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魂の還る惑星 第六章 Al-Shi'ra -輝く星-
第六章 第四話
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椿矢は棚の一番端に置いてある本を指した。
「これはご先祖様がやりとりした文を子孫が糸でまとめて本にしたものだし、その隣のは年貢の記録でこっちは物語。こんな風に適当に並べたんじゃ目的の本が探せないでしょ。きちんと分類し直せって言われたらどうするの?」
榎矢が思案顔になった。
手伝いを受け入れるということは古文書が読めないということを認めることになる。
兄に弱みを見せたくないが、やり直しを命じられても読めない榎矢一人ではどうにもならない。
僅かに逡巡した後、榎矢は、
「どうすればいいの?」
と訊ねた。
椿矢はこの段は日記、その下は物語などとジャンルごとに置く場所を決めた後、古文書に目を通し始めた。
「これも年貢の記録」
椿矢はそう言って本を手渡した。
榎矢が棚に持っていく。
「祖父様の後のクレーイス・エコーって誰か分かったの?」
椿矢が次の本を読みながら訊ねた。
「分からなかったみたい。雨宮家や沙陽さんちみたいにクレーイスやクレーイス・エコーのこと知ってるムーシコスは少ないから」
大抵のムーシコスは、つい最近までムーシケーやクレーイス・エコーのことを知らなかったから手元にクレーイスが現れてもいつの間にか知らないペンダントが持ち物に紛れ込んでいた、くらいにしか思わなかっただろう。
「山崎さんっていたでしょ。三年前に亡くなった人」
「うん」
椿矢は表情に気付かれないよう本に目を落としたまま相鎚を打った。
山崎というのは呪詛のリストに書かれていた椿矢の知り合いのことだ。
「あの人じゃないかって疑ったらしいけど違ったみたい」
「そう思った根拠は?」
「僕がクレーイス無くしたって言って反応見たんだって。でも、おかしな様子はなかったって言ってた」
確かに山崎はクレーイスのことを知っていたから手に入れていれば何らかの反応を示しただろう。
「これは日記」
椿矢は次の本を手渡した。
榎矢がクレーイスを〝無くした〟のは三歳くらいの頃だから十八年ほど前。
謡祈祷は大正時代末期にはやめていて椿矢達の父親は普通のサラリーマンだった。
しかし椿矢達が幼かった頃、父は知り合いに頼まれて借金の連帯保証人になったが、その人は金が返せなくなり行方をくらましてしまった。
借金取りが家に押しかけてくるようになり困っていた父に祖父が謡祈祷の副業を勧めたのがその頃だったはずだ。
しかし昔ならいざ知らず、現代では干ばつや冷害で雨乞いや雨鎮などはしない。
当然依頼の大半は呪詛の類だ。
楸矢の話を聞いた限りでは、封筒を燃やしたとき、ムーシケーのムーシカを小夜が歌ったと言うよりムーシケーが小夜の口を借りて直接歌ったという印象を受けた。
おそらく小夜とムーシケーの間には相当強い共感力があるのだ。
だからムーシケーが直接小夜に歌わせることが出来たのだろう。
小夜が歌ったムーシカは聴こえなかったし魂にも刻まれていない。
多分、肉声が届く距離にいた霧生兄弟にしか聴こえてなかっただろう。
呪詛を抹消したいムーシケーからしたら、直接火を点けられるムーシカを他のムーシコスに知られるなど論外だから誰にも聴こえなかった、いや聴かせなかったのだ。
小夜はムーシケーの意志に背いたりしないし、そうでなくともムーシカで人を傷付けるような人間ではない。
もっとも小夜が無意識だったとしたら覚えてないかもしれないが。
柊矢はそもそも小夜以外は弟ですら碌に視界に入ってないくらいだから危害を加えようと思うほどの関心を他人に向けたりしないだろうし、楸矢は言葉の端々からさり気なく人を気遣っていることが窺えるから他人を傷付けるようなことは嫌いだろう。
どちらにしろ霧生兄弟はキタリステースだから歌ったところで効力は発生しない。
雨宮家の者がここ何代か続けてクレーイス・エコーに選ばれていたのは同じことを雨宮家の蔵にある古文書に対してもしたかったのだろう。
本来ならムーシケーの意志に従う者がなるべきクレーイス・エコーに、ムーシケーの意志に反する呪詛のムーシカを使う雨宮家の人間が選ばれていたのは呪詛が書かれた古文書を抹消したかったに違いない。
だが皮肉なことにムーシコスの血筋を守ってきたと称する一族にムーシケーと強い共感力を持つ者は一人も現れず歌わせることが出来なかった。
だからムーシケーは謡祈祷を勧めた祖父に、それを受け入れた父に、雨宮家の一族に、見切りを付けたのだ。
この先も雨宮家の者はムーシカの利用を止めない、だとしたら自分の意志が分からない者をクレーイス・エコーにしておく意味はない、と。
問題は……。
榎矢の目の前でクレーイスが消えたという事はその時までは本物だったのだ。
祖父様がクレーイス・エコーになったのは高度成長期の最中。
確か六十年代頃って言ってたはずだけど……。
クレーイス・エコーから外されたのが十八年前だとしたら、呪詛の依頼があった頃はまだ祖父がクレーイス・エコーだったということになる。
楸矢は清美と新宿のファーストフード店で落ち合った。
清美に呼び出されたのだ。
「急にすみません」
清美が謝った。
「これはご先祖様がやりとりした文を子孫が糸でまとめて本にしたものだし、その隣のは年貢の記録でこっちは物語。こんな風に適当に並べたんじゃ目的の本が探せないでしょ。きちんと分類し直せって言われたらどうするの?」
榎矢が思案顔になった。
手伝いを受け入れるということは古文書が読めないということを認めることになる。
兄に弱みを見せたくないが、やり直しを命じられても読めない榎矢一人ではどうにもならない。
僅かに逡巡した後、榎矢は、
「どうすればいいの?」
と訊ねた。
椿矢はこの段は日記、その下は物語などとジャンルごとに置く場所を決めた後、古文書に目を通し始めた。
「これも年貢の記録」
椿矢はそう言って本を手渡した。
榎矢が棚に持っていく。
「祖父様の後のクレーイス・エコーって誰か分かったの?」
椿矢が次の本を読みながら訊ねた。
「分からなかったみたい。雨宮家や沙陽さんちみたいにクレーイスやクレーイス・エコーのこと知ってるムーシコスは少ないから」
大抵のムーシコスは、つい最近までムーシケーやクレーイス・エコーのことを知らなかったから手元にクレーイスが現れてもいつの間にか知らないペンダントが持ち物に紛れ込んでいた、くらいにしか思わなかっただろう。
「山崎さんっていたでしょ。三年前に亡くなった人」
「うん」
椿矢は表情に気付かれないよう本に目を落としたまま相鎚を打った。
山崎というのは呪詛のリストに書かれていた椿矢の知り合いのことだ。
「あの人じゃないかって疑ったらしいけど違ったみたい」
「そう思った根拠は?」
「僕がクレーイス無くしたって言って反応見たんだって。でも、おかしな様子はなかったって言ってた」
確かに山崎はクレーイスのことを知っていたから手に入れていれば何らかの反応を示しただろう。
「これは日記」
椿矢は次の本を手渡した。
榎矢がクレーイスを〝無くした〟のは三歳くらいの頃だから十八年ほど前。
謡祈祷は大正時代末期にはやめていて椿矢達の父親は普通のサラリーマンだった。
しかし椿矢達が幼かった頃、父は知り合いに頼まれて借金の連帯保証人になったが、その人は金が返せなくなり行方をくらましてしまった。
借金取りが家に押しかけてくるようになり困っていた父に祖父が謡祈祷の副業を勧めたのがその頃だったはずだ。
しかし昔ならいざ知らず、現代では干ばつや冷害で雨乞いや雨鎮などはしない。
当然依頼の大半は呪詛の類だ。
楸矢の話を聞いた限りでは、封筒を燃やしたとき、ムーシケーのムーシカを小夜が歌ったと言うよりムーシケーが小夜の口を借りて直接歌ったという印象を受けた。
おそらく小夜とムーシケーの間には相当強い共感力があるのだ。
だからムーシケーが直接小夜に歌わせることが出来たのだろう。
小夜が歌ったムーシカは聴こえなかったし魂にも刻まれていない。
多分、肉声が届く距離にいた霧生兄弟にしか聴こえてなかっただろう。
呪詛を抹消したいムーシケーからしたら、直接火を点けられるムーシカを他のムーシコスに知られるなど論外だから誰にも聴こえなかった、いや聴かせなかったのだ。
小夜はムーシケーの意志に背いたりしないし、そうでなくともムーシカで人を傷付けるような人間ではない。
もっとも小夜が無意識だったとしたら覚えてないかもしれないが。
柊矢はそもそも小夜以外は弟ですら碌に視界に入ってないくらいだから危害を加えようと思うほどの関心を他人に向けたりしないだろうし、楸矢は言葉の端々からさり気なく人を気遣っていることが窺えるから他人を傷付けるようなことは嫌いだろう。
どちらにしろ霧生兄弟はキタリステースだから歌ったところで効力は発生しない。
雨宮家の者がここ何代か続けてクレーイス・エコーに選ばれていたのは同じことを雨宮家の蔵にある古文書に対してもしたかったのだろう。
本来ならムーシケーの意志に従う者がなるべきクレーイス・エコーに、ムーシケーの意志に反する呪詛のムーシカを使う雨宮家の人間が選ばれていたのは呪詛が書かれた古文書を抹消したかったに違いない。
だが皮肉なことにムーシコスの血筋を守ってきたと称する一族にムーシケーと強い共感力を持つ者は一人も現れず歌わせることが出来なかった。
だからムーシケーは謡祈祷を勧めた祖父に、それを受け入れた父に、雨宮家の一族に、見切りを付けたのだ。
この先も雨宮家の者はムーシカの利用を止めない、だとしたら自分の意志が分からない者をクレーイス・エコーにしておく意味はない、と。
問題は……。
榎矢の目の前でクレーイスが消えたという事はその時までは本物だったのだ。
祖父様がクレーイス・エコーになったのは高度成長期の最中。
確か六十年代頃って言ってたはずだけど……。
クレーイス・エコーから外されたのが十八年前だとしたら、呪詛の依頼があった頃はまだ祖父がクレーイス・エコーだったということになる。
楸矢は清美と新宿のファーストフード店で落ち合った。
清美に呼び出されたのだ。
「急にすみません」
清美が謝った。
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