歌のふる里

月夜野 すみれ

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第八章 惑星の子守唄

第五話

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「この森を消す方法、あんたの親か親戚に聞いても分からない?」
「うちは帰還派よりなんだよね」
「てことは榎矢はあんたんちにいるってこと?」
「いや、榎矢は古文書持ち出した後は帰ってないって言ってた。帰還派の誰かのところにいるみたいだね。クレーイスが手に入ったし、ムーシケーに行く準備でもしてるんじゃない?」
 いくら音楽のことしか考えてないとは言っても文明の全くないところへ手ぶらで行こうとするほどバカではないだろう。

「つまり、打つ手は無しってことか……」
 楸矢はベンチに座り込むと溜息をついた。
「楸矢君はそれほどムーシケーの意志にこだわってなさそうに見えたけど、違ったんだ」
 椿矢が意外そうに言った。
「拘ってないよ。俺はね。ムーシケーの意志なんて感じたことないし。でも、小夜ちゃんが気にしてるからさ。特に今回のことでは責任感じて凄く自分を責めてて……。でも、そもそも俺のせいじゃん。なのに自分を責めてるの、見てられなくてさ」
 椿矢にも小夜が気に病むだろうと言うことは容易に想像が付いた。

「元々柊兄が気休めにお守りだなんて言って渡したものなんだから、気にすることないのに」
 祖父に育てられた小夜にとって、祖父というのは特別な存在なのだ。
 だから柊矢と楸矢の祖父の形見を勝手に沙陽に渡してしまったと言うことで小夜は自分を責めていた。
 勿論、ムーシケーの意志に反しているというのもあるだろうが。
「小夜ちゃんの為にも取り返したいんだ」
「……分かった。出来そうなことを探しておくよ」
「無理言ってゴメン」
 楸矢は椿矢に頭を下げた。
 クレーイスは自然にクレーイス・エコーの手に渡るものだから、柊矢から小夜に手渡されたのは必然なのだが、小夜はそれを知らないのだろう。
 いや、知っていてもムーシケーにそむいたことに変わりはないのだから気に病むか……。
 楸矢が肩を落として帰っていくのを、椿矢はブズーキを爪弾きながら見ていた。

 ムーシカが聴こえる。
 夢うつつで小夜はムーシカを聴いていた。
 これ、沙陽さんの声?
 このムーシカは確か……。

「小夜! 起きろ!」
 突然の大声に小夜は飛び起きた。
 柊矢が戸口に立っていた。
「ど、どうしたんですか?」
 最後まで言う前に分かった。
 外がオレンジ色をしている。
 火事だ。
 小夜はそれを見た途端、自分の家の火事を思い出して竦んでしまった。
 強風が窓ガラスを乱暴に鳴らす。
 柊矢は動けないでいる小夜を抱き上げると部屋を飛び出した。

「楸矢! 起きてるか!」
「起きた!」
 楸矢が部屋から駆け出してきた。
「うちが燃えてるの?」
「多分そうだ。とにかく避難するぞ」
 小夜を抱えた柊矢と楸矢は家から飛び出した。
 納屋が燃えていた。
 消防車のサイレンが近付いてきた。
 柊矢は小夜を下ろすと、消化器を取りに家の中へ戻ろうとした。
 だが、服の裾を小夜が握りしめていた。小さく震えている。

「楸矢、消化器取ってきてくれ」
「分かった」
 楸矢がすぐに家の中に戻っていった。
 初期消火の効果もあり、幸い納屋と母屋の屋根の一部だけで済んだ。

「うげ、びしょ濡れ」
 家の中に入った楸矢が言った。
 消防車の放水で窓が割れたところから大量の水が入り込んでいた。
「この様子じゃ、濡れてないものは無さそうだな」
「うわ、フルートはともかく、ケースに入れてなかったキタラや笛はやられちゃったかもね」
 あ、ヴァイオリン、大丈夫だったかな。
 三人は音楽室に入った。
 ガラス戸の付いた棚の中でケースに入っていたフルートとヴァイオリンは無事だったが、キタラと笛はそうはいかなかった。
「直りますか?」
「なんとかなるだろ」
「て言うか、しないとね。キタラは新しいの買えるだろうけど、この笛はそう簡単には手に入らないだろうし」

 音楽室を出ると、柊矢と楸矢は自分の部屋に向かった。
 小夜は台所の被害状況を見た。
 火元の納屋に近かったためにびしょ濡れだった。
 ガス台を布巾でざっと拭くと、火を付けてみた。
 火は付いた。
 小夜はお湯を沸かすと、ココアを三人分入れた。

「パソコンのデータがパーだよ」
「バックアップしとかないからだ」
「うっかりしてたんだよ」
 柊矢と楸矢が台所に入ってきたので小夜はココアを二人に渡した。
 楸矢は椅子に座ろうとして、
「うわ、これもびしょ濡れ」
 と言って立ち上がった。
「これじゃあ、どうしようもないな。明日、清掃業者を手配するとして、家の中が元に戻るまでホテルに泊まろう」
 柊矢はスマホでホテルの手配をした。

 あ、スマホ!
 小夜は慌てて部屋に駆け戻った。
 スマホは完全に死んでいた。
 後からいてきた柊矢は小夜のスマホを覗き込んだ。

「完全に水没してるな。明日、新しいスマホを買いに行こう。とにかく、ホテルへ行くぞ」
「はい」
 小夜は鞄の中に入れておいた財布を取ると、柊矢の後に続いた。

 家から持ってきたもの、また一つ無くなっちゃった。
 せめて財布だけは無くさないようにしようと握りしめた。
 柊矢は近所のコインランドリーの乾燥機で小夜と楸矢の私服を乾かしてくると、二人はその服に着替えて柊矢が予約したホテルに三人で向かった。

 おかげで翌朝、小夜と楸矢は外に出ることが出来た。
 ただ制服はコインランドリーの乾燥機に放り込むわけにはいかないので当日中に仕上げてくれるクリーニング店に開店と同時に持っていった。

「参ったな。沙陽がここまでやるなんてね」
 楸矢がホテルの一階にあるラウンジでコーヒーを飲みながら言った。
 柊矢は清掃業者の手配や保険請求などの手続きのために出掛けていた。
 沙陽のムーシカが聴こえていたのだから、彼女の関与は疑いようがない。
 しかし小夜や楸矢はともかく柊矢まで狙うとは思わなかった。
 柊矢の心が小夜に移ったのが気に入らなかったのだろう。
 とはいえ、それは小夜にはどうしようもない。

「あの人達、何かある度に家に火をける気かね」
 楸矢はそう言ってから、やべっと言うように口をふさいだ。
「小夜ちゃん、ゴメン」
「いいんです」
 事実だし……。
 火の付いたままのタバコを捨てておけば後は強風を起こせるムーシカで遠くから火をけられる。

「小夜、楸矢さん、こんにちは」
 清美がホテルに入ってきた。さっき小夜が新しいスマホで清美に連絡をしたのだ。
「やぁ、清美ちゃん。お見舞いに来てくれたんだ。ありがとう」
「そんな大層なものじゃないですよ~。手ぶらだし」
 清美が笑いながら言った。
「清美ちゃんが来てくれただけで嬉しいよ。ね、小夜ちゃん」
「はい」
 小夜は楸矢の言葉に頷くと、
「清美、座って」
 と自分の隣を叩いた。
 楸矢は清美にコーヒーでいいか訊ねてから注文した。

「へ~、火事って燃えてなくても水浸みずびたしになっちゃうものなんですね」
「そうなんだよ。参るよね」
 そんな話をしているとき、小夜の背後からハイヒールの足音が聞こえてきた。
「せ、聖子さん」
 楸矢が思わず立ち上がった。
 小夜と清美はすぐに察した。
 楸矢の彼女だ。
 二人は後ろを振り返った。
 聖子は大人っぽい落ち着いた雰囲気の美女だった。
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