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魂の還る惑星 第四章 アトボシ
第四章 第三話
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「不公平じゃない? 兄弟ならなんで平等に分けてくれないの? 演奏さえ出来ればそれで良くて音楽家目指してないって言うなら音楽の才能は俺にくれるとか、でなきゃ、頭の良さは俺に譲ってくれるとかしてほしかったよ」
楸矢のぼやきに椿矢が笑みを浮かべた。
「何?」
「弟って皆そういう風に考えるものなの?」
「そういや、あんたも兄貴だったね。もしかして、あんたんちも賢兄愚弟の口?」
楸矢はジト目で椿矢を見た。
「僕は賢兄じゃないけど、榎矢はバカでしょ。でなきゃ帰還派なんかになるわけないし」
椿矢がバッサリと切り捨てた。
「あいつ、何かっていうと僕と張り合ってくるんだよね。僕はムーシケーの研究がしたくて、それに役立ちそうな科目が履修出来る大学選んだだけなのに、そこより偏差値の高いとこ入ろうとしたり、留学も僕が行ったところより上だと思われそうなところに行こうとしたり」
「……その口振りだと、弟は結局、あんたより上のとこは落ちて、下の大学入って、留学も出来なかったってこと?」
椿矢が肩を竦めた。その通りということらしい。
椿矢は目的があってその大学を選んだのに榎矢は偏差値だけを見て上を目指した挙げ句玉砕。
留学も兄に勝ちたいと言うだけの理由でしようとして結局出来なかったようだ。
確かに椿矢から見れば滑稽だろう。
榎矢が清美を利用し小夜を騙そうとしたことは許しがたい。
それでも今の話を聞いて思わず榎矢に同情しそうになってしまった。
楸矢には両親も親戚もいない――少なくとも付き合いはなかった――し、祖父も小学生の時に死んでしまった上に、兄と九学年も離れていると公立学校の教師は入れ替わってしまっているから小学校と中学校に柊矢を知っている先生はいなかった。
だから教師に成績のことで叱られるときでも柊矢と比べられたことはなかった(それで成績優秀だったとは知らなかったのだ)。
音大付属は私立だから同じ先生はいたが一般科目は重視されない学校だし実技は楽器が違うから比較されなかった。
子供の頃から通っている音楽教室も、楽器が違うから当然先生も違う上に祖父が亡くなると柊矢はヴァイオリンをやめてしまったから兄の名が出ることはなかった。
実技で叱られたことはないが。
しかし、椿矢と榎矢は小学校から大学まで普通科の上にそれほど年が離れてないようだし、両親が健在で親戚も大勢いるらしいから小さい頃から散々比べられてきたに違いない。
比較されたことがない楸矢でさえキツいのだから、しょっちゅう比べられている榎矢は相当な劣等感に苛まれてるはずだ。
柊矢や椿矢に、優秀な兄を持った弟の気持ちは一生理解出来ないだろう。
榎矢が帰還派になったのは、もしかしたら椿矢と自分を比べる人がいない場所へ行きたかったのかもしれない。
小夜は食卓に夕食を並べながら旅行のことをどう切り出そうか悩んでいた。
柊矢と楸矢は台所へ入ってきてテーブルに着いたところだ。
クレーイスが反応したとき楸矢もいた方がいいだろうと思って全員揃う夕食時に話すことにしたのだが、楸矢は柊矢が反対したとき行かせるべきだと言い出しそうなのが心配だった。
クレーイスの反応で行った方が良さそうならともかく、何も起きなかった場合は断りたいから楸矢に行かせてあげるようにと言われると困る。
先に楸矢に行きたくないと話しておこうかと思ったが理由が思い付かなかった。
柊矢だけなら行きたくないと言えば何も言わずに了承してくれるだろうが、楸矢はきっと訳を訊ねてくるだろう。
家事をサボりたくないから、などと答えたら遠慮するなと言われて柊矢にも行かせてやるようにと言い出しかねない。
なんて言おう……。
そう思っていたとき、突然クレーイスが光り出した。
柊矢と楸矢が驚いた顔を小夜に向けた。
やはり二人には光が見えるのだ。
途切れ途切れに歌声と楽器の演奏がクレーイスから伝わってくる。
「小夜ちゃんが言ってた弦楽器ってこれ?」
ムーシカも二人に聴こえてるらしい。
「はい」
「柊兄、この楽器、なんだか分かる?」
「いや、多分、竪琴だと思うがそれ以上のことは……。歌詞は日本の古語だが、よく聴こえないな」
「和楽器に竪琴なんてあった?」
「ムーシカを奏でてるんだから弾いてるのはムーシコスだろ。それなら大陸から渡ってきたものかもしれない」
椿矢の推測通りムーシコスがギリシア付近へ送られて、その中の一部がそこから日本へやってきたのだとしたらユーラシア大陸を横断したということだ。
その途中、今では失われた楽器を手に入れて持ち込んできた可能性は大いにある。
どういうルートだったかにもよるが、北または南に大回りしたのでない限りイラクの辺りを通っただろう。
そこで手に入れたリラが日本まで伝わってきたことは十分考えられる。
リラはイラクだけの楽器ではないから他の地域のものということも有り得るが、ウルのスタンダードの写真を見たときに小夜が歌ったことを考えるとイラクのものだろう。
「でも、なんで今聴こえたの?」
「学校で聴こえたのと同じなんだな」
「はい」
「学校で何をしてるときに聴こえたんだ?」
「あの……香奈って友達からスマホで従兄の写真を見せられたときに……」
「その香奈ちゃんって子、ムーシコス?」
「いえ、違うみたいです。……多分、従兄じゃなくて、従兄の学校付近の何か反応したんじゃないかと……」
「もしかして、その従兄の家に遊びに行こうって誘われてて言い出せなくて困ってたの?」
「え、いえ、えっと……」
図星を突かれた小夜が困ったような顔になった。
「誘われたんじゃないの?」
「その……香奈の親戚が一家で家族旅行に出掛けて家を留守にするそうなんです。それで、留守番頼まれたから一緒に行かないかって……」
「誘われたんだよね?」
「……はい」
小夜が小さな声で答えた。
「行ったらいいじゃん。小夜ちゃんがずっと気にしてたのって今のムーシカでしょ」
「そうですけど……」
小夜が窺うように柊矢を見た。
柊矢は難しい顔をしている。
楸矢のぼやきに椿矢が笑みを浮かべた。
「何?」
「弟って皆そういう風に考えるものなの?」
「そういや、あんたも兄貴だったね。もしかして、あんたんちも賢兄愚弟の口?」
楸矢はジト目で椿矢を見た。
「僕は賢兄じゃないけど、榎矢はバカでしょ。でなきゃ帰還派なんかになるわけないし」
椿矢がバッサリと切り捨てた。
「あいつ、何かっていうと僕と張り合ってくるんだよね。僕はムーシケーの研究がしたくて、それに役立ちそうな科目が履修出来る大学選んだだけなのに、そこより偏差値の高いとこ入ろうとしたり、留学も僕が行ったところより上だと思われそうなところに行こうとしたり」
「……その口振りだと、弟は結局、あんたより上のとこは落ちて、下の大学入って、留学も出来なかったってこと?」
椿矢が肩を竦めた。その通りということらしい。
椿矢は目的があってその大学を選んだのに榎矢は偏差値だけを見て上を目指した挙げ句玉砕。
留学も兄に勝ちたいと言うだけの理由でしようとして結局出来なかったようだ。
確かに椿矢から見れば滑稽だろう。
榎矢が清美を利用し小夜を騙そうとしたことは許しがたい。
それでも今の話を聞いて思わず榎矢に同情しそうになってしまった。
楸矢には両親も親戚もいない――少なくとも付き合いはなかった――し、祖父も小学生の時に死んでしまった上に、兄と九学年も離れていると公立学校の教師は入れ替わってしまっているから小学校と中学校に柊矢を知っている先生はいなかった。
だから教師に成績のことで叱られるときでも柊矢と比べられたことはなかった(それで成績優秀だったとは知らなかったのだ)。
音大付属は私立だから同じ先生はいたが一般科目は重視されない学校だし実技は楽器が違うから比較されなかった。
子供の頃から通っている音楽教室も、楽器が違うから当然先生も違う上に祖父が亡くなると柊矢はヴァイオリンをやめてしまったから兄の名が出ることはなかった。
実技で叱られたことはないが。
しかし、椿矢と榎矢は小学校から大学まで普通科の上にそれほど年が離れてないようだし、両親が健在で親戚も大勢いるらしいから小さい頃から散々比べられてきたに違いない。
比較されたことがない楸矢でさえキツいのだから、しょっちゅう比べられている榎矢は相当な劣等感に苛まれてるはずだ。
柊矢や椿矢に、優秀な兄を持った弟の気持ちは一生理解出来ないだろう。
榎矢が帰還派になったのは、もしかしたら椿矢と自分を比べる人がいない場所へ行きたかったのかもしれない。
小夜は食卓に夕食を並べながら旅行のことをどう切り出そうか悩んでいた。
柊矢と楸矢は台所へ入ってきてテーブルに着いたところだ。
クレーイスが反応したとき楸矢もいた方がいいだろうと思って全員揃う夕食時に話すことにしたのだが、楸矢は柊矢が反対したとき行かせるべきだと言い出しそうなのが心配だった。
クレーイスの反応で行った方が良さそうならともかく、何も起きなかった場合は断りたいから楸矢に行かせてあげるようにと言われると困る。
先に楸矢に行きたくないと話しておこうかと思ったが理由が思い付かなかった。
柊矢だけなら行きたくないと言えば何も言わずに了承してくれるだろうが、楸矢はきっと訳を訊ねてくるだろう。
家事をサボりたくないから、などと答えたら遠慮するなと言われて柊矢にも行かせてやるようにと言い出しかねない。
なんて言おう……。
そう思っていたとき、突然クレーイスが光り出した。
柊矢と楸矢が驚いた顔を小夜に向けた。
やはり二人には光が見えるのだ。
途切れ途切れに歌声と楽器の演奏がクレーイスから伝わってくる。
「小夜ちゃんが言ってた弦楽器ってこれ?」
ムーシカも二人に聴こえてるらしい。
「はい」
「柊兄、この楽器、なんだか分かる?」
「いや、多分、竪琴だと思うがそれ以上のことは……。歌詞は日本の古語だが、よく聴こえないな」
「和楽器に竪琴なんてあった?」
「ムーシカを奏でてるんだから弾いてるのはムーシコスだろ。それなら大陸から渡ってきたものかもしれない」
椿矢の推測通りムーシコスがギリシア付近へ送られて、その中の一部がそこから日本へやってきたのだとしたらユーラシア大陸を横断したということだ。
その途中、今では失われた楽器を手に入れて持ち込んできた可能性は大いにある。
どういうルートだったかにもよるが、北または南に大回りしたのでない限りイラクの辺りを通っただろう。
そこで手に入れたリラが日本まで伝わってきたことは十分考えられる。
リラはイラクだけの楽器ではないから他の地域のものということも有り得るが、ウルのスタンダードの写真を見たときに小夜が歌ったことを考えるとイラクのものだろう。
「でも、なんで今聴こえたの?」
「学校で聴こえたのと同じなんだな」
「はい」
「学校で何をしてるときに聴こえたんだ?」
「あの……香奈って友達からスマホで従兄の写真を見せられたときに……」
「その香奈ちゃんって子、ムーシコス?」
「いえ、違うみたいです。……多分、従兄じゃなくて、従兄の学校付近の何か反応したんじゃないかと……」
「もしかして、その従兄の家に遊びに行こうって誘われてて言い出せなくて困ってたの?」
「え、いえ、えっと……」
図星を突かれた小夜が困ったような顔になった。
「誘われたんじゃないの?」
「その……香奈の親戚が一家で家族旅行に出掛けて家を留守にするそうなんです。それで、留守番頼まれたから一緒に行かないかって……」
「誘われたんだよね?」
「……はい」
小夜が小さな声で答えた。
「行ったらいいじゃん。小夜ちゃんがずっと気にしてたのって今のムーシカでしょ」
「そうですけど……」
小夜が窺うように柊矢を見た。
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