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魂の還る惑星 第八章 Tistrya -雨の神-
第八章 第六話
しおりを挟む椿矢もこの近くに来てるから頼めば文献を読んでくれるかもしれない。
しかし椿矢は小夜を狙った可能性のある人物を捜しに来たのだ。
楸矢が文献を読んでくれるように頼んだことでその人物を捜すのが遅れ、そのせいで小夜に何かあったりしたら自分が許せなくなる。
それに例え柊矢のおまけだったとしてもクレーイス・エコーは楸矢であって椿矢ではない。
いくら楸矢が柊矢の弟とはいえ、椿矢の方が適任と判断していればムーシケーは楸矢ではなく椿矢を選んだはずだ。
だとすれば文献以外で何か調べる方法があるのではないだろうか。
難しい文献を紐解いて読んでも土地勘がないのだから地名が分かったところで今度はその場所への行き方を調べなければならない。
香奈ちゃんと涼花ちゃんは神社で観光協会の人に会ったんだっけ。
観光協会の人から御祓いのことを聞いたとか。
つまり観光協会か神社の人なら場所を知っているということだ。
楸矢は観光案内所に向かって歩き出した。
「君の家は確かクレーイス・エコーの家系だったね」
沢口朝子の叔父が言った。
沢口の弟ではなく朝子の実父の弟である。
このやりとり、一体何度目なんだ……。
うんざりしながら椿矢は、
「ここ三代ほど続けて選ばれたってだけで、家系なんてご大層なものじゃありません」
と、いつもと同じ答えを返した。
ここは沢口朝子の実の父親の家だった。
沢口は養父の名字で実父の名字は石野という。
祖父の住所録に載っていた朝子の住所はとっくに引き払われていたので行方が掴めず、ツテを辿って朝子の実父の実家を突き止め訪ねてきたのだ。
「クレーイス・エコーに選ばれるのに血筋は関係ないのかね」
「ありませんね」
霧生兄弟は雨宮家の血を引いてるが、それで選ばれたわけではないだろう。
それに霞乃家は霧生家とは縁もゆかりもないと言っていた。
つまり雨宮家とも関係ないと言う事だ。
「クレーイス・エコーに選ばれるのはムーシケーの意志に従う人ですから」
「意志に賛同出来なかったら?」
「ムーシケーの意志は保守派に投票するかリベラルに入れるかみたいな世俗的なことではありませんから、賛成も反対もありませんよ」
「なら、クレーイス・エコーになっても心配することはないのかね」
小夜が帰還派や朝子と思しき人物など複数の人間から度々命を狙われていることを考えると大いにあるが、少なくとも小夜が無事でいる限り他の者が選ばれることはないだろう。
小夜以上の適任者がいるとは思えない。
「今のクレーイス・エコーはまだ十代ですから次は当分先ですよ」
「しかし、変わるのはよくあるだろ」
「え?」
「君のお祖父さんから別の人になっただろ」
「……祖父が外されたこと、ご存じだったのですか?」
偽のクレーイスを作ってたくらいだ。他人に打ち明けたとは思えない。
「朝子がなったからね」
小夜を狙っていた可能性の高い人物が元クレーイス・エコー?
沙陽のように自分が外されたからと言って腹いせに新しいクレーイス・エコーを狙うような者がそんなに大勢いるとは考えづらいのだが。
沙陽はムーシコスやクレーイス・エコーに尋常ではない拘りがあったから逆恨みするのも分かるが朝子はムーシコスを嫌っていたと聞いた。
クレーイス・エコーを外されたからといって新しいクレーイス・エコーに腹を立てたりするだろうか。
「朝子さんがクレーイス・エコーに選ばれたのはいつ頃ですか?」
「お義兄さんが亡くなった頃だから十八年くらい前かな。すぐに別の人に変っちゃったけどね」
祖父が外されたのは十八年前だから、おそらく次くらいだろう。
けど、すぐに外された?
祖父様や沙陽のように存命中に外されるのは稀だと思っていたのだが意外とよくあることなのか?
クレーイス・エコーは小夜や霧生兄弟のように選ばれている当人すら分かってないことがあるから知らないうちに選ばれて知らないうちに外されてたら、なったことがあると気付かないままでもおかしくはない。
クレーイス・エコーはムーシケーの意志に従う者が選ばれる。
だがムーシケーの意志はクレーイス・エコーになるまで分からない。
もっともクレーイス・エコーでも椿矢の知る限り意志が分かったのは小夜だけだから従う従わない以前の問題だが。
とはいえ今、朝子の叔父に話したようにムーシケーの意志というのは世俗――というか地球――とは関係ない。
霧生兄弟や小夜を助けたが自分の惑星の者を守ったと考えれば地球には干渉してないといえる。
やはり沙陽が外されたのはムーシケーの神殿でムーシカが聴こえなかった――ムーシケーの意志が分からなかった――からか。
椿矢の祖父が外されたのは呪詛を利用して欲しくないというムーシケーの意志に反していたからだが朝子の場合は一体なんだ?
沙陽同様ムーシケーの意志が分からなかったのだろうか。
しかし祖父の祖父から祖父までの三代以前にも先祖が何人かクレーイス・エコーになっているがムーシケーへ行った者は殆どいない(少なくとも言い伝えの類は残ってない)。
それは霍田家も同様だ。
だからムーシケーに行った沙陽が称賛を集めたのだ。
それくらい珍しいという事は一々ムーシケーに呼んで意志が分かるか確かめてるわけではないはずだ。
十八年前だと小夜はまだ生まれてないが霧生兄弟の両親が亡くなったのがその頃だ。
「そもそも、誰がクレーイス・エコーか簡単に分かるものなんですか?」
「君こそ、クレーイス・エコーの家系なのに分からないのかね」
「ですから、そんな家系はありません」
何故初対面の人の家に来てまで家系云々などと言う戯言を聞かされなければならないのか。
「朝子がクレーイス・エコーの時に会った時にね『あ、クレーイス・エコーだ』って分かったんだよ。多分、クレーイス・エコーはなんとなく分かるんじゃないかな。っていうか、君は分からないのかね」
「分かりません。なら、ムーシコスと地球人も見分けられるって事ですか?」
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