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第六章
第六章 第六話
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「最可族が身内同士で殺し合っているという話は聞いたことがないから、わざわざ狙ってきているのだとしたら理由があるはずだが……混血のせい?」
桐崎が眉を顰める。
「混血は理由にならないのか?」
「血が混ざらないようにしたいのなら一族同士で子をなせばいいだけだろう」
「ですが、他の一族を好きになってしまうことがあるのではありませんか? 流ちゃんやあの女の方のご両親もそれで一緒になったのでは」
「無いとは言い切れんが、そんなのは珍しくないからな。最可族だけそんな事をするものなのかどうか」
「流ちゃんを待っている時、私を捕まえていた最可族が流ちゃんを殺せば自分が次の長になれると言っていました」
「長?」
「はい、ですから混血を殺すと長になれるという事はないですか?」
水緒の言葉に桐崎は益々困惑した表情になる。
「そんな理由で一々身内を殺していたら一族がいなくなってしまうだろう」
「鬼なんて理由もなく誰かを襲うものだろ」
「いや、敵対している一族ならともかく、同じ血を引く者を殺して回るなんて話は聞いたことがないぞ」
「師匠が知らないだけだろ」
「まぁ確かに鬼同士の争いは人間とは関係ないから、それがしが知らないだけかもしれぬな」
鬼でも化猫でも人間に害をなさないなら桐崎は気にしない。
だから流やミケを家に置いているのだ。
「その鬼は他に何か言ってたか?」
「ああ」
「なんと言ってた?」
桐崎が身を乗り出す。
「覚えてない。一人で何か喋ってた」
流の言葉に桐崎は溜息を吐いた。
「流、次に会った時は話をちゃんと聞いておきなさい。狙いが分かれば事前に対策を講じておけるし、場合によっては阻止することも出来るんだ。未然に防げれば水緒も巻き添えを食らう心配がなくなるんだぞ」
水緒の安全のためと言われてしまうと嫌だとは言えない。
午前の稽古が終わると出掛けるまでの繕い物中や店に着くまでの間、流は水緒の側にいて話を聞いていた。
水緒は桐崎に止められていたから黙っていただけで本当はお喋りが好きらしい。
ずっと楽しそうに話していた。
水緒の嬉しそうな表情を見ているだけで流も嬉しくなる。
夕方、水緒の水茶屋に向かっていると路地から、つねが出てきた。
「今日も暑いね」
「ああ」
流が返事をするとつねが驚いたような表情になった。
今日も無視されると思っていたのだろう。
「俺達が狙われるのは混血だからだって言ってたな」
「そうだよ」
「なんで混血を狙うんだ?」
「嫌いだかららしいよ」
「そんな理由で?」
流が呆れた表情を浮かべたからだろう。
「ホント、鬼って野蛮だよね。最可族は特に凶暴で血に飢えてるって話だよ。災禍族って言うくらいだからね」
「…………?」
流が怪訝そうな表情を浮かべたのを見たつねは、
「最可族の『さいか』ってのはホントは災いの渦って書くんだよ」
と言った。
母親が最可族ではない、自分はそんな理由で小さい頃から狙われてきたのか。
流は自分から誰かを傷付けたいと思ったことはないから何故そんな理由で殺そうと考えるのか理解出来ない。
水緒と二人だけで過ごしていければそれで良いのに……。
つねは他にも何か色々話しているが最可族についてそれ以上詳しいことは知らないようだし、鬼とは関係なさそうだったので聞き流した。
何を話していたのかは知らないが適当に返事をしていたらつねは上機嫌で店に入っていった。
毎日、流が水茶屋へ向かう途中つねがやってきて何か話している。
良く飽きもせずに喋り続けていられるものだと思ったが、考えてみたら水緒もずっと話をしている。
水緒の話なら楽しいと思えるが、つねの言葉は全く耳に入ってこないからセミとやらと大して違わない。
セミの声は夏にしか聞こえないが、この女は秋になっても消えないだろうから違いは夏だけか、それ以外の季節も聞こえるかだけだ。
つねとはいくら一緒にいても「楽しい」とか「嬉しい」とかいう気持ちにならない。
水緒は話の内容だけではなく、声も心地いいし、表情も可愛い。
つねも錦絵に描かれたくらいだから綺麗な部類に入るのだろう。
流には顔の美醜はよく分からないのだが。
「あ、流ちゃん」
流に気付いた水緒が笑顔を向けてきた。
流が片手を挙げると、水緒が店の奥に声を掛けた。
そのとき初めてつねが消えていることに気付いた。
セミの声が意識しないと聞こえないのと同じようなものだろう。
要するに居ても居なくても同じという事だ。
水緒は店から出てくるとその日あったことを話し始めた。
その時、不意に頭のてっぺんに何かが掛かった。
手で触れてみると水のようなものだった。
「あ、それセミの……」
水緒が苦笑いしながら手拭いを取り出して手を伸ばしたが届かない。
流が屈むと水緒が拭いてくれた。
「すまん」
流が礼を言うと水緒は微笑って手拭いをしまった。
「セミっていうのはミーンミンミンって言うこの音を出してる……」
「うん、虫だよ。木に止まってる……ほら、そことか……」
そう言って水緒が近くの樹を指した。
よく見ると木に一寸ほどの何か止まっている。
あれが鳴き声の主らしい。
「シャシャシャっていうのがクマゼミ、カナカナカナって鳴いてるのはヒグラシで、ツクツクホーシって鳴くのがツクツクホウシ」
名前が違うのは何か理由があるのかと思ったが、水緒に聞いてみたら首を傾げながら「鳴き声が違うからだと思う」と困ったような表情で答えた。
水緒も理由は知らないらしい。
話を聞く限り毒にも薬にもならない無害な生き物のようなのに何故わざわざ名前を付ける必要があるのか理解出来なかったが、とりあえず水緒との話のネタにはなった。
桐崎が眉を顰める。
「混血は理由にならないのか?」
「血が混ざらないようにしたいのなら一族同士で子をなせばいいだけだろう」
「ですが、他の一族を好きになってしまうことがあるのではありませんか? 流ちゃんやあの女の方のご両親もそれで一緒になったのでは」
「無いとは言い切れんが、そんなのは珍しくないからな。最可族だけそんな事をするものなのかどうか」
「流ちゃんを待っている時、私を捕まえていた最可族が流ちゃんを殺せば自分が次の長になれると言っていました」
「長?」
「はい、ですから混血を殺すと長になれるという事はないですか?」
水緒の言葉に桐崎は益々困惑した表情になる。
「そんな理由で一々身内を殺していたら一族がいなくなってしまうだろう」
「鬼なんて理由もなく誰かを襲うものだろ」
「いや、敵対している一族ならともかく、同じ血を引く者を殺して回るなんて話は聞いたことがないぞ」
「師匠が知らないだけだろ」
「まぁ確かに鬼同士の争いは人間とは関係ないから、それがしが知らないだけかもしれぬな」
鬼でも化猫でも人間に害をなさないなら桐崎は気にしない。
だから流やミケを家に置いているのだ。
「その鬼は他に何か言ってたか?」
「ああ」
「なんと言ってた?」
桐崎が身を乗り出す。
「覚えてない。一人で何か喋ってた」
流の言葉に桐崎は溜息を吐いた。
「流、次に会った時は話をちゃんと聞いておきなさい。狙いが分かれば事前に対策を講じておけるし、場合によっては阻止することも出来るんだ。未然に防げれば水緒も巻き添えを食らう心配がなくなるんだぞ」
水緒の安全のためと言われてしまうと嫌だとは言えない。
午前の稽古が終わると出掛けるまでの繕い物中や店に着くまでの間、流は水緒の側にいて話を聞いていた。
水緒は桐崎に止められていたから黙っていただけで本当はお喋りが好きらしい。
ずっと楽しそうに話していた。
水緒の嬉しそうな表情を見ているだけで流も嬉しくなる。
夕方、水緒の水茶屋に向かっていると路地から、つねが出てきた。
「今日も暑いね」
「ああ」
流が返事をするとつねが驚いたような表情になった。
今日も無視されると思っていたのだろう。
「俺達が狙われるのは混血だからだって言ってたな」
「そうだよ」
「なんで混血を狙うんだ?」
「嫌いだかららしいよ」
「そんな理由で?」
流が呆れた表情を浮かべたからだろう。
「ホント、鬼って野蛮だよね。最可族は特に凶暴で血に飢えてるって話だよ。災禍族って言うくらいだからね」
「…………?」
流が怪訝そうな表情を浮かべたのを見たつねは、
「最可族の『さいか』ってのはホントは災いの渦って書くんだよ」
と言った。
母親が最可族ではない、自分はそんな理由で小さい頃から狙われてきたのか。
流は自分から誰かを傷付けたいと思ったことはないから何故そんな理由で殺そうと考えるのか理解出来ない。
水緒と二人だけで過ごしていければそれで良いのに……。
つねは他にも何か色々話しているが最可族についてそれ以上詳しいことは知らないようだし、鬼とは関係なさそうだったので聞き流した。
何を話していたのかは知らないが適当に返事をしていたらつねは上機嫌で店に入っていった。
毎日、流が水茶屋へ向かう途中つねがやってきて何か話している。
良く飽きもせずに喋り続けていられるものだと思ったが、考えてみたら水緒もずっと話をしている。
水緒の話なら楽しいと思えるが、つねの言葉は全く耳に入ってこないからセミとやらと大して違わない。
セミの声は夏にしか聞こえないが、この女は秋になっても消えないだろうから違いは夏だけか、それ以外の季節も聞こえるかだけだ。
つねとはいくら一緒にいても「楽しい」とか「嬉しい」とかいう気持ちにならない。
水緒は話の内容だけではなく、声も心地いいし、表情も可愛い。
つねも錦絵に描かれたくらいだから綺麗な部類に入るのだろう。
流には顔の美醜はよく分からないのだが。
「あ、流ちゃん」
流に気付いた水緒が笑顔を向けてきた。
流が片手を挙げると、水緒が店の奥に声を掛けた。
そのとき初めてつねが消えていることに気付いた。
セミの声が意識しないと聞こえないのと同じようなものだろう。
要するに居ても居なくても同じという事だ。
水緒は店から出てくるとその日あったことを話し始めた。
その時、不意に頭のてっぺんに何かが掛かった。
手で触れてみると水のようなものだった。
「あ、それセミの……」
水緒が苦笑いしながら手拭いを取り出して手を伸ばしたが届かない。
流が屈むと水緒が拭いてくれた。
「すまん」
流が礼を言うと水緒は微笑って手拭いをしまった。
「セミっていうのはミーンミンミンって言うこの音を出してる……」
「うん、虫だよ。木に止まってる……ほら、そことか……」
そう言って水緒が近くの樹を指した。
よく見ると木に一寸ほどの何か止まっている。
あれが鳴き声の主らしい。
「シャシャシャっていうのがクマゼミ、カナカナカナって鳴いてるのはヒグラシで、ツクツクホーシって鳴くのがツクツクホウシ」
名前が違うのは何か理由があるのかと思ったが、水緒に聞いてみたら首を傾げながら「鳴き声が違うからだと思う」と困ったような表情で答えた。
水緒も理由は知らないらしい。
話を聞く限り毒にも薬にもならない無害な生き物のようなのに何故わざわざ名前を付ける必要があるのか理解出来なかったが、とりあえず水緒との話のネタにはなった。
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