歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
80 / 144
魂の還る惑星 第四章 アトボシ

第四章 第三話

しおりを挟む
「不公平じゃない? 兄弟ならなんで平等に分けてくれないの? 演奏さえ出来ればそれで良くて音楽家目指してないって言うなら音楽の才能は俺にくれるとか、でなきゃ、頭の良さは俺に譲ってくれるとかしてほしかったよ」
 楸矢のぼやきに椿矢が笑みを浮かべた。
「何?」
「弟ってみんなそういう風に考えるものなの?」
「そういや、あんたも兄貴だったね。もしかして、あんたんちも賢兄愚弟けんけいぐていくち?」
 楸矢はジト目で椿矢を見た。

「僕は賢兄じゃないけど、榎矢かやはバカでしょ。でなきゃ帰還派なんかになるわけないし」
 椿矢がバッサリと切り捨てた。
「あいつ、何かっていうと僕と張り合ってくるんだよね。僕はムーシケーの研究がしたくて、それに役立ちそうな科目が履修出来る大学選んだだけなのに、そこより偏差値の高いとこ入ろうとしたり、留学も僕が行ったところより上だと思われそうなところに行こうとしたり」
「……その口振りだと、弟は結局、あんたより上のとこは落ちて、下の大学入って、留学も出来なかったってこと?」
 椿矢が肩をすくめた。その通りということらしい。

 椿矢は目的があってその大学を選んだのに榎矢は偏差値だけを見て上を目指した挙げ句玉砕ぎょくさい
 留学も兄に勝ちたいと言うだけの理由でしようとして結局出来なかったようだ。
 確かに椿矢から見れば滑稽こっけいだろう。

 榎矢が清美を利用し小夜を騙そうとしたことは許しがたい。
 それでも今の話を聞いて思わず榎矢に同情しそうになってしまった。

 楸矢には両親も親戚もいない――少なくとも付き合いはなかった――し、祖父も小学生の時に死んでしまった上に、兄と九学年も離れていると公立学校の教師は入れ替わってしまっているから小学校と中学校に柊矢を知っている先生はいなかった。
 だから教師に成績のことで叱られるときでも柊矢と比べられたことはなかった(それで成績優秀だったとは知らなかったのだ)。
 音大付属は私立だから同じ先生はいたが一般科目は重視されない学校だし実技は楽器が違うから比較されなかった。
 子供の頃から通っている音楽教室も、楽器が違うから当然先生も違う上に祖父が亡くなると柊矢はヴァイオリンをやめてしまったから兄の名が出ることはなかった。
 実技で叱られたことはないが。

 しかし、椿矢と榎矢は小学校から大学まで普通科の上にそれほど年が離れてないようだし、両親が健在で親戚も大勢いるらしいから小さい頃から散々比べられてきたに違いない。
 比較されたことがない楸矢でさえキツいのだから、しょっちゅう比べられている榎矢は相当な劣等感にさいなまれてるはずだ。
 柊矢や椿矢に、優秀な兄を持った弟の気持ちは一生理解出来ないだろう。
 榎矢が帰還派になったのは、もしかしたら椿矢と自分を比べる人がいない場所へ行きたかったのかもしれない。

 小夜は食卓に夕食を並べながら旅行のことをどう切り出そうか悩んでいた。
 柊矢と楸矢は台所へ入ってきてテーブルに着いたところだ。
 クレーイスが反応したとき楸矢もいた方がいいだろうと思って全員揃う夕食時に話すことにしたのだが、楸矢は柊矢が反対したとき行かせるべきだと言い出しそうなのが心配だった。
 クレーイスの反応で行った方が良さそうならともかく、何も起きなかった場合は断りたいから楸矢に行かせてあげるようにと言われると困る。
 先に楸矢に行きたくないと話しておこうかと思ったが理由が思い付かなかった。
 柊矢だけなら行きたくないと言えば何も言わずに了承してくれるだろうが、楸矢はきっとわけを訊ねてくるだろう。
 家事をサボりたくないから、などと答えたら遠慮するなと言われて柊矢にも行かせてやるようにと言い出しかねない。

 なんて言おう……。

 そう思っていたとき、突然クレーイスが光り出した。
 柊矢と楸矢が驚いた顔を小夜に向けた。
 やはり二人には光が見えるのだ。
 途切れ途切れに歌声と楽器の演奏がクレーイスから伝わってくる。

「小夜ちゃんが言ってた弦楽器ってこれ?」
 ムーシカも二人に聴こえてるらしい。
「はい」
「柊兄、この楽器、なんだか分かる?」
「いや、多分、竪琴だと思うがそれ以上のことは……。歌詞は日本の古語だが、よく聴こえないな」
「和楽器に竪琴なんてあった?」
「ムーシカを奏でてるんだから弾いてるのはムーシコスだろ。それなら大陸から渡ってきたものかもしれない」

 椿矢の推測通りムーシコスがギリシア付近へ送られて、その中の一部がそこから日本へやってきたのだとしたらユーラシア大陸を横断したということだ。
 その途中、今では失われた楽器を手に入れて持ち込んできた可能性は大いにある。
 どういうルートだったかにもよるが、北または南に大回りしたのでない限りイラクの辺りを通っただろう。
 そこで手に入れたリラが日本まで伝わってきたことは十分考えられる。
 リラはイラクだけの楽器ではないから他の地域のものということも有り得るが、ウルのスタンダードの写真を見たときに小夜が歌ったことを考えるとイラクのものだろう。

「でも、なんで今聴こえたの?」
「学校で聴こえたのと同じなんだな」
「はい」
「学校で何をしてるときに聴こえたんだ?」
「あの……香奈って友達からスマホで従兄の写真を見せられたときに……」
「その香奈ちゃんって子、ムーシコス?」
「いえ、違うみたいです。……多分、従兄じゃなくて、従兄の学校付近の何か反応したんじゃないかと……」
「もしかして、その従兄の家に遊びに行こうって誘われてて言い出せなくて困ってたの?」
「え、いえ、えっと……」
 図星を突かれた小夜が困ったような顔になった。
「誘われたんじゃないの?」
「その……香奈の親戚が一家で家族旅行に出掛けて家を留守にするそうなんです。それで、留守番頼まれたから一緒に行かないかって……」
「誘われたんだよね?」
「……はい」
 小夜が小さな声で答えた。
「行ったらいいじゃん。小夜ちゃんがずっと気にしてたのって今のムーシカでしょ」
「そうですけど……」
 小夜が窺うように柊矢を見た。
 柊矢は難しい顔をしている。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...