東京綺譚伝―光と桜と―

第八章 疑惑と涙と

第一話

　森の中で例の討伐員の気配を感じた。
　物陰から窺うかがうと地面に倒れていた。
　かなり気配が弱まっているから遠からず核になって異界むこうへ戻るだろう。

　其その時、足音が聞こえた。
　討伐員を見付けたのだろう。
　慌てた様子で駆けてくる。

「しっかりして。具合、悪いの？」
　少女が助け起こしながら問い掛けると、
「腹が空いただけだ……」
　討伐員が弱々しく答えた。
　少女は急いで袋の中から木の実を粉にして固めた団子を取りだす。
「此これ、木の実で出来てるから、お肉は入ってないよ」
　討伐員は少女に渡された団子をあっという間に平らげてしまった。
「ね、村においでよ。此この辺には食べられるもの無いし……」

　話の途中で討伐員は意識を失った。
　団子一つでは到底とうてい足りなかったのだ。
　少女は最初、討伐員を引きずって行こうとしたが自分一人の力では無理だと判断すると村へ走っていった。

　人間達に拠よって村へ運ばれた討伐員は少女に説得されたのか村に住み着いたらしかった。
　此この辺は多少食料に余裕が有るので割と他所よそ者に寛容だから討伐員も村に直すぐに受け入れて貰もらえた様ようだ。
　村で農作業などを手伝いながら時々現れる反はぐれ者を討伐していた。
　流石さすがに任務だけは真面まともに出来るらしい。

「此この木の実を集めれば良いいのか？」
「うん、でも、少し残しておいてね」
「如何どうして？」
「全部採とっちゃうと鳥が困るから」
　少女の言葉に討伐員は納得した様ように頷いた。
　鳥は飛べるのだから此処ここに無ければ他の場所に行くだけだろうに、相変わらず人間は馬鹿だし、其それに納得してしまう異界の者も愚かだ。
　まぁ、馬鹿な人間と愚かな異界の者という組み合わせは案外お似合いなのかもしれない。

　夕方になり、六花と五馬は公園の出口で別れた。

　六花が五馬の背中を見送っていると、
「あれ、五馬ちゃん。偶然だね」
　綱が声を掛けているのが見えた。

　実際は隠れて見張っていたのだろう。
　でなければ季武が「鬼と戦っても大丈夫な場所」などと言う訳がない。
　綱と五馬が行ってしまうと季武が姿を現した。
　予想通りだったので驚かなかった。

「八田と何なんの話してたんだ？」
　季武が並んで歩きながら訊ねた。
「最近、綱さんが余所余所よそよそしいから嫌われたんじゃないかって……」
「そうか」
「五馬ちゃんは綱さんの恋人の生まれ変わりなんだよね？」
「……恐おそらく違う」
　季武は目を逸そらせた。
「じゃあ、恋人じゃないのに、その……」
「済すまん。昔ならもう結婚してる年だし、綱あいつ、手が早いから……」
　季武が困ったように謝った。

　季武達は幾度いくたび綱の修羅場に巻き込まれたか分からないくらいだし、頼光がブチ切れて刀に手を掛けた時は自分もとばっちりで斬られるんじゃないかと肝きもを冷ひやしたくらいだ。
　思い出すだけで頭痛がしてくる。

「あ、別に、季武君が謝る事じゃ……。その、合意の上だったんだし……」
　六花が慌てて言った。
「でも……違うなら、やっぱり恋人捜すよね？」
「……痕を付けるのは本当に掛け替えのない相手だからだ。他の人間では代わりには成ならない。綱は痕を付けた相手が三人居いるが、其それでも、其その三人に対する想いの強さは俺と変わらない」

　とは言え最後の部分に関しては正直自信が無い。
　イナが生まれ変わるまでの間でさえ他の女に手を出したいと思った事の無い季武からすれば、恋人が居いるのに他の女にも手を出す綱の心理は理解出来ない。
　だが、そもそも季武のようにわざわざ痕を付けてまで同じ相手を捜し出して毎回添い遂げてるのが異例なのだ。
　綱は季武の真似をしただけかもしれない。
　だから綱が季武ほど執着しているかは分からない。
　ただ、一応痕あとを付けた三人は他の女性よりは大事にしている。

「じゃあ、五馬ちゃん、振られちゃうんだ……」
「…………」
　季武には答えられなかった。
　下手に嘘を吐ついて六花を傷付けたくない。
　そう思うと何も言えなかった。
　綱が女を振った事は無い。
　別れるのは自然消滅や股掛またがけされてるのに嫌気が差した女が別れを切り出した時くらいだ。
　痕を付けた三人以外になら振られたところで気にも止めないが、その三人はどれだけ綱に腹を立てても別れたりはしない。
　だから今回も振る事はないだろう。

　だが……。

　六花は季武の沈黙で答えを悟さとったようだった。

　季武と六花がマンションへ向かって歩いていると、季武の懐から、
「来た！」
　綱の声がした。綱が場所を告げた。

　綱の言った場所までは少し離れている。

「済すまん」
　季武はそう断ると六花を抱えて地面を蹴った。
　一瞬でビルの屋上に飛び上がると其処から屋上伝いに綱の言った場所に向かった。

「貴様ら！　今日こそ異界むこうへ送り返してやる！」
　綱の周りを酒呑童子と茨木童子、それに大量の鬼が取り囲んでいた。
　大鎧姿の綱が髭切ひげきりの太刀たちを抜いた。