歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第八章 Tistrya -雨の神-

第八章 第七話

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「いや、普通のムーシコスと地球人の区別は付かないね。クレーイス・エコーならムーシコスって事だから」
 沙陽が、自分がクレーイス・エコーだと分かったのは、沙陽か彼女と親しい人間がクレーイス・エコーが分かる人間だったのだ。
 最初のクレーイス・エコーキタリステースが選定者というのは椿矢が最近思い付いた仮説だから本当にムーソポイオスを選んでいるのがキタリステースなのか確証はないし、当時はそんなこと思いもよらなかったから当然誰かに話したこともない。
 沙陽が分かる人間だとしたらムーソポイオスしか分からないのだろう。
 だから柊矢と付き合っていながら気付けなかったのだ。
「ただ……」
 朝子の叔父は一瞬躊躇ためらうように言い淀んだ。
「兄は昔からムーシコスが分かったんだよ。『見える』と言ってたな」
「見える……」
「人間が見えるのは当たり前だろって言ったら、ムーシカが見えるって言うんだ。ムーシコスは奏でてないときでもムーシカに覆われてるとかなんとか」
 やはり色聴だったのだ。
 厳密には少し違うようだが共感覚の持ち主だったのは間違いなさそうだ。
 奏でてなくても、というのもムーシカと言うよりはムーシコスが発している何かが見えたのだろう。
「時々おかしなことを言うことはあったが、それでも昔はまともだったんだよ。結婚して、子供……朝子も生まれて、普通の家庭を築いてたんだが……人が死ぬところを見ておかしくなってしまったんだ」
「どなたが亡くなったんですか?」
「知らない人だよ。兄と私が道を歩いてるときに近くを通りがかった人が突然倒れて亡くなったんだ。きっと心臓発作か何かだと思うんだが、兄はムーシカのせいだって言い出してね。でも、そのときムーシカは聴こえてなかったんだよ」
 呪詛は当人にしか聴こえないが、共感覚で聴こえなくても見えたのか、あるいは小夜のように呪詛が聴こえる人で見ることも出来たのか。
 ムーシカが〝見えた〟なら死因が呪詛だと分かっても不思議はない。
「兄は、あの人はムーシカのせいで死んだって言い張ってね。それ以来、ムーシコスは邪悪な悪魔だの、ムーシカは呪いだのって言うようになって……。悪魔を滅ぼすとか言い出して仕事をめて毎日どこかをほっつき歩くようになって……奥さんは愛想を尽かして出ていってしまったんだ」
「…………」
「奥さんも朝子を連れていってくれれば良かったのに、朝子も父親と同じようにおかしなことを言うからって置いていってしまってね」
 霧生兄弟の祖父と父は普通のムーシコスだったのに、それでも祖母は息子を「気味が悪い」とまで書いていたくらいだ。
 共感覚は今でさえ知らない人が多いのだから、ましてや朝子が子供の頃は普通の人は知らなかったはずだ。
 父娘おやこ揃って聴こえない歌ムーシカが〝聴こえる〟というだけでも地球人には異様に映るのに、その上〝見える〟などと言い出したら逃げられても仕方ない。
「けど、母親が出ていってすぐに兄が事故で亡くなってしまってね」
「事故? もしかして交通事故ですか?」
 霧生兄弟の祖父が呪詛したわけではないだろう。
 小夜の母は霧生兄弟の祖父に警告されて養子に出されたのではないかと言っていた。
 呪詛で殺した、もしくは殺すつもりがあったのなら小夜の祖父に警告などしないはずだ。
 だがことわざが長年伝わっているのは人々にそれを真理だと思わせる事象があるからだ。
 人を呪わば、というのもその一つだ。
 霧生兄弟の祖父から警告を受けた誰かが先手を打ったのかもしれないし、呪詛を依頼された者が危険なのは朝子の父の方だと判断したとしてもおかしくない。
「階段で足を踏み外したんだよ」
「階段を下りてるときに意識を失ったとか……」
「いや、見てた人の話によると下りてる最中に頭を振ったらしいんだ。その拍子にバランスを崩したって言ってたよ。兄はムーシカが嫌いで聴こえてくるとよく振り払うみたいな仕草をしてたから、そのときも多分……」
 それなら呪詛ではなく普通のムーシカだったのだろう。
 見たくなくて咄嗟とっさに首を振ってしまったのだ。
「……奥さんは地球人だったから沢口さんが朝子さんを引き取ったと聞きましたが……」
「当時、私は失業中でね。独身だったから自分一人ならなんとかなったけど、朝子までは養えなくて……。葬式に来た沢口君が引き取ってもいいって言ってくれたんでお願いしたんだよ。朝子を置いて出ていった地球人より同じムーシコスの方がいいと思ってね」

 楸矢が観光案内所の近くまで来たとき椿矢と出会でくわした。
「楸矢君。小夜ちゃんは?」
 開口一番かいこういちばん椿矢が訊ねた。
 椿矢も昨日の呪詛払いのムーシカを聴いて小夜を心配していたのだろう。
 楸矢は昨日、柊矢から聞いた話をした。
「そう」
 椿矢が考え込むような表情で言った。
「それで君は? どこに行くの?」
「ここってお化けが出るって知ってる?」
「うん。お化けって言うか幽霊でしょ」
「観光協会の人が御祓いの人、呼んだって言うからそのお化けが出る場所聞きに」
「それなら榎矢が知ってるよ」
 椿矢があっさりと答えた。
「その御祓いの人って榎矢だから」
「もしかして、もう御祓いしちゃった?」
「いや、見つからなかったって言って手ぶらで帰ってきた」
 口振りからして「使えねーヤツ」と思っているのは明らかだった。

「御祓いも呪詛なの?」
「いや、うちは呪詛や呪詛払いもするってだけでムーシカで出来る事ならなんでもやってるから」
「例えば?」
「雨乞いや雨鎮あましずめ、それに御祓い――つまり、除霊――や治癒ちゆの祈祷とか」
 そういえば治癒のムーシカを教えてくれたのは椿矢だ。
「椿矢君はなんで幽霊の出る場所なんて知りたいの? 肝試しのためとかじゃないんでしょ」
 楸矢は事情を話した。
「幽霊は地球人のはずだけど……」
 椿矢が考え込むような表情で言った。
「まぁ、いいや。榎矢から場所聞いて案内するよ」
「ありがと。助かった~」
 楸矢が大きく息をいた。
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