30 / 40
第六章 花霞
第二話
しおりを挟む
紘彬達が飲み屋に入っていくと、山崎達がいた。
紘彬に気付いた奥野が手を上げた。
「どうした、そんなきれいどころ連れて」
「羨ましいだろ。そうだ、お前達も一緒に飲まないか? 丁度こっちは三人足りなかったんだ」
そう言ってから如月達の方を振り返って、
「いいだろ?」
と訊ねた。
「桜井さんのお友達ならいいですよ」
羽田が答えた。
紘彬達は机をつけて十人が座れるようにした。
紘彬の友達ならいい、と言いながらも、紘彬の隣の席をめぐって水面下で密かな争いがあったが、当の本人は気付いていなかった。
紘彬達が飲み始めてしばらくしたとき、
「ひろ君、見ーっけ」
と言う声がして振り返ると、やたら派手な服を着た女性が立っていた。
「芳子か」
奥野が迷惑そうに言った。
「ひろ君の行きつけ覚えてたんだ。偉いでしょ。褒めて褒めて」
奥野は眉をひそめてそっぽを向いたが、芳子と呼ばれた女性は気にした様子もなく、強引に奥野の隣に座った。
「この人達は? ひろ君のお友達? だよね、山崎さんと吉田さんいるもん。小沢芳子でぇす」
「…………」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が続いた。
「……如月風太です」
いつまで待っても奥野は芳子に自分達を紹介しようとしないので、如月が自己紹介した。
如月に続いて紘彬達が順番に名乗っていった。
「ひろ君のお友達だね。覚えておかなきゃ。メモメモ」
そう言って芳子は奥野の方を見たが、突っ込んでくれそうにないと見ると、
「って、メモ帳ないじゃん。てへ」
セルフ突っ込みをして、舌を出しながら自分の頭をコツンと叩いた。
それからは芳子の独演会だった。
「芳子ね……でね……芳子がね……それで芳子が……芳子ってば……」
芳子一人が喋っていた。
みんな白けた様子なのにも気付かない様子だった。
十時近くなり、
「女性はもう帰った方がいいな」
奥野はそう言うと、
「芳子、送るよ」
と言って立ち上がった。
「わーい。ひろ君、今日うち泊まってく?」
等と言いながら奥野の腕にぶら下がった。
「泊まらねぇよ」
奥野はそう言うと、紘彬達の方を向いて、
「いつもの店で待っててくれ」
と言った。
婦警達も続いて出て行くと、紘彬と如月、それに山崎と吉田が後に残った。
「相変わらず痛い女」
「奥野の彼女なんだからそう言うなよ」
紘彬が窘めるように言った。
「奥野の方はもう別れた気でいるよ」
「じゃ、俺達も行こうぜ」
「この店じゃダメなのか?」
紘彬が訊ねた。
「あの女が戻ってきたら困るだろ。だから知られてない店に移るんだよ」
紘彬と如月は顔を見合わせながら吉田達の後に続いた。
別の店に移ってしばらくすると奥野がやってきた。
「早かったな。彼女の家、近いのか?」
紘彬が訊ねた。
「まさか。タクシーに乗せたよ」
奥野はそう言うと、椅子にどかっと座った。
「ったく、参るよな。空気読めっての」
「性格は悪そうに見えなかったし、きれいな子だし、何が不満なんだよ」
紘彬が言った。
「こいつ、専務の娘との結婚が決まってんだよ」
「だから別れるのか?」
「だって、あれ、上司に紹介できるか? 確実に出世コースから外されんぞ」
奥野が言った。
「あれって、彼女を物みたいに言うなよ。だったら、なんで付き合ってたんだよ」
「だって、顔はいいから連れて歩くのには向いてるだろ」
「ホント、あの女の取り柄って顔だけだよな」
「わざと冷たい態度取ってんのにさぁ、離れないんだよな」
「そりゃそうだろ。東大出の出世頭だぜ。何が何でも離す気ないだろ」
芳子の悪口を聞いているうちに紘彬は徐々に不機嫌そうな顔になっていった。
「あー、死んでくんないかな、あの女」
奥野はそう言ってから、慌てて紘彬の方を見た。
紘彬はいきなり立ち上がると、
「俺達明日早いから、もう帰るよ。行こうぜ、如月」
と言って如月に声をかけた。
「はい。それじゃあ、失礼します」
如月は奥野達に会釈をすると、紘彬について店を出た。
「悪いな、如月」
「何がですか?」
「昔はあんなじゃなかったんだけどな。女の子とも真面目に付き合ってたし」
「自分は別に気にしてませんよ」
「なんかとことん飲みたい気分だな」
紘彬はのびをして曇っている夜空を見上げた。
「お付き合いしますよ」
「寮って門限ないのか?」
「ありますけど、終電終わったら署の柔剣道場に泊まりますから」
「それくらいならうちに泊まれよ」
「いいんですか?」
「おう。じゃ、飲みに行こうぜ」
「あ、それならいい店知ってますよ」
紘彬と如月は連れだって歩き出した。
「桜井さん、永山のことなんですけど……」
紘彬がパソコンで報告書を打っていると、如月が話しかけてきた。
「どうした?」
紘彬は顔を上げた。
「ちょっと気になることが……」
如月の言葉に、椅子ごと向き直った。
「小沢が、飲んでるときに配達に来た永山に会ったって言ってましたよね」
「それで?」
「永山のバイト先に確かめたんです。夜遅く配達したことがあるか」
紘彬は黙って聞いていた。
「そしたら歌舞伎町はそもそも受け持ち区域じゃないそうなんです。それに、週二日くらいしか働いてないんだとか」
「……俺の高校時代の同級生が大学の時、宅配のバイトやってたんだけどさ、荷物一個につき何十円って歩合制だったらしいんだ。それも届け先が受け取るまでもらえないとかって。今は違うかもしれないけど」
「そんなに儲かるバイトじゃないってことですよね」
それなのに永山はどうやって半年で三十二万円もの金を貯めたのか。
「それにさぁ、永山の口ぶりだと少なくともデートくらいはしてたんだよな」
「そんな感じでしたね」
と言うか、田之倉は除外するとしても永山とだけ寝てなかったとも思えない。
「麻生みたいな女の子が安い店に入ると思うか? でも、割り勘にもしそうにないだろ」
「確かに」
話に聞いた限りではおごってもらって当然と思っている女性のようである。
如月は麻生のような女の子とデートしたことはなかったが、一回が高くつきそうだというのは何となく想像がついた。
「永山の大学の出席率とか交友関係とか調べてみたんだけどさ、たまに授業をサボることはあっても大体出席してたみたいなんだよな。それに友達付き合いもちゃんとしてたみたいなんだ」
「しゃかりきになってバイトばかりしてた訳じゃないってことですね。バイト代は安いのに」
となると、他に収入があったことになる。
それもかなり割のいいものだ。
「宅配の制服着てれば何持っていっても誰も疑わないよな」
「どんなものでも、どこにでも堂々と持ち込めますよね」
紘彬と如月は顔を見合わせた。
「永山をどこで見かけたか調べてみます」
「俺は拘留されてる小沢に聞いてみる」
紘彬は佐久と共に取調室に向かった。
「話したら釈放してくれるのか?」
永山のことを聞かれた小沢が身を乗り出した。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、減刑してくれるとか」
「確約は出来ないが、心証は良くなるな」
小沢は黙り込んだ。
「自分の立場が分かってるのか? 暴力団の資金洗浄手伝ったんだぞ。少しでも心証良くしなければお勤めがそれだけ長くなるぞ」
小沢はしばらく迷った末、ようやく話し始めた。
自分が関わった暴力団とは関係ないことなら話しても大丈夫だと思ったのだろう。
紘彬に気付いた奥野が手を上げた。
「どうした、そんなきれいどころ連れて」
「羨ましいだろ。そうだ、お前達も一緒に飲まないか? 丁度こっちは三人足りなかったんだ」
そう言ってから如月達の方を振り返って、
「いいだろ?」
と訊ねた。
「桜井さんのお友達ならいいですよ」
羽田が答えた。
紘彬達は机をつけて十人が座れるようにした。
紘彬の友達ならいい、と言いながらも、紘彬の隣の席をめぐって水面下で密かな争いがあったが、当の本人は気付いていなかった。
紘彬達が飲み始めてしばらくしたとき、
「ひろ君、見ーっけ」
と言う声がして振り返ると、やたら派手な服を着た女性が立っていた。
「芳子か」
奥野が迷惑そうに言った。
「ひろ君の行きつけ覚えてたんだ。偉いでしょ。褒めて褒めて」
奥野は眉をひそめてそっぽを向いたが、芳子と呼ばれた女性は気にした様子もなく、強引に奥野の隣に座った。
「この人達は? ひろ君のお友達? だよね、山崎さんと吉田さんいるもん。小沢芳子でぇす」
「…………」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が続いた。
「……如月風太です」
いつまで待っても奥野は芳子に自分達を紹介しようとしないので、如月が自己紹介した。
如月に続いて紘彬達が順番に名乗っていった。
「ひろ君のお友達だね。覚えておかなきゃ。メモメモ」
そう言って芳子は奥野の方を見たが、突っ込んでくれそうにないと見ると、
「って、メモ帳ないじゃん。てへ」
セルフ突っ込みをして、舌を出しながら自分の頭をコツンと叩いた。
それからは芳子の独演会だった。
「芳子ね……でね……芳子がね……それで芳子が……芳子ってば……」
芳子一人が喋っていた。
みんな白けた様子なのにも気付かない様子だった。
十時近くなり、
「女性はもう帰った方がいいな」
奥野はそう言うと、
「芳子、送るよ」
と言って立ち上がった。
「わーい。ひろ君、今日うち泊まってく?」
等と言いながら奥野の腕にぶら下がった。
「泊まらねぇよ」
奥野はそう言うと、紘彬達の方を向いて、
「いつもの店で待っててくれ」
と言った。
婦警達も続いて出て行くと、紘彬と如月、それに山崎と吉田が後に残った。
「相変わらず痛い女」
「奥野の彼女なんだからそう言うなよ」
紘彬が窘めるように言った。
「奥野の方はもう別れた気でいるよ」
「じゃ、俺達も行こうぜ」
「この店じゃダメなのか?」
紘彬が訊ねた。
「あの女が戻ってきたら困るだろ。だから知られてない店に移るんだよ」
紘彬と如月は顔を見合わせながら吉田達の後に続いた。
別の店に移ってしばらくすると奥野がやってきた。
「早かったな。彼女の家、近いのか?」
紘彬が訊ねた。
「まさか。タクシーに乗せたよ」
奥野はそう言うと、椅子にどかっと座った。
「ったく、参るよな。空気読めっての」
「性格は悪そうに見えなかったし、きれいな子だし、何が不満なんだよ」
紘彬が言った。
「こいつ、専務の娘との結婚が決まってんだよ」
「だから別れるのか?」
「だって、あれ、上司に紹介できるか? 確実に出世コースから外されんぞ」
奥野が言った。
「あれって、彼女を物みたいに言うなよ。だったら、なんで付き合ってたんだよ」
「だって、顔はいいから連れて歩くのには向いてるだろ」
「ホント、あの女の取り柄って顔だけだよな」
「わざと冷たい態度取ってんのにさぁ、離れないんだよな」
「そりゃそうだろ。東大出の出世頭だぜ。何が何でも離す気ないだろ」
芳子の悪口を聞いているうちに紘彬は徐々に不機嫌そうな顔になっていった。
「あー、死んでくんないかな、あの女」
奥野はそう言ってから、慌てて紘彬の方を見た。
紘彬はいきなり立ち上がると、
「俺達明日早いから、もう帰るよ。行こうぜ、如月」
と言って如月に声をかけた。
「はい。それじゃあ、失礼します」
如月は奥野達に会釈をすると、紘彬について店を出た。
「悪いな、如月」
「何がですか?」
「昔はあんなじゃなかったんだけどな。女の子とも真面目に付き合ってたし」
「自分は別に気にしてませんよ」
「なんかとことん飲みたい気分だな」
紘彬はのびをして曇っている夜空を見上げた。
「お付き合いしますよ」
「寮って門限ないのか?」
「ありますけど、終電終わったら署の柔剣道場に泊まりますから」
「それくらいならうちに泊まれよ」
「いいんですか?」
「おう。じゃ、飲みに行こうぜ」
「あ、それならいい店知ってますよ」
紘彬と如月は連れだって歩き出した。
「桜井さん、永山のことなんですけど……」
紘彬がパソコンで報告書を打っていると、如月が話しかけてきた。
「どうした?」
紘彬は顔を上げた。
「ちょっと気になることが……」
如月の言葉に、椅子ごと向き直った。
「小沢が、飲んでるときに配達に来た永山に会ったって言ってましたよね」
「それで?」
「永山のバイト先に確かめたんです。夜遅く配達したことがあるか」
紘彬は黙って聞いていた。
「そしたら歌舞伎町はそもそも受け持ち区域じゃないそうなんです。それに、週二日くらいしか働いてないんだとか」
「……俺の高校時代の同級生が大学の時、宅配のバイトやってたんだけどさ、荷物一個につき何十円って歩合制だったらしいんだ。それも届け先が受け取るまでもらえないとかって。今は違うかもしれないけど」
「そんなに儲かるバイトじゃないってことですよね」
それなのに永山はどうやって半年で三十二万円もの金を貯めたのか。
「それにさぁ、永山の口ぶりだと少なくともデートくらいはしてたんだよな」
「そんな感じでしたね」
と言うか、田之倉は除外するとしても永山とだけ寝てなかったとも思えない。
「麻生みたいな女の子が安い店に入ると思うか? でも、割り勘にもしそうにないだろ」
「確かに」
話に聞いた限りではおごってもらって当然と思っている女性のようである。
如月は麻生のような女の子とデートしたことはなかったが、一回が高くつきそうだというのは何となく想像がついた。
「永山の大学の出席率とか交友関係とか調べてみたんだけどさ、たまに授業をサボることはあっても大体出席してたみたいなんだよな。それに友達付き合いもちゃんとしてたみたいなんだ」
「しゃかりきになってバイトばかりしてた訳じゃないってことですね。バイト代は安いのに」
となると、他に収入があったことになる。
それもかなり割のいいものだ。
「宅配の制服着てれば何持っていっても誰も疑わないよな」
「どんなものでも、どこにでも堂々と持ち込めますよね」
紘彬と如月は顔を見合わせた。
「永山をどこで見かけたか調べてみます」
「俺は拘留されてる小沢に聞いてみる」
紘彬は佐久と共に取調室に向かった。
「話したら釈放してくれるのか?」
永山のことを聞かれた小沢が身を乗り出した。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、減刑してくれるとか」
「確約は出来ないが、心証は良くなるな」
小沢は黙り込んだ。
「自分の立場が分かってるのか? 暴力団の資金洗浄手伝ったんだぞ。少しでも心証良くしなければお勤めがそれだけ長くなるぞ」
小沢はしばらく迷った末、ようやく話し始めた。
自分が関わった暴力団とは関係ないことなら話しても大丈夫だと思ったのだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる