歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第八章 Tistrya -雨の神-

第八章 第五話

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「実はお姉ちゃん、去年留守番に来たとき、お化けの声聞いたらしいんだよね。だから今年は来たくないって……」
 香奈が小さな声で申し訳なさそうに言った。
 それであんなに必死に小夜達を誘っていたのだ。
「じゃあ、神社が縁結びの神様って言うのは嘘だったの?」
 清美が訊ねた。
「それはホントだよ。お参りの後、彼が出来たのも」
「香奈、そのお化けのこと、詳しく聞かせて」
「小夜! 本気でお化けの話なんか聞きたいの!?」
 涼花が信じられないという表情で言った。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花っていうだろ。ちゃんと聞いたら案外笑い話かもしれないぞ」
 柊矢が言った。
 楸矢も頷いて香奈の方を向いた。
「それで? お化けってどんなの?」
「どんなって言っても、夜中に海辺の崖の方から歌声みたいなのが聞こえて来るっていうだけで……」
 歌声が聴こえるのは昔からで、ぼんやりとした女性の姿を見たという人もいるらしい。
「それは風の音じゃないのか?」
 柊矢が言った。
「風の音が歌みたいに聞こえますか?」
 香奈が疑わしそうに訊ねた。
「声って言うのは声帯を息、つまり空気で振動させて発しているから、空洞の形状によっては中を風が通り抜けるときに声に近い音が出ても不思議はない。自然の風なら強弱があるし、風向きだって変わるだろ」
「でも、夜だけっていうのはおかしくないですか?」
海陸風かいりくふうは昼と夜で風が吹いてくる方向が逆転するから空洞の位置によっては夜しか風が通らない事は有りるぞ。後は昼間は人が物音を立ててるから聞こえないだけかもしれんし」
 海陸風というのは海岸地帯で昼夜で風向きが逆転する現象である。
「どっちにしろ、御祓いの人が来たんでしょ。なら、御祓いで出なくなればお化け、御祓いしても出るなら海岸沿いのどこかにある洞窟を通ってる風ってことじゃない?」
 楸矢が柊矢に同意するように言ってから、
「もしかして、出る時間が決まってたりする?」
 と香奈に訊ねた。
「お姉ちゃんが聞いたのは深夜に近い時間だって言ってました」
 香奈の答えに柊矢と楸矢、小夜が密かに視線を交わした。
 小夜が深夜に出歩くなど本来なら柊矢は絶対許可しないところだがムーシケーが伝えてきていたのはまず間違いなくこの〝お化け〟のことだしクレーイス・エコーとはいえキタリステースの柊矢と楸矢だけが行っても意味がないだろう。
 キタラは宅配便で送ったのが届いているから手元にあるし楸矢も笛を持ってきてはいるが、この家の中で小夜が歌うわけにはいかない。
 おそらく物理的な事からはムーシケーが護ってくれるはずだ。
 過信しすぎるのは禁物だが少なくとも小夜だけは助けてくれるだろう。
「夜しか出ないなら今日は早めに寝ようよ。御祓いは今夜だと思うから、お化けなら明日からは出ないだろうし」
 小夜がそう言うと清美達がこくこくと頷いた。

 翌朝、小夜と清美は朝食を作っていた。
 清美は練習の成果もあってそれなりに役に立っていたが、香奈と涼花はただの賑やかしにしかなっていなかった。
「ねぇ、御祓い終わったのかな」
「神社行ってみる?」
 涼花の言葉に香奈が提案した。
「行ってみて、まだだったらどうするのよ」
「出るのは神社じゃないんでしょ。どっちにしろ夜なんだし」
 小夜はそう言って小皿にとった味噌汁を味見した。
「それはそうだけど……」
「柊矢さんか楸矢さんのお友達二人連れてきてもらえば神社行く必要なかったんじゃない?」
「そしたら、ここに来る必要もなかったって事じゃん」
 清美の言葉に香奈と涼花がそれもそうだという表情になった。

 朝食の後、小夜達は神社に、柊矢と楸矢はそれぞれ自由に過ごす――という名目でお化けが出るのはどの辺りなのかを調べる――ことになった。
 夕辺、清美達が寝た後、柊矢と楸矢、小夜の三人で出掛けようとして街灯が道路沿いにしかないことに気付いた。
 道路から少し離れた場所は真っ暗だった。
 小夜はとりあえず海辺を歩いていればクレーイスが反応するのではないかと提案したのだが、柊矢が狙われているときに無闇むやみに暗がりを彷徨うろつくのも足下あしもとが見えないのに崖のそばを歩くのも危険だと反対し、楸矢がそれに賛同した。
 柊矢が小夜の頼みを断ることはまずない。
 そもそも小夜が頼み事をすること自体滅多にないにしても。
 だが小夜の身の安全に関することだけは断固として意志を曲げないし、小夜の頼みでも絶対に聞かない。
 こちらへ来てからも呪詛されかけたことを考えると小夜としても強く主張することは出来なかった。

 柊矢は念の為、家に残った。家にればいつムーシケーがムーシカを伝えてきてもキタラを弾ける。
 キタラは音がそれほど大きくない上に、この辺の家は大きく庭も広いので隣までは距離があるから防音設備がない場所で弾いても迷惑にはならないはずだ。

 楸矢が失敗に気付いたのは図書館へ来てからだった。
 楸矢はこの辺の郷土資料を借りて読んだのだが――
 現代の日本語で書いてあるのに意味分かんない……。
 楸矢は頭を抱えた。
 ヤバい、現代いまの日本語が読めなかったなんて言ったら絶対柊兄に叱られる……。
 普通の勉強でさえ出来ないと怒られるのにクレーイス・エコーとしての使命――つまり小夜――が関わっているとなると、どれだけ大きな雷が落ちるか想像も付かない。
 それそこ、地震、雷、火事、親父がまとめてやってきたくらいの大目玉を食うに違いない。
 今まで叱られたことがなかっただけにどんな罰をらうか予想も付かない。
 楸矢は一度外に出るとスマホを取り出した。
 どうしよう……。
 楸矢は手にしたスマホに目を落としたまま迷った。
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