東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

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第三章 再会と復活と

第五話

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 清志は小学校からの帰り道、一人で歩いていた。

「痛っ!」
 突然左手に痛みを感じて顔をしかめた。
 指先から血が出ていた。
 周囲にケガをしそうな物は何も無い。
 少し風が吹いてるから何かが飛んできて切れたのだろう。

 昨日は転んで膝をケガして今日は手か……。

 昨日、立ち上がる時に手を貸してくれたお姉さんには気後きおくれしてしまって礼が言えなかった。
 そんな事を思いながら手を見て、指先から流れ出す赤い液体に目を奪われた。
 き付けられるように指をめた。

 刹那、衝撃に目を見開いた。
 美味しいなんてものではなかった。
 今まで食べたどんなものにもまさる味だった。
 口の中に不思議な味と香りが広がり身体中に染み渡っていく。

 こんなに美味おいしいものがるなんて!

 これ以上うまいものなどこの世に無いと思った。
 清志は血を舐めるのに夢中で自分を見ている者の存在には気付いていなかった。

 昼休み、季武と六花はいつも通り屋上にた。

「それで土曜日に五馬ちゃんがうちに来るの」
 季武は弁当を食べながら六花の話を聞いていた。

 五馬と仲良くなるまで六花が季武と話していたのは昔の話がほとんどだった。
 民話という言葉など無かった時代からお伽噺とぎばなしを聞くのが好きで古老ころうの昔話を喜んでいた。
 年寄りの長話にうんざりした他の者達が席を立ってもイナだけは熱心に聞いていた。
 それくらい好きな昔話をせずに友達の話ばかりしているのだから、やはり自分から人を遠ざけていたのではなく周りが六花をけているのだ。
 六花は友達が欲しかったのだろう。

 季武は人の感情の機微きびうといから率直に聞いても大丈夫か分からなかったので貞光達に訊ねてみたら「デリケートな問題だから質問する時は気を付けろ」と忠告された。
『友達がいない』と言う言葉に傷付く人間は多いし、特に思春期の子は繊細だから単刀直入に切り込んだりするなと釘を刺された。
 しかし性格的にイナがらかすとは思えないと言う点では他の三人の見解は一致していた。
 だがらかすとは思えないからこそ仲間外れにされそうな理由を誰も思い付けなかった。
 民話研究会のメンバーは普通に接しているとなると尚更だ。
 ただ、イジメを受けてる子をかばったために代わりにイジメられるようになった可能性があるとは言っていた。
 実際、村の嫌われ者を助けたせいで一緒に村八分にされた事があるから十分考えられる。

 放課後、季武は六花に一緒に帰らないかと誘った。
 六花はすぐに承諾した。

「貞光達が中央公園に来るって言ってたから寄ってくか?」
「私がいたら邪魔にならない?」
「聞かれて困る話はしない」
 それを聞いて季武の言葉に甘える事にした。
 頼光だけではなく頼光四天王も六花にとってはアイドルだ。

「こんにちは」
 六花は三人にお辞儀した。
「六花ちゃん、季武が何時いつ人間界こっちに来たか知りたがってたよね」
「え?」
 綱の言葉に六花は戸惑った。
 確かに季武に聞いたがそんなに強く知りたがっているように見えたのだろうか?
 六花は季武を見上げた。

馬鹿バカそれ、六花ちゃんじゃねぇだろ」
 貞光が綱の頭を小突こづいた。
「あ、昔のイナちゃんか」
「おぇ、い加減の適当なとこなんとかしろ」
る事が杜撰ずさん過ぎるんだよ」
「で、でも、四天王のリーダーですからいざとなったら頼りになるんですよね!」
 六花がフォローするように言った。

「リーダーじゃないぞ」
 季武が即座に否定した。
「え……」
「綱だけ貴族だったから物語とかではそう言う事になってるんだろうね」
「頼光様の義理の兄弟の養子にったかんな。四人の中で一番身分が高かったってだけだ」
 金時と貞光が補足した。

「それだけなんですか? 大江山の仕返しに来た茨木童子を倒したり、頼光様と北山の土蜘蛛退治したり……」
それ、おれ達もたんだよね」
何故なぜか綱しか出てこねぇんだよな」
 金時と貞光が不満げに顔を見合わせた。
「『羅生門』や『土蜘蛛』は役者の人数の関係だろ。能舞台は狭いから大勢は出せないってだけだと思うぞ。歌舞伎では四人とも出てるんだし」
 季武が言った。

『羅生門』は映画の方ではなく謡曲ようきょく(能楽)の方である。
 謡曲に綱が羅生門で鬼と戦う話があり、それも『羅生門』と言う題名なのだ。
 話の内容は『平家物語』の「剣」の舞台を一条戻橋から羅生門に変えた話なのだがたまに鬼が大江山の仕返しに来た茨木童子になっている事が有る。

「土蜘蛛退治の話はいくつかあるだろ」
 季武が六花の方を向いて言った。

 有名なのは『平家物語』の「剣」に載っている頼光が病気で寝込んでいる時に怪僧(に化けた土蜘蛛)に襲われた話と、『土蜘蛛草紙つちぐもそうし』の頼光と綱が髑髏どくろが空を飛んでいったのを見て追い掛けたら土蜘蛛がたと言うものである。

「都での大規模な土蜘蛛討伐は一度だけだ」
「じゃあ、頼光様が病気で寝込んでた方が実話って事?」
「いや、両方作り話フィクション。土蜘蛛討伐はしたが、髑髏どくろが空を飛んでるのを見た訳じゃないし、頼光様は寝込んだ事は無い」
「おれ達、病気はしないからね」
「仮にるとしても頼光様あのひとんねぇよな。頑丈だし」
 貞光が言った。

それに土蜘蛛の死骸を串刺しにして河原にさらしたりもしてない」
「晒しても人間には見えないからね」
 六花は首をかしげた。
如何どうした?」
「今『平家物語』の土蜘蛛の話が創作だって言ってたでしょ。でも綱さんをさらった鬼は橋姫だって……」
「橋姫の話は本当だよ」
 金時が言った。
「空中で腕切った話もな」
 季武が呆れ顔で付け加えた。

「普通、飛んでる時にんねぇだろ」
「山まで行ったら帰るの大変じゃん。歩いて帰らないといけない時代だったんだぞ」
「愛宕山から堀川までなんて大した距離じゃないだろ。人間だって精々せいぜい三時間半だぞ。俺達なら一時間も掛からないだろ」
「神社の屋根壊してんじゃねぇよ」
「夜中に呼び出された播磨守はりまのかみも迷惑だったと思うぞ」
 確か安倍晴明が呼ばれたと書いて有ったから播磨守はりまのかみとは晴明の事だろう。
それ播磨守はりまのかみに七晩、部屋にもるように言われたんだけど、六晩目に妻の振りした鬼に騙されて扉を開けたんだよね」

 平安時代版オレオレ詐欺……。

それで妻に、自分の声が分からなかったって激怒されて家を追い出されたんだよな」
「したら別の女んに転がり込んで妻、更に激怒」
「俺、あれ見たとき人間の女って鬼より怖いと思ったわ」
 綱が腕組みで頷きながら言った。
「お前の所為せいだろ!」
「普通行かねぇだろ! 怒った妻おいて他の女のとこなんか!」
其処そこ謝るとこだろ!」
 金時、貞光、季武が次々と突っ込んだ。

 ……あれ?
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