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第十一章
第十一章 第六話
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光夜は男の腹に刀を突き立てた。
勢いが付いていたので柄まで刺さってしまう。
光夜は男の腹に片足を掛けて思い切り後ろに押しながら刀を引き抜く。
男は二、三歩後退った後、戸板にもたれかかるように頽れる。
光夜は肩で息をしていた。
もう立っているのがやっとだ。
辺りを見回すと男達は全員倒れていた。
花月の方を見ると地面に刀の切っ先を突き立てて柄頭の上に手を載せて立っていた。
背筋を伸ばして顔を上げてはいるものの、実際は刀で身体を支えてようやく立っているのだろう。
光夜と目が合うと花月は微かに口角を上げた。
微笑ったようだ。
遠藤が信じられないと言う表情でこちらを見ている。
背後に視線を走らせると文丸も無事だった。
もう大丈夫と判断したのか、警戒しつつも伊賀者が文丸が立ち上がるのに手を貸している。
文丸から一間ほど離れたところにも男達が倒れていた。
花月と光夜が戦っている隙に文丸を殺そうとして伊賀者に返り討ちに遭ったのだ。
文丸を守りながら刺客を二人だけで倒したのだ。
その時、男達の騒ぐ声と共に、
「若様! 花月さん! 光夜殿! ご無事ですか!」
信之介と夷隅が武士達を引き連れて駆け寄ってくるのが見えた。
上屋敷からの応援が来たのだ。
遠藤が狼狽した様子を見せる。
「おい」
光夜の声に遠藤がこちらを向いた。
「俺達の勝ちだ」
花月と光夜は西野家の屋敷で少し休んでから帰途に就いた。
「さすが伊賀者だったな」
光夜が文丸を護衛していた男達を思い出しながら言った。
「伊賀者って何のこと?」
「え、何って師匠が西野家は伊賀者を……」
「光夜、稽古場以外の場所で聞いたお父様やお兄様の話、信じちゃダメって言っておいたでしょ。それ多分嘘よ」
ええっ……!?
命に関わるようなことでまで冗談言うのかよ!?
信じらんねぇ……。
「じゃあ、あいつらは?」
「さぁ? 西野様に雇われてる武士でしょ。忍びかどうかも分からないわよ」
「撒菱使ってたのに?」
「手裏剣だって武士も使うでしょ。撒菱だって持ってれば使うわよ。いつも言ってるでしょ。戦場で手段を選んでたら死ぬわよ」
江戸は戦場じゃねぇよ……。
花月や師匠達は生まれる時代と場所を間違えたんじゃねぇのか……。
数日後、花月と光夜はもう西野家に行く必要がないので以前と同じように桜井家の稽古場をしていた。
稽古の後の掃除が終わった頃、信之介が訊ねてきたので一緒に花月のいる母屋に向かった。
「夷隅先生より、これを光夜殿に返すようにと預かってきた」
信之介が守り袋を差し出した。
夷隅が届けた連判状により次丸派と判明した者は処分されたらしい。
「拙者は正式に西野家に仕官することになりました」
「そう、おめでとう」
花月が心からの笑顔でお祝いの言葉を言うと、信之介は複雑な表情で、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
混じりっけなしの笑顔じゃ、どう考えても信之介をこれっぽっちも思ってないって事だもんな……。
いくら仕官を決めた時点で諦める覚悟をしていたとは言え、はっきりと態度で示されてしまうのは追い打ちを掛けられたも同然だ。
光夜は密かに同情した。
「剣術は夷隅先生に師事することになりました故、こちらは……」
「うちのことは気にしなくて良いわよ」
花月がにこやかに言った。
その言葉に信之介が俯く。
信之介の事は欠片も想っていなかったという事だ。
止めを刺されたな……。
まぁこれも武士の情けだ。
花月は〝武士〟じゃねぇけど……。
変に気を持たされていつまでも諦められなくても困るだろう。
西野家の家臣になれば篠野か吉野辺りが頃合いを見計らって良い相手を紹介してくれるはずだ。
吉野に娘が居れば婿に望まれるかもしれない。
そうなれば義父子で延々と算術談義をしていられるのだからその方が幸せだろう。
妻に愛想を尽かされなければ、の話だが。
信之介は弦之丞と宗祐に挨拶すると帰っていった。
そういえば……。
「なぁ、夷隅先生の言ってた活人剣って、あれ桜井家と同じだよな」
「だから言ったでしょ。夷隅先生は柳生新陰流からそんなに変わってないかもしれないって」
「いや、そこじゃなくて……」
「夷隅先生もその部分は変えてないんでしょ」
「も?〝も〟って、もしかして師匠も柳生新陰流なのか?」
「お父様は西光院様の孫弟子よ。知らなかった?」
「聞いてねーよ! てか、あんた〝他流〟の教えを請いたいって……!」
「お父様も夷隅先生も今は柳生新陰流じゃないでしょ。廻国修行で色々変わったんだし」
「…………」
「あ、そっか、誓約書の事もあんたに言うの忘れてたんだった」
「誓約書?」
「うちはあんまりうるさくないんだけど、稽古場によっては他流に教わるの禁止してるところがあるのよ」
門弟の束脩で食べてるところなどは他の道場に移られると困るので他の稽古場では教わらない、などの誓約をさせているところがあるそうだ。
「だから完全に他流となると教わるのは難しいのよね」
桜井家は領地があるから食うには困らない。
門弟からの束脩は当てにしてないから束縛してないのだ。
ただ門弟が習いにいくのはともかく、他所の門弟に迂闊に稽古を付けたりすると揉め事の種になる。
門弟同士での乱闘騒ぎになったら厳罰が下される。
それこそ御家お取り潰しになるのだ。
他所も同じ事を危惧している場合があるから安易に教えを請えないらしい。
「機会があれば二天一流とか教わってみたいんだけど」
二天一流……。
宮本武蔵か……。
ホントに流行りモノが好きなんだな……。
「はぁーーー」
光夜はがっくりと肩を落とした。
なんか、すっげぇ振り回された気がする……。
これからも桜井家でやっていくのは別な意味で覚悟が要りそうだ。
勢いが付いていたので柄まで刺さってしまう。
光夜は男の腹に片足を掛けて思い切り後ろに押しながら刀を引き抜く。
男は二、三歩後退った後、戸板にもたれかかるように頽れる。
光夜は肩で息をしていた。
もう立っているのがやっとだ。
辺りを見回すと男達は全員倒れていた。
花月の方を見ると地面に刀の切っ先を突き立てて柄頭の上に手を載せて立っていた。
背筋を伸ばして顔を上げてはいるものの、実際は刀で身体を支えてようやく立っているのだろう。
光夜と目が合うと花月は微かに口角を上げた。
微笑ったようだ。
遠藤が信じられないと言う表情でこちらを見ている。
背後に視線を走らせると文丸も無事だった。
もう大丈夫と判断したのか、警戒しつつも伊賀者が文丸が立ち上がるのに手を貸している。
文丸から一間ほど離れたところにも男達が倒れていた。
花月と光夜が戦っている隙に文丸を殺そうとして伊賀者に返り討ちに遭ったのだ。
文丸を守りながら刺客を二人だけで倒したのだ。
その時、男達の騒ぐ声と共に、
「若様! 花月さん! 光夜殿! ご無事ですか!」
信之介と夷隅が武士達を引き連れて駆け寄ってくるのが見えた。
上屋敷からの応援が来たのだ。
遠藤が狼狽した様子を見せる。
「おい」
光夜の声に遠藤がこちらを向いた。
「俺達の勝ちだ」
花月と光夜は西野家の屋敷で少し休んでから帰途に就いた。
「さすが伊賀者だったな」
光夜が文丸を護衛していた男達を思い出しながら言った。
「伊賀者って何のこと?」
「え、何って師匠が西野家は伊賀者を……」
「光夜、稽古場以外の場所で聞いたお父様やお兄様の話、信じちゃダメって言っておいたでしょ。それ多分嘘よ」
ええっ……!?
命に関わるようなことでまで冗談言うのかよ!?
信じらんねぇ……。
「じゃあ、あいつらは?」
「さぁ? 西野様に雇われてる武士でしょ。忍びかどうかも分からないわよ」
「撒菱使ってたのに?」
「手裏剣だって武士も使うでしょ。撒菱だって持ってれば使うわよ。いつも言ってるでしょ。戦場で手段を選んでたら死ぬわよ」
江戸は戦場じゃねぇよ……。
花月や師匠達は生まれる時代と場所を間違えたんじゃねぇのか……。
数日後、花月と光夜はもう西野家に行く必要がないので以前と同じように桜井家の稽古場をしていた。
稽古の後の掃除が終わった頃、信之介が訊ねてきたので一緒に花月のいる母屋に向かった。
「夷隅先生より、これを光夜殿に返すようにと預かってきた」
信之介が守り袋を差し出した。
夷隅が届けた連判状により次丸派と判明した者は処分されたらしい。
「拙者は正式に西野家に仕官することになりました」
「そう、おめでとう」
花月が心からの笑顔でお祝いの言葉を言うと、信之介は複雑な表情で、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
混じりっけなしの笑顔じゃ、どう考えても信之介をこれっぽっちも思ってないって事だもんな……。
いくら仕官を決めた時点で諦める覚悟をしていたとは言え、はっきりと態度で示されてしまうのは追い打ちを掛けられたも同然だ。
光夜は密かに同情した。
「剣術は夷隅先生に師事することになりました故、こちらは……」
「うちのことは気にしなくて良いわよ」
花月がにこやかに言った。
その言葉に信之介が俯く。
信之介の事は欠片も想っていなかったという事だ。
止めを刺されたな……。
まぁこれも武士の情けだ。
花月は〝武士〟じゃねぇけど……。
変に気を持たされていつまでも諦められなくても困るだろう。
西野家の家臣になれば篠野か吉野辺りが頃合いを見計らって良い相手を紹介してくれるはずだ。
吉野に娘が居れば婿に望まれるかもしれない。
そうなれば義父子で延々と算術談義をしていられるのだからその方が幸せだろう。
妻に愛想を尽かされなければ、の話だが。
信之介は弦之丞と宗祐に挨拶すると帰っていった。
そういえば……。
「なぁ、夷隅先生の言ってた活人剣って、あれ桜井家と同じだよな」
「だから言ったでしょ。夷隅先生は柳生新陰流からそんなに変わってないかもしれないって」
「いや、そこじゃなくて……」
「夷隅先生もその部分は変えてないんでしょ」
「も?〝も〟って、もしかして師匠も柳生新陰流なのか?」
「お父様は西光院様の孫弟子よ。知らなかった?」
「聞いてねーよ! てか、あんた〝他流〟の教えを請いたいって……!」
「お父様も夷隅先生も今は柳生新陰流じゃないでしょ。廻国修行で色々変わったんだし」
「…………」
「あ、そっか、誓約書の事もあんたに言うの忘れてたんだった」
「誓約書?」
「うちはあんまりうるさくないんだけど、稽古場によっては他流に教わるの禁止してるところがあるのよ」
門弟の束脩で食べてるところなどは他の道場に移られると困るので他の稽古場では教わらない、などの誓約をさせているところがあるそうだ。
「だから完全に他流となると教わるのは難しいのよね」
桜井家は領地があるから食うには困らない。
門弟からの束脩は当てにしてないから束縛してないのだ。
ただ門弟が習いにいくのはともかく、他所の門弟に迂闊に稽古を付けたりすると揉め事の種になる。
門弟同士での乱闘騒ぎになったら厳罰が下される。
それこそ御家お取り潰しになるのだ。
他所も同じ事を危惧している場合があるから安易に教えを請えないらしい。
「機会があれば二天一流とか教わってみたいんだけど」
二天一流……。
宮本武蔵か……。
ホントに流行りモノが好きなんだな……。
「はぁーーー」
光夜はがっくりと肩を落とした。
なんか、すっげぇ振り回された気がする……。
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