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魂の還る惑星 第一章 Sirius-シリウス-
第一章 第十一話
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「ま、それはおいといて、小夜ちゃん、何か困ってるの?」
「困ってるって言うか……ちょっと心配で……」
「柊兄が手を出すんじゃないかとか?」
「いえ、そうじゃなくて」
清美は笑って手を振った。
どうやらその手のことは心配してないらしい。
柊矢が手を出すことはないと思っているのか、出しても構わないと考えているのかまでは分からないが。
「小夜から、お祖父さんの遺産が入ったけど家賃や食費とかは柊矢さんが受け取ってないって聞いて、もしかして、あたし達に心配させないように遺産があるって言っただけでホントはないんじゃないかって……」
「それはないよ。どのくらいなのかは聞いてないけど」
楸矢は即座に否定した。
「住んでた土地だってお祖父さんのものだったから売ったんだし。あの辺の土地の値段ってかなり高いじゃん。相当な額になったはずだよ」
「だから心配なんです。あたしの母の知り合い、親が亡くなって家を相続したそうなんですけど、都内に住んでたんで相続税が払えなかったから土地と家を現物納付? とか言うのをして、今は賃貸のマンションに住んでるそうです。小夜の住んでた土地もホントはお金がなくて現物納付したとかいうことは……。火事で全部燃えちゃったなら土地以外の財産は残ってませんよね? だとしたら土地を納付しちゃったら何も残らないんじゃないかと……。税務署ってお釣りくれます?」
清美の話を聞いて楸矢は考え込んだ。
都内の一戸建てに住んでいるというとバカ高い金を払って土地を買った――買うことが出来た――金持ちと思われがちだが都内でも昔は土地の値段もそんなに高くはなかった。
昔といっても戦後の話だからそれほど前ではない。
それに親やそれ以前の代から住んでるような家ならそもそも土地を買ったのは今の住人ではない。
だから所有者も特に金持ちというわけではない――もちろん金持ちもいるが――。
バブル景気で地価が高騰したため住んでる人間が相続税を払えないと言う事態に陥ることになってしまったのだ。
新宿駅周辺も駅舎が出来たばかりの頃は東京の郊外で周囲には田畑が広がっていた。
広重の江戸百景の角筈熊野十二社は今の新宿駅のすぐ近くを描いたものだが駅が開業したのはその絵が描かれてから半世紀も経っていない。
西新宿に超高層ビルが建ち始めたのは更に百年近く経った七十年代からだ。
柊矢が小夜を家庭裁判所や銀行などに連れていったから遺産が入ったという話だけ聞いて安心していたが、言われてみれば納税の話は聞いていない。
いくら相続したのかが分からなければ相続税の計算は出来ない。
小夜の場合は赤の他人だったから資産状況も全く分からなかったし手続きも普通より手間がかかった。
赤の他人が財産に関する手続きをするには委任状が必要だが未成年の小夜では委任状を出すのも後見人にやってもらわなければならない。
だから後見人になるところから始めなければならなかった。
後見人になってからようやく手続きが出来るようになったらしい。
柊矢はいちいち細かいことは言わないから遺産の受け取りにしろ納税にしろ詳しいことは殆ど聞いてない。
霧生家は持ち家だから家賃は払ってないし固定資産税は住んでいる人数で増減したりはしないから二人でも三人でも同じだ。
光熱費や食費なども小夜一人増えたところで大して変わるとは思えない。
特に食費は自分達が食べてる量に比べたら、それこそ〝小鳥〟並みだから微々たるものだ。
そんな端金のために就職するまでは収入源のない小夜の遺産を減らす必要はないと思ったから受け取ってないのだと思っていた。
遺産管理に関して後見人ができるのは保全だけで投資などで殖やしてやることは出来ない。
だから何らかの収入がある資産でも持ってない限り遺産は減っていく一方なのだ。
学費は小夜の受け取った遺産から出していると聞いているが、どちらにしろ都立高校の学費など高が知れている。
都立高校三年分の学費に入学金を合わせても楸矢の高校の学費一年分にもならない。
しかし遺産の額も聞いてないが相続税をどれくらい払ったのかも訊ねなかった。
考えてみれば同じ新宿区内とはいえバブル全盛期でさえ地上げ屋にスルーされた地区にある霧生家と、地上げ屋が雲霞の如く群って食いものにされまくった西新宿にあった霞乃家では地価はかなり違うはずだ。
しかもそのバブルの頃はまだ都庁舎は建っていなかった。
都庁だけではない。あの辺はその後も高層ビルが増え続けている上に地下鉄の駅も増えた。
いくらバブルが弾けて地価が下がったとは言っても都庁や新宿駅まで徒歩十分弱の距離では大して変わってないのではないだろうか。
その上、霧生家の相続人は二人――柊矢と楸矢――だったが霞乃家は小夜一人。
つまり土地の値段は霞乃家の方が遥かに高いのに控除額は霧生家の半分くらいということになる。
柊矢はその手の手続きに詳しいし自分は説明されても分からないから敢えて聞いてなかったが清美の心配はもっともだ。
柊矢のことだから小夜が無一文にならないように手を打っているはずだが、さすがに相続税を肩代わりは出来ないし、火事で全部焼けてしまったから残っていた動産は預貯金と保険金くらいのはずだ。
動産で払えないとなれば土地を売って払うか現物納付(物納)するしかない。
土地を売ったというのは本当だろうが、その金と保険金や預貯金が全て相続税の支払いに充てられてしまっていたら遺産など残ってないだろう。
預貯金が大量にあったのなら別だが、それはそれで支払わなければならない相続税の額が増えるということでもある。
「困ってるって言うか……ちょっと心配で……」
「柊兄が手を出すんじゃないかとか?」
「いえ、そうじゃなくて」
清美は笑って手を振った。
どうやらその手のことは心配してないらしい。
柊矢が手を出すことはないと思っているのか、出しても構わないと考えているのかまでは分からないが。
「小夜から、お祖父さんの遺産が入ったけど家賃や食費とかは柊矢さんが受け取ってないって聞いて、もしかして、あたし達に心配させないように遺産があるって言っただけでホントはないんじゃないかって……」
「それはないよ。どのくらいなのかは聞いてないけど」
楸矢は即座に否定した。
「住んでた土地だってお祖父さんのものだったから売ったんだし。あの辺の土地の値段ってかなり高いじゃん。相当な額になったはずだよ」
「だから心配なんです。あたしの母の知り合い、親が亡くなって家を相続したそうなんですけど、都内に住んでたんで相続税が払えなかったから土地と家を現物納付? とか言うのをして、今は賃貸のマンションに住んでるそうです。小夜の住んでた土地もホントはお金がなくて現物納付したとかいうことは……。火事で全部燃えちゃったなら土地以外の財産は残ってませんよね? だとしたら土地を納付しちゃったら何も残らないんじゃないかと……。税務署ってお釣りくれます?」
清美の話を聞いて楸矢は考え込んだ。
都内の一戸建てに住んでいるというとバカ高い金を払って土地を買った――買うことが出来た――金持ちと思われがちだが都内でも昔は土地の値段もそんなに高くはなかった。
昔といっても戦後の話だからそれほど前ではない。
それに親やそれ以前の代から住んでるような家ならそもそも土地を買ったのは今の住人ではない。
だから所有者も特に金持ちというわけではない――もちろん金持ちもいるが――。
バブル景気で地価が高騰したため住んでる人間が相続税を払えないと言う事態に陥ることになってしまったのだ。
新宿駅周辺も駅舎が出来たばかりの頃は東京の郊外で周囲には田畑が広がっていた。
広重の江戸百景の角筈熊野十二社は今の新宿駅のすぐ近くを描いたものだが駅が開業したのはその絵が描かれてから半世紀も経っていない。
西新宿に超高層ビルが建ち始めたのは更に百年近く経った七十年代からだ。
柊矢が小夜を家庭裁判所や銀行などに連れていったから遺産が入ったという話だけ聞いて安心していたが、言われてみれば納税の話は聞いていない。
いくら相続したのかが分からなければ相続税の計算は出来ない。
小夜の場合は赤の他人だったから資産状況も全く分からなかったし手続きも普通より手間がかかった。
赤の他人が財産に関する手続きをするには委任状が必要だが未成年の小夜では委任状を出すのも後見人にやってもらわなければならない。
だから後見人になるところから始めなければならなかった。
後見人になってからようやく手続きが出来るようになったらしい。
柊矢はいちいち細かいことは言わないから遺産の受け取りにしろ納税にしろ詳しいことは殆ど聞いてない。
霧生家は持ち家だから家賃は払ってないし固定資産税は住んでいる人数で増減したりはしないから二人でも三人でも同じだ。
光熱費や食費なども小夜一人増えたところで大して変わるとは思えない。
特に食費は自分達が食べてる量に比べたら、それこそ〝小鳥〟並みだから微々たるものだ。
そんな端金のために就職するまでは収入源のない小夜の遺産を減らす必要はないと思ったから受け取ってないのだと思っていた。
遺産管理に関して後見人ができるのは保全だけで投資などで殖やしてやることは出来ない。
だから何らかの収入がある資産でも持ってない限り遺産は減っていく一方なのだ。
学費は小夜の受け取った遺産から出していると聞いているが、どちらにしろ都立高校の学費など高が知れている。
都立高校三年分の学費に入学金を合わせても楸矢の高校の学費一年分にもならない。
しかし遺産の額も聞いてないが相続税をどれくらい払ったのかも訊ねなかった。
考えてみれば同じ新宿区内とはいえバブル全盛期でさえ地上げ屋にスルーされた地区にある霧生家と、地上げ屋が雲霞の如く群って食いものにされまくった西新宿にあった霞乃家では地価はかなり違うはずだ。
しかもそのバブルの頃はまだ都庁舎は建っていなかった。
都庁だけではない。あの辺はその後も高層ビルが増え続けている上に地下鉄の駅も増えた。
いくらバブルが弾けて地価が下がったとは言っても都庁や新宿駅まで徒歩十分弱の距離では大して変わってないのではないだろうか。
その上、霧生家の相続人は二人――柊矢と楸矢――だったが霞乃家は小夜一人。
つまり土地の値段は霞乃家の方が遥かに高いのに控除額は霧生家の半分くらいということになる。
柊矢はその手の手続きに詳しいし自分は説明されても分からないから敢えて聞いてなかったが清美の心配はもっともだ。
柊矢のことだから小夜が無一文にならないように手を打っているはずだが、さすがに相続税を肩代わりは出来ないし、火事で全部焼けてしまったから残っていた動産は預貯金と保険金くらいのはずだ。
動産で払えないとなれば土地を売って払うか現物納付(物納)するしかない。
土地を売ったというのは本当だろうが、その金と保険金や預貯金が全て相続税の支払いに充てられてしまっていたら遺産など残ってないだろう。
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