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第三章
第一話
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次の日、午前の稽古の前に光夜と信之介は宗祐に呼ばれた。
昨日の試合を見ていた弦之丞と宗祐は、光夜と信之介を宗祐が指導している組に入れても良いと判断したのだ。
上の組の稽古は今まで以上に楽しかった。
光夜は更に剣術の稽古にのめり込んでいった。
宗祐の組では年数の関係で信之介と組むことが多かった。
ちなみに信之介は十四歳だそうだ。
光夜も信之介も宗祐の組に入ったとは言っても入門したばかりに変わりはないので雑巾がけは他の新人と一緒にやっている。
「菊市殿」
稽古の後の雑巾がけが終わり、後片付けをしていると弟子の一人が話し掛けてきた。
十七、八歳くらいだ。
山田って言ったっけ……?
「何?」
「いや、菊市殿は内弟子なので存じておるのではないかと」
「何を?」
光夜は山田を見た。
「その……、花月さんは決まった人がおられるのだろうか」
見ると周りにいる弟子達も聞き耳を立てている。
「そんなの本人に聞けよ」
「いや、それは……」
口ごもっている山田をその場に残し、後片付けを終えると光夜は母屋へ戻った。
花月は何かを縫っている。
その前に光夜の分の握り飯が用意されていた。
「なぁ」
光夜は握り飯に手を伸ばしながら花月に声を掛ける。
「なぁに?」
花月は繕い物をしながら答えた。
「花月は想い人ってヤツいるのか?」
「気になるの?」
花月は手を止めて顔を上げると可笑しそうに微笑んだ。
「いや、山田に聞かれたから。自分で聞けって言ってやったけど」
「そう言うことはね、本人には聞き辛いものなの。私には特にね」
花月はまた手元に目を戻すと繕い物を再開した。
「なんであんたは特別なんだ?」
「許嫁がいたのよ。死んじゃったけど」
花月の顔が曇った。
「なんで?」
「その人のお父様がね、お酒の席で同僚に斬り殺されたの。それで仇を討たなきゃならなくなって……。仇討ちにいって返り討ちに遭ったの」
「そいつのこと、好きだったのか?」
花月が目を伏せた。
「……私が好きだったのはその人の従兄」
「そいつは?」
「その人も亡くなったわ」
「もしかして花月を取り合って決闘とか?」
「まさか」
花月は微笑った。
悲しそうな瞳で。
花月の許嫁は優しい人だったが剣術はさっぱり駄目だった。
とても仇討ちなど出来る腕ではなかった。
その為その従兄が同行する事になった。
その従兄の剣術の腕はかなりのものだった。
だから、どうしてその従兄の方を許嫁にしてくれなかったのかと父を恨んだりもした。
「罰が当たったのかな。二人とも死んじゃった」
もう二年も前の話だけどね、と付け加えた。
未だ忘れられないのか……?
とは聞けなかった。
聞きたかったけれど、聞いてはいけないような気がした。
その話はそれきりになった。
ある日、光夜と信之介が雑巾がけをしていると桶が倒れる音がした。
零れた水が床の上を広がっていく。
振り返ると同じ宗祐の組の弟子二人がにやにやしながら倒れた桶の横に立っていた。
確か麻生と武田、だったな……。
「悪いなぁ。足が引っ掛かっちまったよ」
麻生が嗤いながら言った。
「ざけんな! わざとだろ!」
光夜が食って掛かった。
「何だぁ、兄弟子に向かってその口の利き方は」
武田が光夜の胸ぐらを掴んだ。
光夜はその腕を捻り上げる。
「いててて……!」
「貴様!」
麻生が殴り掛かってくる。
光夜が武田の腕を掴んだまま足払いを掛けると麻生は床に転がった。
「この……!」
麻生が起き上がって壁に掛かった木刀に手を伸ばした時、
「何をしている!」
花月が稽古場に入ってきた。
横に信之介がいる。
信之介が花月を呼んだようだ。
「こいつらが桶を倒したんだ」
「わ、わざとでは……! なのに菊市が言い掛かりを……」
「なんだと……!」
「やめなさい!」
花月が口論になりかけた二人の間に入った。
「光夜、その手を放しなさい。武田さんと麻生さんは帰るように。村瀬さんと光夜は掃除を終わらせてから母屋へ」
「花月!」
光夜が抗議しようとしたが花月は無視して母屋へ帰ってしまった。
「ちゃんと掃除しとけよ」
麻生はせせら笑うと武田と帰っていった。
「くそ!」
信之介が余計なことをしなければあの二人をのして遣れたのに……。
光夜は腹を立てたまま掃除を終えた。
昨日の試合を見ていた弦之丞と宗祐は、光夜と信之介を宗祐が指導している組に入れても良いと判断したのだ。
上の組の稽古は今まで以上に楽しかった。
光夜は更に剣術の稽古にのめり込んでいった。
宗祐の組では年数の関係で信之介と組むことが多かった。
ちなみに信之介は十四歳だそうだ。
光夜も信之介も宗祐の組に入ったとは言っても入門したばかりに変わりはないので雑巾がけは他の新人と一緒にやっている。
「菊市殿」
稽古の後の雑巾がけが終わり、後片付けをしていると弟子の一人が話し掛けてきた。
十七、八歳くらいだ。
山田って言ったっけ……?
「何?」
「いや、菊市殿は内弟子なので存じておるのではないかと」
「何を?」
光夜は山田を見た。
「その……、花月さんは決まった人がおられるのだろうか」
見ると周りにいる弟子達も聞き耳を立てている。
「そんなの本人に聞けよ」
「いや、それは……」
口ごもっている山田をその場に残し、後片付けを終えると光夜は母屋へ戻った。
花月は何かを縫っている。
その前に光夜の分の握り飯が用意されていた。
「なぁ」
光夜は握り飯に手を伸ばしながら花月に声を掛ける。
「なぁに?」
花月は繕い物をしながら答えた。
「花月は想い人ってヤツいるのか?」
「気になるの?」
花月は手を止めて顔を上げると可笑しそうに微笑んだ。
「いや、山田に聞かれたから。自分で聞けって言ってやったけど」
「そう言うことはね、本人には聞き辛いものなの。私には特にね」
花月はまた手元に目を戻すと繕い物を再開した。
「なんであんたは特別なんだ?」
「許嫁がいたのよ。死んじゃったけど」
花月の顔が曇った。
「なんで?」
「その人のお父様がね、お酒の席で同僚に斬り殺されたの。それで仇を討たなきゃならなくなって……。仇討ちにいって返り討ちに遭ったの」
「そいつのこと、好きだったのか?」
花月が目を伏せた。
「……私が好きだったのはその人の従兄」
「そいつは?」
「その人も亡くなったわ」
「もしかして花月を取り合って決闘とか?」
「まさか」
花月は微笑った。
悲しそうな瞳で。
花月の許嫁は優しい人だったが剣術はさっぱり駄目だった。
とても仇討ちなど出来る腕ではなかった。
その為その従兄が同行する事になった。
その従兄の剣術の腕はかなりのものだった。
だから、どうしてその従兄の方を許嫁にしてくれなかったのかと父を恨んだりもした。
「罰が当たったのかな。二人とも死んじゃった」
もう二年も前の話だけどね、と付け加えた。
未だ忘れられないのか……?
とは聞けなかった。
聞きたかったけれど、聞いてはいけないような気がした。
その話はそれきりになった。
ある日、光夜と信之介が雑巾がけをしていると桶が倒れる音がした。
零れた水が床の上を広がっていく。
振り返ると同じ宗祐の組の弟子二人がにやにやしながら倒れた桶の横に立っていた。
確か麻生と武田、だったな……。
「悪いなぁ。足が引っ掛かっちまったよ」
麻生が嗤いながら言った。
「ざけんな! わざとだろ!」
光夜が食って掛かった。
「何だぁ、兄弟子に向かってその口の利き方は」
武田が光夜の胸ぐらを掴んだ。
光夜はその腕を捻り上げる。
「いててて……!」
「貴様!」
麻生が殴り掛かってくる。
光夜が武田の腕を掴んだまま足払いを掛けると麻生は床に転がった。
「この……!」
麻生が起き上がって壁に掛かった木刀に手を伸ばした時、
「何をしている!」
花月が稽古場に入ってきた。
横に信之介がいる。
信之介が花月を呼んだようだ。
「こいつらが桶を倒したんだ」
「わ、わざとでは……! なのに菊市が言い掛かりを……」
「なんだと……!」
「やめなさい!」
花月が口論になりかけた二人の間に入った。
「光夜、その手を放しなさい。武田さんと麻生さんは帰るように。村瀬さんと光夜は掃除を終わらせてから母屋へ」
「花月!」
光夜が抗議しようとしたが花月は無視して母屋へ帰ってしまった。
「ちゃんと掃除しとけよ」
麻生はせせら笑うと武田と帰っていった。
「くそ!」
信之介が余計なことをしなければあの二人をのして遣れたのに……。
光夜は腹を立てたまま掃除を終えた。
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