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魂の還る惑星 第一章 Sirius-シリウス-
第一章 第九話
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そのうちの一冊の本が小夜の目に止まった。
表紙には青地に大勢の人が描かれた壁画のような写真が印刷されている。
教科書ではなく音楽史の入門書のようだった。
小夜が引き寄せられるように本を手に取った。
楸矢は慌てて、
「あ、ほら、音楽史って難しそうだから入門書が必要かなって」
と弁解した。
「高校でも音楽史の授業はあっただろ! お前、ホントにちゃんと学校に行ってたんだろうな! どこかで……」
その言葉を遮るように小夜が小さな声でムーシカを歌いだした。
柊矢が口をつぐんで小夜を見る。
楸矢も困惑したような表情で小夜に目を向けた。
小夜の瞳は本の表紙に向けられているが見ていないのは明らかだ。
柊矢と楸矢は顔を見合わせた。
小夜が歌っているムーシカを思い浮かべてみる。
聴いたのは初めてだが既存のムーシカだ。
「これ、古い日本語?」
「そういえばお前、古文の点数悪すぎて居残りさせられたことがあったな。あのとき俺も学校に呼び出されたんだよな」
柊矢の咎めるような目付きに楸矢は顔を背けた。
あの時は何も言わなかったのにしっかり覚えてたんだ……。
ていうか、なんで中学のときのこと今頃怒るんだよ……。
楸矢は横目で恨みがましく柊矢を見た。
楸矢を叱ったものの柊矢にも歌詞の意味は判然としない部分が多かった。
単純に古いと言うだけではなく、どこかの方言が使われているらしく学校で習う古文の知識では完全には理解出来ない。
辛うじて分かったのは、何かを探し求めて旅をしている途中らしいと言うことだ。
「小夜ちゃん、フライパン!」
スープが沸騰する音に楸矢が声を上げた。
「あっ!」
我に返った小夜は慌てて本を置くと火を弱めて被害状況を調べ始めた。
「小夜ちゃん、どうしたの、突然」
「え?」
「今のムーシカ、なんだったの?」
「よく分からないんですけど、急に頭に浮かんだって言うか、口をついて出てきちゃったって言うか……」
小夜が困惑したように答えた。
今のムーシカ、どこかで聴いたことあるような……。
小夜は夕食作りに戻りながら首を傾げた。
「小夜、清美は?」
休み時間、香奈が話し掛けてきた。
「電話してくるとか言って出ていったよ」
多分、誰かに男の子を紹介してもらえるように交渉中なのだろう。
「小夜と清美が一緒に行ってくれるなら四人だからきっと心強……楽しいと思うんだよね。それで秘密兵器持ってきたんだ」
香奈は得意気にスマホの画面を小夜に向けた。
「それ何?」
小夜の後ろから清美の声がした。
「清美に見せようと思って。ほら、この人、なかなか良いと思わない?」
香奈が清美にスマホを渡した。スマホには三人の男子が写っていた。香奈はそのうちの一人を指差した。
「そうだね」
清美は気のなさそうな素振りで頷いた。
ちらっとしか見えなかったが三人共イケメンとまではいかなくても顔は悪くなかった。
いつもの清美なら食いついてるはずだ。
一応好みはあるが清美はあまり見た目に拘らない。
「この人、従兄の友達なんだけど、東京の大学受かったんだって。清美が親戚のうちに来てくれたら紹介するよ」
「ホント!? どこの大学?」
「東洋大」
「学部は?」
「理工学部」
香奈が心持ち小さい声で答えた。
東洋大の理工学部ってキャンパスは川越じゃ……。
「香奈、その人、都内に住むの?」
小夜が訊ねた。
「あ、東京は家賃が高いから埼玉に……」
香奈が目を逸らしながら言った。
川越キャンパスって知ってるんだ……。
まぁ、まだ紹介されてもいないし……。
「じゃあ、今日こそ説得する!」
どうやら昨日は許可が下りなかったらしい。
「小夜は? 聞いてくれた?」
「ごめん、まだ機会がなくて……」
「そっか。今は送り迎えしてもらってないもんね。なるべく早く聞いておいてね」
清美に口止めしてあるので皆小夜と柊矢が一緒に住んでいることは知らない。
だから滅多に会えないと思っているのだ。
「うん」
小夜は頷いた。
許可が下りなかったと言って断ると柊矢を悪者にすることになってしまう。
それは嫌だから何か他の言い訳がないか考えているのだが全く思い付かない。
早く断る口実を考えなければならないが先日、先生に呼ばれたときのことで頭がいっぱいでそこまで気が回らないのだ。
教師の話というのは大学のことだった。
以前、高校の学費は遺産で払えると答えたが大学に行かれるだけの余裕があるかどうかは話してなかった。それを聞かれたのだ。
もし進学したいのに経済的余裕がない場合、小夜の成績なら奨学金を申請することが出来ると言われた。
一応、私立を含め大抵の大学には行かれると聞いていると答えると教師は安心したようだった。
だが小夜は教師に質問されたことで嫌でも将来のことを考えなければならなくなった。
いつまでも霧生家にはいられない。
十八歳までは柊矢が後見人だし、それまでは一人暮らしは認めてもらえないだろうが成人――つまり高校を卒業――したら出ていかなければならない。
独り立ちしなければならないなら、それが出来るような進路を考える必要がある。
しかい、なりたいものがあるわけでもない状況で進路を考えろと言われても難しい。
そのとき胸元に熱を感じた。
クレーイスだ。見るまでもなく下から照りつけてる光が視界に映っている。
しかし清美達の表情からするとこの光は自分にしか見えていないようだ。
「ちょっと、手、洗ってくるね」
小夜はそう言って教室を出た。
清美が探るような表情で小夜を見ているのには気付かなかった。
表紙には青地に大勢の人が描かれた壁画のような写真が印刷されている。
教科書ではなく音楽史の入門書のようだった。
小夜が引き寄せられるように本を手に取った。
楸矢は慌てて、
「あ、ほら、音楽史って難しそうだから入門書が必要かなって」
と弁解した。
「高校でも音楽史の授業はあっただろ! お前、ホントにちゃんと学校に行ってたんだろうな! どこかで……」
その言葉を遮るように小夜が小さな声でムーシカを歌いだした。
柊矢が口をつぐんで小夜を見る。
楸矢も困惑したような表情で小夜に目を向けた。
小夜の瞳は本の表紙に向けられているが見ていないのは明らかだ。
柊矢と楸矢は顔を見合わせた。
小夜が歌っているムーシカを思い浮かべてみる。
聴いたのは初めてだが既存のムーシカだ。
「これ、古い日本語?」
「そういえばお前、古文の点数悪すぎて居残りさせられたことがあったな。あのとき俺も学校に呼び出されたんだよな」
柊矢の咎めるような目付きに楸矢は顔を背けた。
あの時は何も言わなかったのにしっかり覚えてたんだ……。
ていうか、なんで中学のときのこと今頃怒るんだよ……。
楸矢は横目で恨みがましく柊矢を見た。
楸矢を叱ったものの柊矢にも歌詞の意味は判然としない部分が多かった。
単純に古いと言うだけではなく、どこかの方言が使われているらしく学校で習う古文の知識では完全には理解出来ない。
辛うじて分かったのは、何かを探し求めて旅をしている途中らしいと言うことだ。
「小夜ちゃん、フライパン!」
スープが沸騰する音に楸矢が声を上げた。
「あっ!」
我に返った小夜は慌てて本を置くと火を弱めて被害状況を調べ始めた。
「小夜ちゃん、どうしたの、突然」
「え?」
「今のムーシカ、なんだったの?」
「よく分からないんですけど、急に頭に浮かんだって言うか、口をついて出てきちゃったって言うか……」
小夜が困惑したように答えた。
今のムーシカ、どこかで聴いたことあるような……。
小夜は夕食作りに戻りながら首を傾げた。
「小夜、清美は?」
休み時間、香奈が話し掛けてきた。
「電話してくるとか言って出ていったよ」
多分、誰かに男の子を紹介してもらえるように交渉中なのだろう。
「小夜と清美が一緒に行ってくれるなら四人だからきっと心強……楽しいと思うんだよね。それで秘密兵器持ってきたんだ」
香奈は得意気にスマホの画面を小夜に向けた。
「それ何?」
小夜の後ろから清美の声がした。
「清美に見せようと思って。ほら、この人、なかなか良いと思わない?」
香奈が清美にスマホを渡した。スマホには三人の男子が写っていた。香奈はそのうちの一人を指差した。
「そうだね」
清美は気のなさそうな素振りで頷いた。
ちらっとしか見えなかったが三人共イケメンとまではいかなくても顔は悪くなかった。
いつもの清美なら食いついてるはずだ。
一応好みはあるが清美はあまり見た目に拘らない。
「この人、従兄の友達なんだけど、東京の大学受かったんだって。清美が親戚のうちに来てくれたら紹介するよ」
「ホント!? どこの大学?」
「東洋大」
「学部は?」
「理工学部」
香奈が心持ち小さい声で答えた。
東洋大の理工学部ってキャンパスは川越じゃ……。
「香奈、その人、都内に住むの?」
小夜が訊ねた。
「あ、東京は家賃が高いから埼玉に……」
香奈が目を逸らしながら言った。
川越キャンパスって知ってるんだ……。
まぁ、まだ紹介されてもいないし……。
「じゃあ、今日こそ説得する!」
どうやら昨日は許可が下りなかったらしい。
「小夜は? 聞いてくれた?」
「ごめん、まだ機会がなくて……」
「そっか。今は送り迎えしてもらってないもんね。なるべく早く聞いておいてね」
清美に口止めしてあるので皆小夜と柊矢が一緒に住んでいることは知らない。
だから滅多に会えないと思っているのだ。
「うん」
小夜は頷いた。
許可が下りなかったと言って断ると柊矢を悪者にすることになってしまう。
それは嫌だから何か他の言い訳がないか考えているのだが全く思い付かない。
早く断る口実を考えなければならないが先日、先生に呼ばれたときのことで頭がいっぱいでそこまで気が回らないのだ。
教師の話というのは大学のことだった。
以前、高校の学費は遺産で払えると答えたが大学に行かれるだけの余裕があるかどうかは話してなかった。それを聞かれたのだ。
もし進学したいのに経済的余裕がない場合、小夜の成績なら奨学金を申請することが出来ると言われた。
一応、私立を含め大抵の大学には行かれると聞いていると答えると教師は安心したようだった。
だが小夜は教師に質問されたことで嫌でも将来のことを考えなければならなくなった。
いつまでも霧生家にはいられない。
十八歳までは柊矢が後見人だし、それまでは一人暮らしは認めてもらえないだろうが成人――つまり高校を卒業――したら出ていかなければならない。
独り立ちしなければならないなら、それが出来るような進路を考える必要がある。
しかい、なりたいものがあるわけでもない状況で進路を考えろと言われても難しい。
そのとき胸元に熱を感じた。
クレーイスだ。見るまでもなく下から照りつけてる光が視界に映っている。
しかし清美達の表情からするとこの光は自分にしか見えていないようだ。
「ちょっと、手、洗ってくるね」
小夜はそう言って教室を出た。
清美が探るような表情で小夜を見ているのには気付かなかった。
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