タイトルは最後に

月夜野 すみれ

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第8話

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 二人はチョコとキャンディをラッピングしてオーナメントの中に入れていった。

「小夜、自分で入れるんじゃサプライズにならないね。昨日教わってうちで作ってくれば良かった」
 と言ってもマカロンやピールなどは清美一人で作るのは無理だが。
「作ったのが自分でも楽しみなのは変わらないよ」
 小夜がくすぐったそうな笑顔で答えた。
「この為に大きいツリー選んでくれたんだね、ありがとう」
 小夜は本当に嬉しそうに礼を言った。

 帰宅した楸矢にプレゼントを渡し霧生家で夕食をご馳走になった帰り道、
「今日はありがとう。清美ちゃんと久しぶりに会えたのもプレゼントも嬉しかった」
 楸矢が清美に礼を言った。
「そんな、大したものでは……」
「ツリーの飾り付けもうちったの初めてだし、すっげぇ楽しかった」
 楸矢が嬉しそうに言った。

 夕食後に清美と楸矢、小夜の三人でツリーを飾ったのだ。
 ツリーが無かったので予想はしていたが、やはり楸矢は家でクリスマスの飾り付けをしたことが無かった。
 各自の部屋のドアや玄関に飾られたクリスマスリースも、
「クリスマスって感じがする!」
 と言って喜んでいた。

「アドベントカレンダーも初めてだし、明日の朝がすっげぇ楽しみ」
 楸矢がそう言った時、清美のマンションが見えてきた。

 もういちゃった……。

 こう言うとき家が近いと一緒にられる時間が短いのが難点だ。
 すぐに会いに行けるというのはメリットだが。

「次はクリスマスイブだね。デートもろくに出来なくてごめん」
「気にしないで下さい」
「でも清美ちゃん、デートとか出来る彼氏の方が良かったでしょ」
「楸矢さんが大学出たらいっぱいデートすればいいんですよ」

 清美の言葉に楸矢は思わず笑みがこぼれた。
 清美はいつも前向きだ。
 小夜に突っ込んでるのを聞いている限りでは現実はしっかり見えている。
 つまり事実をきちんと受け止めた上でいい方向に考えているのだ。
 楸矢や小夜がそのポジティブさにどれだけ救われているか、清美は気付いていないだろう。
 人付き合いが苦手な小夜が清美とだけは親しくしているのもその為だ。
 楸矢も小夜も見せないようにしているだけで実際にはかなり後ろ向きだし、家庭の事に関しては諦観ていかんに支配されていた。
 仕方が無い、自分には縁が無い、無い物ねだりだと思って諦めていた。
 それを変えてくれたのが清美なのだ。
 清美が違う視点から見る事を教えてくれた。

「じゃあ、卒業まで振られないようにしなきゃね」
 楸矢が笑いながら言った。
 浮かれていた清美は一気に現実に引き戻された。
 謙遜なのか天然なのか、楸矢はよくこういう事を言う。
 見た目と性格のい音大生なんてどう考えても引く手あまたで、普通の女子高生でしかない清美には本来手が届かない存在だと思うのだが。
 音大付属高校は女子の方が遥かに多かったと言っていたし女の子はよりどりみどりだろうに何故なぜ自分と付き合う事にしたのだろうと、つい考えてしまう。


 イブの日の午後、清美は霧生家に訪れた。
 料理の手伝いをする為だ。
 しかし清美が着いた時には小夜は既にシチュー用の肉をでながらローストチキンの下拵したごしらえをしているところだった。

「でかっ」
 思わず声が出てしまった。
 頭と毛が無いだけの丸ごとの鶏肉を生で見たのは初めてだ。
「ホント、びっくりだよね~」
 楸矢が笑いながら言った。
「家でこういうの作れるものだとは思わなかったよ」
「あたしに出来ること無さそうだから洗い物するね」
「サラダ作るの手伝って」
「うん。あ、その前に。楸矢さん、お願いしたい事が……」
「いいよ、何?」
「実は柊矢さんへのプレゼント、シャンパンにしようと思ったんですけど……」
「いいんじゃない? 嫌いじゃないと思うよ」
「それが、あたしじゃ売ってもらえないので……」
「あ、そっか。未成年はお酒買えないんだっけ。いいよ、俺、買ってくる」
「すみません」
 清美が謝りながら楸矢にお金を渡した。
「いいって。俺、柊兄とうにいへのプレゼント用意してないから俺の分と合わせればいやつ買えるだろうし」
 楸矢はそう言って部屋から財布と上着を取ってくると酒屋へ向かった。

 料理が出来上がってテーブルの上に並べているときチャイムが鳴った。

「俺が出るよ」
 楸矢はそう言って玄関へ向かった。
 ドアを開けると椿矢が立っていた。
「あれ、来られないって言ってなかった?」
「いつになるか分からなかったから。でも今日に間に合って良かった。柊矢君、呼んでくれる?」
 その言葉に楸矢は柊矢を呼んできた。

「なんだ?」
 柊矢が来ると椿矢は封筒を差し出した。
「これ、小夜ちゃんへのクリスマスプレゼント。ご両親の写真」
「残ってなかったんじゃ……」
 楸矢が言った。
「ネットにはね。でもご両親の知り合い探したら持ってる人いたからプリントアウトしてもらったんだ。あとデータを入れたSDカードも入ってるから」
 柊矢は封筒を受け取った。

「今渡すと泣いちゃうかもしれないからお開きになったら渡してあげて」
「すまない」
 柊矢が頭を下げた。
「気にしなくていいよ」
「予定ってこれ探す事? ならもう終わったんだよね?」
「うん」
「ならあんたも一緒にパーティしようよ」
いの? もう料理、作り終わってるでしょ」
「小夜が食べきれるか心配してたくらいだから問題ない」
「なら、お言葉に甘えて」
 椿矢はそう言うと霧生兄弟の後に続いた。

 椿矢はテーブルの上のチキンの大きさに目を見張った。

「……感謝祭と間違えてないよね?」
「感謝祭は七面鳥ですよね? これはチキンですから」
 鶏一羽を丸ごと焼いたなら確かに四人で食べきれるか心配になるのも無理はない。
 チキンの他にリースのように円形に盛り付けてあるサラダや直径二十センチほどのドーナツ状のゼリーのようなものなどがある。
 ゼリー状のものは中に緑や赤い野菜が入っていて、サラダと同じようにリースに見立ててある。

「これはゼリー? て言うかジュレ?」
 椿矢が訊ねた。
「寒天を使ってるのでゼリーとも言えます」
 首をかしげた椿矢に、小夜は、
「煮こごりやジュレも寒天を使う場合があるので」
 と補足した。
 つまり作り方――というか材料――はゼリーも煮こごりやジュレも同じ(場合がある)という事らしい。
 それに雪の結晶のような形に焼いたパンもあった。

「これ、小夜ちゃん達が作ったの? すごいね」
「あたしが手伝ったのはハムや野菜の型抜きとサラダの盛り付けだけです」
 作ったとは口が裂けても言えないレベルの事しかしていない。
 下拵えは小夜がほとんど終えていた。
 ローストチキンに至っては二日前からマリネ液にけていたと聞かされ、自分にはとても真似出来そうにないと白旗しろはたかかげた。
 楸矢は小夜に恋愛感情を持ったことはないようだが、こういう事が出来る女性が好みなのだとしたら清美では到底とうてい太刀打たちうち出来そうにない。

「清美がそう言う時間が掛かるの引き受けてくれたから手の込んだ料理が作れたんだよ」
「そうかな」
「そうだよ。さ、座って下さい」
 小夜がみんなうながした。
「どれも綺麗に盛り付けてあるから食べるために崩しちゃうのもったいないね」
「でも飾っておく訳にもいきませんから」
 そう言いながら席に着いた。
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