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第七章
第七章 第六話
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「あたしに会えなくて淋しかったかい?」
冗談を言っているのかと思って一瞥すると、つねはどんな思い違いをしたのか、
「心配したんならごめんよ」
と笑顔で言ってきた。
おそらく自分に都合が良いように解釈したのだろうが一体どんな勘違いをしているのか流には想像も付かない。
「あたしが誰と会ってたか気になるかい?」
本当に本気で言ってるのかと思ったが、どうでもいいので放っておいた。
「やだね、拗ねないどくれよ」
拗ねるとはなんだ?
流は首を傾げた。
よくも次々と訳の分からない事を言うものだ。
とりあえず水緒に「拗ねる」の意味を聞こうと心に留めておいた。
もし話題に困った時に聞いてみよう。
もっとも水緒は話好きだから会話のネタに困るという事は滅多にないのだが。
「実は保科に殺されそうになってさ」
「ホントか!?」
流は足を止めて振り返った。
「だから隠れてたんだよ。あんたに知らせようと思ったんだけど住んでるとこ知らないからさ。どこに住んでんだい?」
つねの問いには答えなかった。
いくら結界が張ってあると言ってもそれは敷地内だけだから一歩外に出たら襲われるのだ。
迂闊に場所を教えたら待ち伏せされる危険がある。
それに、あの寺の結界は人間が入って内側から壊したと言っていた。
それなら桐崎の家も人間が入ってきて壊せるだろう。
道場をやっている以上、住んでいる人間以外は通さない結界を張るというわけにはいかない。
それをやったら門弟達が入れなくなってしまう。
門弟なら出入り出来る呪いを施してしまったら意味はなくなる。
鬼の手先は桐崎の元門弟なのだ。
出入りが出来る他の門弟を抱き込んでしまえば中に入って結界を壊せる。
金に釣られて鬼の手先になるような人間がいるのだからどれほど警戒しても、し過ぎるという事はない。
僅かな油断が命取りになるのだ。それも水緒の。
「とにかく、注意しな」
つねはそう言うと自分の店に入っていった。
「水緒」
帰り道、流は水緒に話し掛けた。
「なに?」
声を掛けたら水緒の顔が明るくなった。
もしかして水緒の方も話し掛けられたいと思っていたのだろうか。
だとしたら悪いことをした。
喜んでくれると知っていたら無理にでも話題を探して話し掛けたのに。
というか、流は水緒が話してくれるから水緒のことをよく知っているが、水緒の方は流が話していなかったから一緒に見聞きしたことしか知らない。
流が水緒のことをよく知りたいと思っているように、水緒の方も本当は流のことを知りたかったのかもしれない。
遠慮して詮索しなかっただけなのだろう。
そうなると二重の意味で話しておかなかったのは悔やまれる。
今となっては水緒と知り合う前のことや水緒と知り合った後、再会するまで間のことは思い出さない限り教えようがない。
次からはもっと自分の話をすることにして今日のところは保科について訊ねた。
しかし保科も自分や自分と流との関係については何も話していなかったらしく、以前水緒が話してくれた以上のことは何も知らなかった。
「保科は本当に身方なのか?」
「どういうこと?」
「俺達を騙していたという事は有り得ないか? 俺の祟名を言うために取り入ろうとしていたというのは?」
流の言葉に水緒が考え込んだ。
「保科さん、強かったよ。多分、流ちゃんよりずっと」
「そうなのか?」
「うん、鬼から助けてくれたことが何度かあるの。流ちゃんが鬼と戦って大ケガした時も多分保科さんが助けてくれたんだと思う」
それくらい強かったのだから祟名を言うまでもなく殺そうと思えば殺せたと水緒は言いたいらしい。
仮に祟名を言うつもりで取り入ろうとしていたのだとしても、死に掛けていた時に止めを刺してしまえた。
それなら五年前の時点では流を殺す気はなかったと言う事になる。
五年前だろうが今だろうが混血というのは生まれ付きで変えようのないものなのだから、混血が理由だとしたら五年前に殺しているだろう。
記憶を失って目覚めた時、あの場には水緒と保科しかいなかった。
水緒には鬼と戦う力はないのだから殺そうと思えばあの時も水緒諸共殺すことが出来たはずだ。
それをしなかったのだから少なくとも流を殺そうとは思っていないのではないだろうか。
ただ、そうなると……。
「俺が保科を追い出したって言ってたよな」
「うん、大ケガしてて声を出すのもやっとだったのに保科さんを追い出しちゃったの」
出ていけと言われて素直に従ったのなら流に対して害意は持っていなかったという事だ。
目覚めた時の態度からしても昔から保科は水緒を心良く思っていなかったのだろう。
水緒が保科のことを何も知らないのも保科が教えなかったからだ。
聞かれても問題ないこと以外は水緒の近くで話さなかったのだろう。
それで水緒は知り合いという事しか知らなかったに違いない。
保科は流にとっては脅威ではなくても水緒にとっては危険だったのだ。
それが分かっていたから流は保科を遠ざけた。
流が動けない時に水緒が襲われたら助けられない。
水緒を守るためには追い出すしかなかったのだ。
この考えが正しいとすれば保科は依然として警戒すべき相手だ。
流に危害を加えることはなくても水緒に対しては何をするか分からないのだから。
水緒の敵は流の敵だ。
しかし流が混血なのは間違いないようだし、それでも保科は殺そうとしていないのだとしたらセミ女を狙っている理由が混血だからというのは勘違いか、混血を理由に殺そうとしているのは保科とは別の鬼のどちらかではないだろうか。
保科とは別の鬼だとすると警戒しなければならない相手は複数という事になる。
流は密かに溜息を吐いた。
冗談を言っているのかと思って一瞥すると、つねはどんな思い違いをしたのか、
「心配したんならごめんよ」
と笑顔で言ってきた。
おそらく自分に都合が良いように解釈したのだろうが一体どんな勘違いをしているのか流には想像も付かない。
「あたしが誰と会ってたか気になるかい?」
本当に本気で言ってるのかと思ったが、どうでもいいので放っておいた。
「やだね、拗ねないどくれよ」
拗ねるとはなんだ?
流は首を傾げた。
よくも次々と訳の分からない事を言うものだ。
とりあえず水緒に「拗ねる」の意味を聞こうと心に留めておいた。
もし話題に困った時に聞いてみよう。
もっとも水緒は話好きだから会話のネタに困るという事は滅多にないのだが。
「実は保科に殺されそうになってさ」
「ホントか!?」
流は足を止めて振り返った。
「だから隠れてたんだよ。あんたに知らせようと思ったんだけど住んでるとこ知らないからさ。どこに住んでんだい?」
つねの問いには答えなかった。
いくら結界が張ってあると言ってもそれは敷地内だけだから一歩外に出たら襲われるのだ。
迂闊に場所を教えたら待ち伏せされる危険がある。
それに、あの寺の結界は人間が入って内側から壊したと言っていた。
それなら桐崎の家も人間が入ってきて壊せるだろう。
道場をやっている以上、住んでいる人間以外は通さない結界を張るというわけにはいかない。
それをやったら門弟達が入れなくなってしまう。
門弟なら出入り出来る呪いを施してしまったら意味はなくなる。
鬼の手先は桐崎の元門弟なのだ。
出入りが出来る他の門弟を抱き込んでしまえば中に入って結界を壊せる。
金に釣られて鬼の手先になるような人間がいるのだからどれほど警戒しても、し過ぎるという事はない。
僅かな油断が命取りになるのだ。それも水緒の。
「とにかく、注意しな」
つねはそう言うと自分の店に入っていった。
「水緒」
帰り道、流は水緒に話し掛けた。
「なに?」
声を掛けたら水緒の顔が明るくなった。
もしかして水緒の方も話し掛けられたいと思っていたのだろうか。
だとしたら悪いことをした。
喜んでくれると知っていたら無理にでも話題を探して話し掛けたのに。
というか、流は水緒が話してくれるから水緒のことをよく知っているが、水緒の方は流が話していなかったから一緒に見聞きしたことしか知らない。
流が水緒のことをよく知りたいと思っているように、水緒の方も本当は流のことを知りたかったのかもしれない。
遠慮して詮索しなかっただけなのだろう。
そうなると二重の意味で話しておかなかったのは悔やまれる。
今となっては水緒と知り合う前のことや水緒と知り合った後、再会するまで間のことは思い出さない限り教えようがない。
次からはもっと自分の話をすることにして今日のところは保科について訊ねた。
しかし保科も自分や自分と流との関係については何も話していなかったらしく、以前水緒が話してくれた以上のことは何も知らなかった。
「保科は本当に身方なのか?」
「どういうこと?」
「俺達を騙していたという事は有り得ないか? 俺の祟名を言うために取り入ろうとしていたというのは?」
流の言葉に水緒が考え込んだ。
「保科さん、強かったよ。多分、流ちゃんよりずっと」
「そうなのか?」
「うん、鬼から助けてくれたことが何度かあるの。流ちゃんが鬼と戦って大ケガした時も多分保科さんが助けてくれたんだと思う」
それくらい強かったのだから祟名を言うまでもなく殺そうと思えば殺せたと水緒は言いたいらしい。
仮に祟名を言うつもりで取り入ろうとしていたのだとしても、死に掛けていた時に止めを刺してしまえた。
それなら五年前の時点では流を殺す気はなかったと言う事になる。
五年前だろうが今だろうが混血というのは生まれ付きで変えようのないものなのだから、混血が理由だとしたら五年前に殺しているだろう。
記憶を失って目覚めた時、あの場には水緒と保科しかいなかった。
水緒には鬼と戦う力はないのだから殺そうと思えばあの時も水緒諸共殺すことが出来たはずだ。
それをしなかったのだから少なくとも流を殺そうとは思っていないのではないだろうか。
ただ、そうなると……。
「俺が保科を追い出したって言ってたよな」
「うん、大ケガしてて声を出すのもやっとだったのに保科さんを追い出しちゃったの」
出ていけと言われて素直に従ったのなら流に対して害意は持っていなかったという事だ。
目覚めた時の態度からしても昔から保科は水緒を心良く思っていなかったのだろう。
水緒が保科のことを何も知らないのも保科が教えなかったからだ。
聞かれても問題ないこと以外は水緒の近くで話さなかったのだろう。
それで水緒は知り合いという事しか知らなかったに違いない。
保科は流にとっては脅威ではなくても水緒にとっては危険だったのだ。
それが分かっていたから流は保科を遠ざけた。
流が動けない時に水緒が襲われたら助けられない。
水緒を守るためには追い出すしかなかったのだ。
この考えが正しいとすれば保科は依然として警戒すべき相手だ。
流に危害を加えることはなくても水緒に対しては何をするか分からないのだから。
水緒の敵は流の敵だ。
しかし流が混血なのは間違いないようだし、それでも保科は殺そうとしていないのだとしたらセミ女を狙っている理由が混血だからというのは勘違いか、混血を理由に殺そうとしているのは保科とは別の鬼のどちらかではないだろうか。
保科とは別の鬼だとすると警戒しなければならない相手は複数という事になる。
流は密かに溜息を吐いた。
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