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第八章
第八章 第一話
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西野家を後にした花月と光夜が人気の無い道を歩いていると、
「おい、そこの烏賊野郎共」
と言う声が聞こえてきた。
二人がそのまま歩いていると、
「逃げる気か! 腰抜けめ!」
男が怒鳴った。
花月は立ち止まると、わざとらしい表情で辺りをゆっくりと見回してから振り返る。
「我らのことかな?」
「他に誰がおる!」
その言葉に花月がうっすらと嗤った。
「何がおかしい!」
イカじゃねぇからだろ。
光夜が言葉に出さずに突っ込んだ。
「お高く止まりやがって! サンピンが!」
「サンピンでもねぇよ」
光夜が小さく呟いた。
「私達は俸禄貰ってないもんね」
花月が光夜にだけ聞こえる囁き声で答えた。
三一とは一年間の報酬が三両一人扶持として与えられる者のことで、それが転じて貧しい武士の蔑称としても使われる。
桜井家は間違っても貧しい部類には入らないし、光夜も金は持ってないとは言え桜井家の厄介になっているから寝食には困ってない。
「失敬。我らの事とは思わなかった故」
花月の言葉に男達がたじろいだ。
〝イカ〟と呼んだと言う事は、花月(桜井家)が直参だと知っているということだ。
『直参』とは将軍直属の家臣――旗本と御家人――を指す言葉で、主が将軍ではない者で大名以外の者は陪臣である。
直参は陪臣より格が高い。
篠野などが花月や信之介に対して礼儀正しく接するのは、石高は向こうの方が遙かに高くても西野家当主の家臣――つまり陪臣なので、直参の子である花月や信之介より格下だからである。
〝イカ〟とは御目見得以下の武士を侮辱する言葉である。
御目見得以上の者が御目見得以下の御家人を侮辱するときに『以下』と呼んだからだ言われている。
つまり御目見得以上に対しては使えないのだ。
直参と言うだけでも格上なのに、御目見得以上となるとその中でも更に上という事になる。
花月や弦之丞達はそんな事を鼻に掛けたりはしないが、『イカ』などといって相手を侮ってくるような輩にはこの程度のあしらいで十分だ。
花月が暗に〝イカ〟ではないと言ったのだから桜井家は御目見得以上という事である。
男達は誰かに雇われている――主が将軍ではないということだから直参ではない。
陪臣か牢人だろう。
つまり花月――と言うか桜井家より格下なのだ。
「と、とにかく、あるお方が話があるそうだ」
「話とは?」
「イ……貧乏侍には目玉が飛び出るような金の話よ」
「当然、一両や二両ではないのだな」
花月は冷笑を浮かべたまま言った。
「無論だ。サンピンでもその程度は貰っておるであろう」
「まずここで何の話か聞こう。出向く値せぬ話のために時を費やす気はない。貧乏暇無しなのでな」
花月が薄笑いを浮かべたまま当て擦るように言った。
男がむっとした表情を浮かべたが、それでも、
「我々の雇い主は今回の件から手を引くならそれ相応の謝礼を出すそうだ」
と言った。
「ほう。で、その方らはどれくらい金を積めば寝返る?」
「そんな金は持ち合わせてないであろう」
「無論」
「貴様! 我らを愚弄する気か!」
とっくにバカにされてんだろ……。
光夜は白い目で男達を見た。
「我らは持ってないが、その方らの雇い主は持っているであろう。無いとすればこの話は偽りという事になるからな」
男達が怪訝そうな表情を浮かべた。
「その方らが欲しいだけの金額を雇い主に言って出させよ。その金をくれてやる」
「なっ……!?」
「私の元に金を届けるように指示されたと言えば良い。受け取ったらその金を持ってどこへなりと行け」
男がなおも口を開こうとしたが、
「我らは味方を売って公方様のお顔に泥を塗るような真似は出来ぬが、その方らは金の持ち逃げくらいどうということはあるまい」
暗に男達の事を破落戸と仄めかしているのだ。
花月の嘲りに男達の顔色が変わった。
「話は済んだ。そこを退いてもらおう」
花月はそう言って鯉口を切った。
それを見た男達はすぐに立ち去った。
花月の実力を聞いてるってことか……。
つまり今まで遣り合ったことのある者の雇い主が送り込んできたのだ。
しかし……。
「あんた、敵の金で手先釣ろうなんて汚ぇな」
「あんたこそ、きれいとか汚いとか考えてたら死ぬわよ」
泰平の世になってから大分経っているはずなのだが、花月や弦之丞達と話していると未だに乱世の時代が続いているような気になってくる。
これでも死ぬか生きるかの生活してきてたつもりだったんだけどな……。
「使えるものはなんでも使わないと……けど、釣ってないわよ」
「そりゃ、奴らに金を渡したりはしねぇだろうけど……」
「そうじゃなくて」
「え?」
「ま、いいわ。帰りましょ」
花月はそう言って光夜を促して歩き始めた。
「あんたや俺はともかく、師匠はイカじゃねぇんだよな?」
「お父様もお兄様もタコ」
師匠や若先生をタコって言うなよ……。
「てことは若先生も拝謁済みなんだな」
御目見得以上の者に『以下』とバカにされた御目見得以下の者が『以下』と『烏賊』を掛けて、御目見得以上の者に『蛸』と罵り返したと言われている。
当然これは悪口なので面と向かって言うのは論外である。
今は他に聞いている者がいないからシャレとして使っているのだ。
旗本とは普通、御目見得以上の者を指すから〝イカ〟ではない。
ただ旗本と御家人をどこで分けるかはっきりとした決まりがない。
線引きが明文化されてなかったためである。
御目見得以上とか二百石以上が旗本と言われていたが二百石以下の旗本や二百石以上の御家人もいたし、同様に御目見得以上の御家人もいたから数百石前後の直参はどちらなのか判別が難しい。
花月は〝イカ〟ではないと言っていたが念のため聞いてみたのだ。
「おい、そこの烏賊野郎共」
と言う声が聞こえてきた。
二人がそのまま歩いていると、
「逃げる気か! 腰抜けめ!」
男が怒鳴った。
花月は立ち止まると、わざとらしい表情で辺りをゆっくりと見回してから振り返る。
「我らのことかな?」
「他に誰がおる!」
その言葉に花月がうっすらと嗤った。
「何がおかしい!」
イカじゃねぇからだろ。
光夜が言葉に出さずに突っ込んだ。
「お高く止まりやがって! サンピンが!」
「サンピンでもねぇよ」
光夜が小さく呟いた。
「私達は俸禄貰ってないもんね」
花月が光夜にだけ聞こえる囁き声で答えた。
三一とは一年間の報酬が三両一人扶持として与えられる者のことで、それが転じて貧しい武士の蔑称としても使われる。
桜井家は間違っても貧しい部類には入らないし、光夜も金は持ってないとは言え桜井家の厄介になっているから寝食には困ってない。
「失敬。我らの事とは思わなかった故」
花月の言葉に男達がたじろいだ。
〝イカ〟と呼んだと言う事は、花月(桜井家)が直参だと知っているということだ。
『直参』とは将軍直属の家臣――旗本と御家人――を指す言葉で、主が将軍ではない者で大名以外の者は陪臣である。
直参は陪臣より格が高い。
篠野などが花月や信之介に対して礼儀正しく接するのは、石高は向こうの方が遙かに高くても西野家当主の家臣――つまり陪臣なので、直参の子である花月や信之介より格下だからである。
〝イカ〟とは御目見得以下の武士を侮辱する言葉である。
御目見得以上の者が御目見得以下の御家人を侮辱するときに『以下』と呼んだからだ言われている。
つまり御目見得以上に対しては使えないのだ。
直参と言うだけでも格上なのに、御目見得以上となるとその中でも更に上という事になる。
花月や弦之丞達はそんな事を鼻に掛けたりはしないが、『イカ』などといって相手を侮ってくるような輩にはこの程度のあしらいで十分だ。
花月が暗に〝イカ〟ではないと言ったのだから桜井家は御目見得以上という事である。
男達は誰かに雇われている――主が将軍ではないということだから直参ではない。
陪臣か牢人だろう。
つまり花月――と言うか桜井家より格下なのだ。
「と、とにかく、あるお方が話があるそうだ」
「話とは?」
「イ……貧乏侍には目玉が飛び出るような金の話よ」
「当然、一両や二両ではないのだな」
花月は冷笑を浮かべたまま言った。
「無論だ。サンピンでもその程度は貰っておるであろう」
「まずここで何の話か聞こう。出向く値せぬ話のために時を費やす気はない。貧乏暇無しなのでな」
花月が薄笑いを浮かべたまま当て擦るように言った。
男がむっとした表情を浮かべたが、それでも、
「我々の雇い主は今回の件から手を引くならそれ相応の謝礼を出すそうだ」
と言った。
「ほう。で、その方らはどれくらい金を積めば寝返る?」
「そんな金は持ち合わせてないであろう」
「無論」
「貴様! 我らを愚弄する気か!」
とっくにバカにされてんだろ……。
光夜は白い目で男達を見た。
「我らは持ってないが、その方らの雇い主は持っているであろう。無いとすればこの話は偽りという事になるからな」
男達が怪訝そうな表情を浮かべた。
「その方らが欲しいだけの金額を雇い主に言って出させよ。その金をくれてやる」
「なっ……!?」
「私の元に金を届けるように指示されたと言えば良い。受け取ったらその金を持ってどこへなりと行け」
男がなおも口を開こうとしたが、
「我らは味方を売って公方様のお顔に泥を塗るような真似は出来ぬが、その方らは金の持ち逃げくらいどうということはあるまい」
暗に男達の事を破落戸と仄めかしているのだ。
花月の嘲りに男達の顔色が変わった。
「話は済んだ。そこを退いてもらおう」
花月はそう言って鯉口を切った。
それを見た男達はすぐに立ち去った。
花月の実力を聞いてるってことか……。
つまり今まで遣り合ったことのある者の雇い主が送り込んできたのだ。
しかし……。
「あんた、敵の金で手先釣ろうなんて汚ぇな」
「あんたこそ、きれいとか汚いとか考えてたら死ぬわよ」
泰平の世になってから大分経っているはずなのだが、花月や弦之丞達と話していると未だに乱世の時代が続いているような気になってくる。
これでも死ぬか生きるかの生活してきてたつもりだったんだけどな……。
「使えるものはなんでも使わないと……けど、釣ってないわよ」
「そりゃ、奴らに金を渡したりはしねぇだろうけど……」
「そうじゃなくて」
「え?」
「ま、いいわ。帰りましょ」
花月はそう言って光夜を促して歩き始めた。
「あんたや俺はともかく、師匠はイカじゃねぇんだよな?」
「お父様もお兄様もタコ」
師匠や若先生をタコって言うなよ……。
「てことは若先生も拝謁済みなんだな」
御目見得以上の者に『以下』とバカにされた御目見得以下の者が『以下』と『烏賊』を掛けて、御目見得以上の者に『蛸』と罵り返したと言われている。
当然これは悪口なので面と向かって言うのは論外である。
今は他に聞いている者がいないからシャレとして使っているのだ。
旗本とは普通、御目見得以上の者を指すから〝イカ〟ではない。
ただ旗本と御家人をどこで分けるかはっきりとした決まりがない。
線引きが明文化されてなかったためである。
御目見得以上とか二百石以上が旗本と言われていたが二百石以下の旗本や二百石以上の御家人もいたし、同様に御目見得以上の御家人もいたから数百石前後の直参はどちらなのか判別が難しい。
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