあるのだが、走っている馬からだと止まっている的ですら中々当たらないのだ。
 まして的の方も猛スピードで移動するとなると相当な腕がなければ当たらないだろう。
 中学の部活で少々たしなんでいた程度の俺では逆立ちしても無理だ。

「あれでは手も足も出ぬな」
 頼母が言った。
「ドラマか何かで武士が暴れ馬乗りこなす話を見たんだけど実際にはそんな事はなかったってことか?」
「どらま?」
「芝居の事よ」
「なるほど」
 頼母が頷いた。
「芝居にしろ、まことの話にしろ、それは乗れればの話だ」

 そういえばそうか……。

 暴れていると言っても手綱に繋がれて、その場にとどまっていたから乗れたのである。
 つまり、乗りこなすにしても足止めは必要という事だ。
 俺は最後の頼みの綱である白狐に目を向けた。

「久々に見たな」
 白狐が言った。
「あれ、知ってるのか!?」
「達者すぎるのも考えものよな」
勿体もったいぶらなくていから早く教えなさいよ」
「あれは絵だ」
「え?」
 俺は眉をひそめた。
 表情からすると秀と高樹も意味が分からなかったらしい。

「以前にもあったのだ。あまりにも達者だったゆえ、絵から馬が抜け出してしまってな」
「え……絵!?」
「うむ」
 白狐が頷く。
「その時はどうしたんだ?」
「絵に手綱たづなを描き込んだら出てこなくなった」
「手綱を描き込むだけならすぐに終わるな」
 俺が安心して言った。
「どこに絵があるのか分かるのか?」
 頼母の問いにハッとする。
 そうだ、描き込むにはまず絵を見付けなければならない。

「絵から馬から抜け出したら噂になるだろ」
 高樹が言った。
「抜け出してる事が分かればな」
 頼母の答えに高樹が言葉に詰まる。
 そう言われてみれば人間はみんなぶつかったものが見えなかった。
「絵から抜け出した馬が見えてないと気付けないのか」
 俺は考え込んだ。

「姿は見えずとも、抜け出してる間は絵から馬が消えてるぞ」
「ああ、絵から馬が消えるって噂を探せばいいのか」
「そう言う噂もないみたいだよ」
 秀がスマホで検索しながら言った。
 横から覗き込むと、画面にはオカルトの噂を集めているサイトの掲示板が表示されている。

「人間にはぶつかるのに窓や壁は割れないのか?」
「昔、絵から出てきた時は? 壁とかは通り抜けてたのか?」
 俺の疑問を聞いた高樹が白狐に訪ねた。
「昔はふすまや障子だった故な」

 そうか……。

 ガラスがなく、襖や障子を蹴飛ばすだけで外に出られたのか。

「なら野晒のざらしなのか?」
 この近辺に空き地はほとんどないし、細い路地を通り抜けられるのでなければ後は絵がありそうな場所はゴミ置き場という事になる。
 この辺り一帯のゴミ捨て場を回らなければいけないのかと思うとげんなりする。

 そう思った時、ひづめの音が聞こえてきた。
 馬が迫ってくるのに気付いた時にはすぐそこまで来ていた。
 進路上に繊月丸がいる。
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