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魂の還る惑星 第四章 アトボシ
第四章 第五話
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小夜が朝食の片付けをしていると、スマホを見ていた楸矢が、
「柊兄、高校時代の制服ある?」
と、柊矢に声を掛けた。
「俺の制服は全部お前にやっただろ」
「う~ん、校内に入らないなら私服でいいかな」
「どうしたんですか?」
「後輩に呼ばれて学校に行かないといけないんだよね。明後日の卒業式に備えて制服クリーニングに出したかったんだけど……。明日、即日仕上げのところに出せばいいかな」
「一着しかないんですか?」
「柊兄のお下がりだったからさ。破れたり汚れたりして全部ダメになっちゃったんで去年新しく仕立たんだけど、三年はそんなに学校行かないから何着もいらないと思って一着しか作らなかったんだよね」
楸矢はそう言ってスマホでメールを打ちながら部屋に上がっていった。
小夜は登校するとすぐに清美を捉まえた。
「ね、清美は中学卒業するとき、家でお祝いとかしてもらった?」
「ポータブルオーディオプレイヤー買ってもらったよ。高校の入学祝いも兼ねてだけど」
「ケーキとかは?」
「誕生日じゃないんだから」
「じゃあ、ケーキやご馳走とかはなかった? 卒業祝いって特別なことはしないの?」
そんなの人に聞かなくても自分の時どうだったか考えればいいだろうと思いかけて、小夜は両親がいなくて祖父に育てられたのを思い出した。
普通の家庭のことはよく知らないのだ。
おそらく入学祝いや卒業祝いで特別なことをしてもらったことがないのだろう。
「ご馳走って言うか、一応外食はしたよ。ファミレスだけど。祝うかどうかは家によって違うよ。お祝いの仕方とかも。だから、ケーキが好きな子ならケーキ食べたんじゃない?」
「じゃあ、ご馳走だけでケーキはいらないかな。甘いものはそんなに好きなわけじゃないし。でも、お祝いだし、甘くなければ食べられるから作ろうかな。あと、プレゼントか……」
「……もしかして……って言うか、もしかしなくても、楸矢さんの卒業式!?」
清美が大声で言った。
小夜が頷いた。
「明後日なんだって」
「なら、楸矢さんの卒業祝い買いに行くんだよね!?」
「うん、今日柊矢さんに楸矢さんが喜びそうなもの聞いて、明日買いに行こうかと……」
「あたしも行く! あたしも楸矢さんへのプレゼント買う! 小夜、あたしの分も楸矢さん、何あげたら喜ぶか聞いといて」
「うん、分かった」
楸矢が高校の近くまで行くと校門のところに他校の制服を着た女の子が立っていた。
美加が言っていたのはあの子だろう。
「俺に用って言うのは君?」
楸矢が女の子に声をかけた。
左足に包帯が巻かれている。
「霧生さんですか?」
「うん」
「この前はすみません。事故に遭ってしまって……」
女の子は頭を下げた。
「気にしなくていいよ。もう出歩いて大丈夫なの?」
「はい。でも、親にここへは来るなって言われていたのを内緒で来たのですぐに帰らないといけないんです」
楸矢の顔を知らなかったのだから告白ではなさそうだ。
「これ、親には反対されたんですけど、わたしはあなた方に見せるべきだと思ったので……」
「あなた方?」
「ご兄弟がいるんですよね?」
「うん。柊……兄にも関係あるの?」
女の子は頷くと小さな紙製の手提げ袋を差し出した。
袖口から手首に巻かれている包帯が覗いた。
楸矢が受け取ると会釈して帰っていった。
手提げ袋の中を見ると古いノートが入っていた。
ノートの表紙にメールアドレスを書いた付箋が貼ってある。
楸矢はノートを取り出して開いた。
……………………読めない。
筆記体みたいなグニャグニャした字で何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。
どうしよう……。
柊矢にも見せた方がいいと言っていたから渡せば当然読むだろうが、その後で内容を聞いたら自分で読めと言われるだろう。
そのとき読めないと答えたら叱られるかもしれない。
怒らないにしても呆れた顔はするだろう。
叱られるのも嫌だが、優秀な兄にこいつはこんなことも出来ないのか、という目で見られるのもかなりキツい。
こういうニョロニョロした字は年寄りがよく書く。
というか年配の者しか使わない。
楸矢の祖父もこんな字を書いていた。
ただ亡くなったのは七年も前のことだし、その頃楸矢は小学生だったから祖父の書いた文章を読まなければならないようなことがなかった。
小夜ちゃんもお祖父さんと一緒に暮らしてたから読めるかもしれないけど……。
二人きりで暮らしていたのだから祖父の字が読めなければ生活に支障をきたすはずだ。
けれど年配者が書くような字を見たら祖父のことを思い出して悲しくなるかもしれない。
まだ亡くなって半年も経ってないしそれは避けたい。
小夜ちゃんに頼めないな。
他に頼れそうな相手となると……。
楸矢はスマホをとりだして椿矢にメールを打った。
「楸矢が喜びそうなもの?」
柊矢が並んで歩きながら聞き返した。いつものようにスーパーへ向かっている途中だった。
「はい。卒業のお祝いにプレゼントしようかと。あと、清美からも何か贈りたいから聞いておいて欲しいと頼まれているので」
「あいつの好みは知らんな」
「お誕生日とかにプレゼントしないんですか?」
「誕生日とクリスマスは小遣いを渡してる」
「楸矢さんがそのお金で今までに何を買ったか知ってますか?」
もし聞いていたならそこから好みが分かるかもしれない。
だが柊矢は聞いたことがないと答えた。
「プレゼントは必要ない。夕食に好きなものを作ってやるだけで十分だ」
「もちろんご馳走は作りますけど……」
「あいつに彼女がいなければ清美ちゃんを呼んでささやかなパーティを開けたんだがな」
「呼んでもいいんですか? 今は彼女がいますから呼べませんけど」
彼女を呼ばないのに清美を呼んだりしたらバレたとき楸矢と彼女が揉めるのは目に見えてる。
かといって両方呼べばパーティが修羅場になってお祝いどころではなくなるだろう。
「お前の友達なんだから好きなときに呼んでいい」
柊矢の言葉に小夜が嬉しそうな表情を浮かべた。
「柊兄、高校時代の制服ある?」
と、柊矢に声を掛けた。
「俺の制服は全部お前にやっただろ」
「う~ん、校内に入らないなら私服でいいかな」
「どうしたんですか?」
「後輩に呼ばれて学校に行かないといけないんだよね。明後日の卒業式に備えて制服クリーニングに出したかったんだけど……。明日、即日仕上げのところに出せばいいかな」
「一着しかないんですか?」
「柊兄のお下がりだったからさ。破れたり汚れたりして全部ダメになっちゃったんで去年新しく仕立たんだけど、三年はそんなに学校行かないから何着もいらないと思って一着しか作らなかったんだよね」
楸矢はそう言ってスマホでメールを打ちながら部屋に上がっていった。
小夜は登校するとすぐに清美を捉まえた。
「ね、清美は中学卒業するとき、家でお祝いとかしてもらった?」
「ポータブルオーディオプレイヤー買ってもらったよ。高校の入学祝いも兼ねてだけど」
「ケーキとかは?」
「誕生日じゃないんだから」
「じゃあ、ケーキやご馳走とかはなかった? 卒業祝いって特別なことはしないの?」
そんなの人に聞かなくても自分の時どうだったか考えればいいだろうと思いかけて、小夜は両親がいなくて祖父に育てられたのを思い出した。
普通の家庭のことはよく知らないのだ。
おそらく入学祝いや卒業祝いで特別なことをしてもらったことがないのだろう。
「ご馳走って言うか、一応外食はしたよ。ファミレスだけど。祝うかどうかは家によって違うよ。お祝いの仕方とかも。だから、ケーキが好きな子ならケーキ食べたんじゃない?」
「じゃあ、ご馳走だけでケーキはいらないかな。甘いものはそんなに好きなわけじゃないし。でも、お祝いだし、甘くなければ食べられるから作ろうかな。あと、プレゼントか……」
「……もしかして……って言うか、もしかしなくても、楸矢さんの卒業式!?」
清美が大声で言った。
小夜が頷いた。
「明後日なんだって」
「なら、楸矢さんの卒業祝い買いに行くんだよね!?」
「うん、今日柊矢さんに楸矢さんが喜びそうなもの聞いて、明日買いに行こうかと……」
「あたしも行く! あたしも楸矢さんへのプレゼント買う! 小夜、あたしの分も楸矢さん、何あげたら喜ぶか聞いといて」
「うん、分かった」
楸矢が高校の近くまで行くと校門のところに他校の制服を着た女の子が立っていた。
美加が言っていたのはあの子だろう。
「俺に用って言うのは君?」
楸矢が女の子に声をかけた。
左足に包帯が巻かれている。
「霧生さんですか?」
「うん」
「この前はすみません。事故に遭ってしまって……」
女の子は頭を下げた。
「気にしなくていいよ。もう出歩いて大丈夫なの?」
「はい。でも、親にここへは来るなって言われていたのを内緒で来たのですぐに帰らないといけないんです」
楸矢の顔を知らなかったのだから告白ではなさそうだ。
「これ、親には反対されたんですけど、わたしはあなた方に見せるべきだと思ったので……」
「あなた方?」
「ご兄弟がいるんですよね?」
「うん。柊……兄にも関係あるの?」
女の子は頷くと小さな紙製の手提げ袋を差し出した。
袖口から手首に巻かれている包帯が覗いた。
楸矢が受け取ると会釈して帰っていった。
手提げ袋の中を見ると古いノートが入っていた。
ノートの表紙にメールアドレスを書いた付箋が貼ってある。
楸矢はノートを取り出して開いた。
……………………読めない。
筆記体みたいなグニャグニャした字で何が書いてあるのかさっぱり分からなかった。
どうしよう……。
柊矢にも見せた方がいいと言っていたから渡せば当然読むだろうが、その後で内容を聞いたら自分で読めと言われるだろう。
そのとき読めないと答えたら叱られるかもしれない。
怒らないにしても呆れた顔はするだろう。
叱られるのも嫌だが、優秀な兄にこいつはこんなことも出来ないのか、という目で見られるのもかなりキツい。
こういうニョロニョロした字は年寄りがよく書く。
というか年配の者しか使わない。
楸矢の祖父もこんな字を書いていた。
ただ亡くなったのは七年も前のことだし、その頃楸矢は小学生だったから祖父の書いた文章を読まなければならないようなことがなかった。
小夜ちゃんもお祖父さんと一緒に暮らしてたから読めるかもしれないけど……。
二人きりで暮らしていたのだから祖父の字が読めなければ生活に支障をきたすはずだ。
けれど年配者が書くような字を見たら祖父のことを思い出して悲しくなるかもしれない。
まだ亡くなって半年も経ってないしそれは避けたい。
小夜ちゃんに頼めないな。
他に頼れそうな相手となると……。
楸矢はスマホをとりだして椿矢にメールを打った。
「楸矢が喜びそうなもの?」
柊矢が並んで歩きながら聞き返した。いつものようにスーパーへ向かっている途中だった。
「はい。卒業のお祝いにプレゼントしようかと。あと、清美からも何か贈りたいから聞いておいて欲しいと頼まれているので」
「あいつの好みは知らんな」
「お誕生日とかにプレゼントしないんですか?」
「誕生日とクリスマスは小遣いを渡してる」
「楸矢さんがそのお金で今までに何を買ったか知ってますか?」
もし聞いていたならそこから好みが分かるかもしれない。
だが柊矢は聞いたことがないと答えた。
「プレゼントは必要ない。夕食に好きなものを作ってやるだけで十分だ」
「もちろんご馳走は作りますけど……」
「あいつに彼女がいなければ清美ちゃんを呼んでささやかなパーティを開けたんだがな」
「呼んでもいいんですか? 今は彼女がいますから呼べませんけど」
彼女を呼ばないのに清美を呼んだりしたらバレたとき楸矢と彼女が揉めるのは目に見えてる。
かといって両方呼べばパーティが修羅場になってお祝いどころではなくなるだろう。
「お前の友達なんだから好きなときに呼んでいい」
柊矢の言葉に小夜が嬉しそうな表情を浮かべた。
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