比翼の鳥

月夜野 すみれ

文字の大きさ
27 / 46
第七章

第七章 第三話

しおりを挟む
「いや、聞いてねぇ」
「付けたい名前ある? 信綱のぶつなとか高幹たかもととか」
「信綱って……」
「上泉信綱」
「剣聖じゃねぇか! じゃあ、高幹って……」
「塚原卜伝ぼくでん
「恐れ多いだろ!」
「なら宗厳むねよしとか宗矩むねのりとか」
「名前負けすんだろーが!」
「負けないくらい強くなれば良いだけでしょ。宗矩と言えば柳生宗矩じゃなくて菊市宗矩って言われるくらいになろうとか考えないの?」
流石さすがにそんな大それたこたぁ考えねぇよ。も少し謙虚にいこうぜ」
 光夜は呆れながら答えた。

「せっかく自分で諱付けられるのに」
「あんた、自分で付けられるんなら信綱にしてたのかよ」
「まさか」

 だよな……。

三厳みつよしよ」
 花月が真顔で言った。

 そんなに十兵衛好きか!

 三厳とは柳生十兵衛の諱である。

「お父様に女の名前じゃないからって言われちゃって……」

 当たり前だろ……。

 もっとも女は皇族や公家くげに嫁ぐ時以外は諱は付けないが。

「お父様もあんたの諱、考えてはいるらしいけど、私も手伝ってあげられるわよ。武蔵とか景久とか」
「景久?」
「伊東一刀斎」
「剣豪から離れてくれ……」
 光夜はそう言ったが花月は次々と剣豪の名前を挙げていった。

 剣豪って沢山いるんだな……。

 光夜は花月の言葉を半ば呆れながら聞いていた。

「光夜、行くわよ」
 花月が光夜に声を掛けた。
 夜の稽古が終わり、これから湯屋へ行くのだ。
 手には手拭いや桶など湯屋で使うものを持っていた。
 二人は家を出ると近所の湯屋へ向かった。
 空にはわずかに欠けた月が輝いていた。

 人気ひとけの無い道を歩いていると、不意に前方の曲がり角から二人の男が飛び出してきた。
 黒い羽織袴に大小を差している。
 黒い覆面を被っていて顔は分からない。
 同時に花月達の背後からも足音が聞こえてきた。
 やはり羽織袴で覆面をした男が二人、足早に花月達に近付いてくる。
 花月と光夜は荷物を地面に放ると、刀の柄に手を掛けながら互いに背を向けた。
 刀を振るっても邪魔にならないくらいの距離を取る。

 男達は無言で抜刀すると、四人同時に斬り掛かってきた。
 正面の男が花月に刀を振り下ろす。
 花月は一拍遅れて抜刀すると振り下ろされる刀の鎬に、自分の刀のしのぎを敵の鎬に当てて切っ先をらし、振り上げたところで横に払った。
 皮一枚で繋がった敵の頭が後ろに倒れ、切り口から血が噴き出す。
 そのままもう一人の敵を袈裟に斬り下ろした。
 腹を割かれた男が絶叫を上げながら倒れる。

 光夜は振り下ろされた刀をけながら抜刀しざま腹を斬った。
 もう一人の男の懐に踏み込むと腹に刀を突き立てる。

 花月と光夜は息のある者にとどめをすと懐紙かいしを取り出し刀身を丁寧に拭った。

「身に覚えは?」
 花月が訊ねてきた。
「ありすぎて分かんねぇ。もっとも真っ当な武士は仇にねぇはずだけどな。花月は?」
「私も普通の武士の仇は居ないはずだから西野家絡みかもしれないわね」
 花月が首を傾げた。
「あーあ、また刀をぎに出さないとな」
 人を斬ると人の油が付くし刃こぼれもするのでそのままだと斬れなくなってしまう。
 刃こぼれしたら研ぎに出さないと斬れないままだ。
 辻斬りを斬っていた頃は研ぎに出す金などなかったので血が付くと捨てて倒したヤツの刀を代わりに使っていた。
 しかし今は弦之丞から渡された刀を使っている。
 辻斬りが持っているような安物ではないからそう簡単には使い捨てには出来ない。
 と言っても僅かな逡巡が命取りになるので投げ付けるのを躊躇うような名刀でもないが。

 二人は道に放り出した桶などを取り上げると、何事もなかったかのように湯屋に向かって歩き出した。

 花月と光夜が家に戻り、弦之丞に戻ったと報告をすると、
「何があった」
 と訊ねられた。
 風呂に入ってきたが、弦之丞は着物に付いたかすかな返り血の匂いを嗅ぎ付けたらしい。
 花月が事情を話した。

「今回は武士だったのだな」
「はい」
 花月が頷いた。
 そう言えば腕は大した事なかった。
 この前の忍びらしき者と同じ雇い主が二人を本気で殺そうとしたならもっと強い者をこすはずだ。

 となると別口か……。

 翌日、光夜と信之介は屋敷の庭で文丸と共に素振りをしていた。
 花月が指導しているが文丸は明らかに素振りに飽きているらしく、振り方がいい加減になってきている。

「夷隅先生、素振りだけでは腕がなまります。特に村瀬は護衛も兼ねてます故、二人に稽古を付けて頂けませんか?」
 花月が夷隅に申し出た。
「そうだな」
 文丸が飽きているのを見て取った夷隅はすぐに承知した。
「では村瀬から」

 夷隅に指名された信之介が木刀を持って向かいに立った。
 礼をして木刀を青眼に構える。
 隙が全く無い。
 信之介が攻めあぐねていると、不意に夷隅が殺気を発した。
 その瞬間、信之介は前に踏み込みながら木刀を振り上げていた。
 信之介の木刀が振り下ろされる前に夷隅の木刀が胴の前で止まっていた。

 速い!

 若先生と同等か、それ以上だな……。

 信之介に変わって光夜が夷隅の前に立った。
 木刀を青眼に構える。
 光夜も木刀を構えたまま動けずにいた。
 止まったままの光夜に夷隅が殺気を放った。
 信之介はこれで誘われたのだ。

 光夜が動かずにいると、
「若様、ほら、今からで御座います」
 花月の声が聞こえた。

 文丸の方に視線を走らせると、文丸がこちらを向いたところだった。
 花月がさっさとやれと目顔で言っている。
 信之介の時は、いつまでも動かない二人に飽きて別のところに目を向けているうちに勝負が付いてしまったのだろう。
 これは稽古だが文丸の興味をくためでもあるのだ。

 なら、また余所見よそみをしてしまう前に――。
 光夜は一気に踏み込んで小手を放った。
 木刀が弾かれた刹那、額ぎりぎりのところで夷隅の木刀が止まっていた。

 全くかなわねぇ……。

 文丸が感心したように息を漏らした。
 光夜は木刀を降ろすと夷隅に礼をした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。 【登場人物】 帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。 織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。 斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。 一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。 今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。 斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。 【参考資料】 「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社 「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳)  KADOKAWA 東浦町観光協会ホームページ Wikipedia 【表紙画像】 歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...