歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第六章 Al-Shi'ra -輝く星-

第六章 第二話

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「なんなら、あたしから楸矢さんに口添えしてくれるように頼んであげるよ」

 とはいえ正直小夜が就職することが出来るのかというとかなり疑問だ。
 仕事が出来ないと思っているのではない。
 先生に手伝いを頼まれたときなどそばで見ているとかなり手際良くこなしている。
 おそらく大抵の仕事は能率的にそつなくこなすだろう。

 だが楸矢の話によると柊矢は小夜が家にいるときはべったり貼り付いてるらしい。
 だとしたら卒業した後は就職しないで家にいて欲しいと思っているのではないだろうか。
 柊矢は自営業で家にいることが多いのだから小夜が家にいれば一日中一緒にいられる。
 どうせ今でも生活費などは受け取っていないのだから、そのまま小夜が家庭に入ってしまっても経済的には変わらないだろう。

 椿矢が家に帰ると、蔵の前に段ボールの箱がいくつも積まれていた。
 その箱の中から榎矢が古文書を取りだしては蔵の中に運んでいる。

「へぇ、お前のことだから、返したとしても箱に入れたまま蔵の中に放り込んでおしまいかと思ってた。ちゃんと棚に戻すなんて偉いね」
 椿矢のからかうような口調に榎矢がむっとした表情になった。
「仕事で必要になったから一冊残らず返せって言われたんだよ」

 なるほどね。

 椿矢は納得した。
 古文書の目録がないから一冊残らず元に戻したかを確認するには置いてあった場所に戻させて隙間がないかどうかを見る以外、確かめようがないのだ。
 ただその方法だと、本が足りないと判明したとしても何が紛失したのかまでは分からない。

 執着心がないというのは要は無頓着ということだ。
 だから文献の目録を作ろうと考える者がいなかったのだろう。
 それでよく古文書が散逸さんいつしなかったものだと感心するべきなのかもしれない。
 といっても、それなりに流失してしまっているだろうが。

「お前、前科があるもんね」
 椿矢が意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「あれは……!」
 榎矢が椿矢を睨んだ。

 榎矢は幼い頃、クレーイスを持ち出して遊んでいて無くしてしまったことがあった。
〝前科〟というのはそのことだ。
 いくら無頓着とはいってもクレーイスだけは話が違う。
 クレーイス・エコーの家系と言うことに誇りを持っているだけにクレーイスは特別なのだ。
 まぁ、特別と言いつつ幼児こどもがオモチャにしてるのに取り上げなかった時点でかなりいい加減な扱いだったということだが。

 それでも、あれから両親は榎矢に大事な物は預けなくなった。
 当時三歳だったのだから榎矢じゃなくても物を無くすことはあるだろうと思うのだが、椿矢はそれを両親に指摘してやるほど優しい人間ではない。

 成人した今でもかなりの粗忽者そこつものだし……。

 椿矢は開けられている段ボールの横にしゃがみ込むと一番上に置いてある本を手に取ってパラパラとめくった。
 歴史学者の端くれとしては古文書を素手で触るのには抵抗があるのだが、どうせ既に榎矢を初めとした帰還派が散々触った後だし、いたみ具合から見てどの本も昔から粗略そりゃくな扱いを受けていたのは一目瞭然だ。

 今更椿矢と榎矢が手袋をしても遅いだろうし、どちらにしろ雨宮家うちには古文書を扱うための手袋など置いてない。
 椿矢は持っているから家を出る前はあったのだが、部屋を借りて引っ越すときに持っていってしまった。
 今うちにあるのは掃除のときに使っている軍手くらいだ。

「お前、草書そうしょも読めないの? それとも文系なのに古文がダメなの?」
 椿矢が呆れた声で言った。
「勝手に読めないって決めつけないでくれない?」
「じゃ、なんでこれまで持っていったの?」
 椿矢は自分が手にしている本を持ち上げて見せた。
「これ、日記だよ。地球人のご先祖様の」
「うちの先祖に地球人がいるわけ……」
「ここに書いてある内容、これ、奥さんが自分のために歌ってくれたムーシカの歌詞だよ。ムーシコスなら歌詞を書き留めたりするはずないでしょ」
「地球人だとしても先祖だとは……」

 椿矢は蔵の中から雨宮家の家系図が書かれている巻物を持ち出してきて広げると一箇所を指差した。
 さすがに家系図だということは分かったらしく、これまでは持っていかなかったのだ。
 名前と線しか書いてないのだから当然と言えば当然だが。

「ここに書いてあるこの名前と、この本のここに書いてある名前、これが同じだってことくらいはお前にだって分かるでしょ」
 榎矢は本に載っている名前と家系図を見比べ始めた。
 椿矢はもう一度蔵の中に入った。
「その人は間違いなく僕らの直系の先祖で、しかも地球人」
 椿矢はそう言いながら、榎矢が蔵の中に置いた古文書を何冊か流し見してから棚に戻した。
「な、長い歴史の中には地球人一人くらい、いたっておかしくないよ」
 榎矢が苦しまぎれとしか言いようのないことを言った。

 以前、椿矢が古文書に一通り目を通した限りでは地球人は一人や二人どころではなかったが、そんなことを教えてやる義理はない。
 椿矢は肩をすくめると、
「ま、せいぜい頑張って」
 と言って母屋に足を向けた。

「兄さん!」
「何?」
 椿矢が振り返った。
「言っておくけど、僕は無くしてないからね」
「あっそ」

 素っ気なく答えた椿矢の前に榎矢がてのひらを突き出した。
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