東京綺譚伝―光と桜と―

月夜野 すみれ

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第九章 涙と光と

第二話

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 昼休み、季武と六花はいつものように屋上にた。

「え、お客さん?」
 六花が聞き返した。
「ああ、しばらうちに泊まる事にったんだ。だから料理をもう一人分作って欲しい。礼として何でも聞いていから」
「そんな、お礼なんていよ」
「いや、頼光様や客が気にするから遠慮なく聞いてくれた方がい」
「そう言う事なら……」
 何を聞いてもいと言う事は客も異界むこうの人なのだろう。

 もしかして歴史に名前が残ってる人かな。
 歴史上の人なら資料に残ってない話を聞けるかもしれない。

 六花の胸が期待におどった。

 放課後、季武と一緒に頼光達のマンションへ行くとリビングに頼光と同い年くらいの男性がた。
 やはり格好良かっこいいと言うかすごい美形だ。
 落ち着いていて上品な印象の男性だった。

 異界の人って美形ばかりなのかな。
 でも見た目を変えられるって事はこう言う外見を自分で選んでるんだよね。

「六花ちゃん、平井ひらい保昌やすまさだ」
 頼光が紹介した。
よろしく」
 保昌が微笑んで言った。
 声も低く落ち着いていてやわらかい。

「……もしかして、藤原保昌ふじわらのやすまささん、様ですか?」
如何どうして分かった?」
 保昌が意外そうに訊ねた。
「以前、頼光様が保昌ほうしょう……様って言ってた事が……。それに、平井に住んでいたから平井保昌ひらいのやすまさとも呼ばれてるって資料で読んだので……」
「だから安直過ぎると言ったんだ」
 頼光がそれみろという顔で睨んだ。
「部下達が藤原保昌ふじわらのやすまさなんて学校では習わないって言ってたんだがなぁ」
 保昌がおっとりとした口調で言った。

「『今昔物語集』とかに、いくつか話が載ってますよ」
「六花、今時『今昔物語集』を読んでるのは古典好きくらいだ」
 季武が言った。
「『今昔物語集』を読んでなくても和泉式部……さんの結婚相手ですし……」
弾正台だんじょうだい帥宮そちのみやは日記で有名みたいだけど、橘道貞たちばなのみちさだや私は普通は知らないと思うがなぁ」
「普通はな」
 貞光が、ぼそっと呟いた声が聞こえて六花は赤くなった。
「でも、正式な結婚相手は保昌様や道貞さんですよね?」
「まぁそうだけど、日記には書いてもらえなかったからねぇ」
 保昌が微苦笑びくしょうを浮かべた。

「もしかして、坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ……さんとか、藤原利仁ふじわらのとしひとさんも異界むこうの……」
本当ホントに良く知ってるねぇ」
 保昌が苦笑にがわらいした。
「大江山の時は保昌様もご一緒だったんですよね?」
「そうだけど……伝承っての程度残ってるの?」
「えっと……」
 保昌の問いに六花が答えようとすると、
「伝説は伝説ですから!」
「かなり脚色されてるよな!」
「色々間違ってるとこ有りますから!」
「創作がかなり入ってますので」
 四天王が口々に六花を遮った。
 保昌は、どうやら訊かない方がいようだと気付いたらしくそれ以上は突っ込んでこなかった。
 六花も、伝承に残ってる話はされたくないらしいと悟って口をつぐんだ。
 頼光達は普通に話してくれているからおそらく保昌に聞かせたくないのは事実ではなく伝説の方だろう。
 六花は昔の都の話など当たり障りのない事を聞きながら夕食を作った。

 季武は六花をマンションまで送り届けると貞光に待ち合わせに少し遅れると連絡した。

 季武は前にぐれ者討伐に来た公園に来ていた。
 以前気配を感じた場所へ向かう。
 隠形おんぎょうになると植え込みの中へ入った。
 低木の影に元は白かったと思われる黒い鞄が落ちていた。
 ぐれ者に喰われた時に飛び散った血で黒く染まったのだろう。
 そして白い小石に見える骨の欠片。
 肉片も付いていたのかもしれないが、小さいから土と木の匂いで腐敗臭ふはいしゅうに気付かれなかったか、ネズミか虫に食われてしまって臭わなかったか。
 骨からかすかに綱の気配がする。
 エリの痕は鎖骨の辺りだから骨まで綱の気配がみ付いていたのだろう。
 エリがここで喰われたのだ。
 人間と異界の者の気配が入り交じっていたのはこのせいだ。
 季武は溜息をいた。

 月曜、六花は四天王のマンションで料理を作っていた。

 季武君達は何も言わないけど五馬ちゃんはもう……。

 五馬が生きている可能性が有るなら綱が捜しているはずだ。
 だが最近は綱もマンションにる。
 おそらく見込みが無いか、死んだとはっきり分かっているから捜してないのだろう。

 多分、私のために黙っててくれてるんだよね……。

 ふと、ゴミ箱に捨ててあるスナック菓子の袋が目に入った。
 パッケージに印刷された茶色い塊を見て五馬が持っていた小石スコリアを思い出した。

「あの、スコリアって知ってますか?」
「スナック菓子の?」
「女の子だぞ、イギリスのお菓子に決まってんじゃん」
「火山噴出物ふんしゅつぶつだろ」
 貞光が呆れたように言った。
「そうです、火山から生まれる石です」
それも何かの伝説と関係あるの?」
 金時が訊ねた。
「いえ……普通の石とは違うんですよね? 私、見分けられないので……」
「探してるって事? 今の中学で地学なんて習う?」
「そうじゃないんです」
 六花は口籠くちごもった後、ちらっと綱に視線を向けた。
 目が合った綱が不思議そうな顔をした。

 綱さん、あの石の事、聞いてないのかな……。
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