126 / 144
魂の還る惑星 第八章 Tistrya -雨の神-
第八章 第八話
しおりを挟む「そんなに大袈裟に安心するようなこと?」
不思議そうな椿矢に、楸矢は文献が読めなかったことを打ち明けた。
「俺、やっぱ普通の会社員、無理かも。でも、俺の腕じゃ出演料貰うどころかチケットのノルマで却って赤字になりそうだし……」
「え、小劇団のお芝居とかだけじゃなくて、コンサートとかでもそういうのあるの?」
「全部じゃないけど舞台に出る系のは珍しくないよ。子供のバレエの発表会とかだって教室によっては一枚一万円以上するチケット何枚って割り当てがあって、ノルマ引き受けないと出られなかったりするって聞いたことあるし」
「子供のバレエの発表会、一万以上するチケット買ってまで観に行きたい人なんているの!? 家族以外で」
「いるわけないじゃん。だから大抵は自腹だよ」
「そもそも発表会に出られるかどうかが実力じゃなくてノルマ?」
「基本的にはまず実力だよ。その上でノルマ引き受けた人だけ出られるの。実力あってもノルマ引き受けられないと、補欠でノルマ引き受けられる人に役が回されるんだよ」
「じゃあ、衣装代その他に加えてチケット代数万円!? 発表会が将来何かのキャリアに役立つとか言うわけじゃないよね? それなのにそんな大金負担しないと出られないの?」
高が子供の発表会に、という言葉を呑み込んだのが分かった。
「まぁ、大きいホールは借りると高いし」
子供の発表会にそんな大ホールを借りる必要ないだろう、というのはあるが。
出演者の親がチケットを捌かなければ席が埋まらないのは観に来る人がいないということだから小さいホールで十分だと思うが、それなりに知名度のある教室だと体面などがあるのだろう。
「逆に劇団とかの公演でも、その人目当てにお客さんが来てくれるような有名人はそういうノルマないみたいだよ。人気俳優とか」
「……もしかしてソロコンサートだと会場の座席全部自分で捌くの?」
「それは演奏する人によるよ」
音楽家にとってソロコンサートは夢だから、どうしても開きたいが無名だからチケット販売サイトで売りに出したところで捌けそうにないという場合は自分でなんとかするしかない。
親戚や友人知人など知り合い全員に片っ端から頼み込むのだ。
普段、音楽教室で教えてる人の中には生徒に買ってもらったりする事もあるらしい。最悪、借金して自腹を切る。
逆に有名人など頼まれて出る場合はノルマがないどころか出演料も貰える。
「沙陽からそう言う話聞いたことないから知らなかった」
普段、近付かないようにしているとはいっても昔から家族ぐるみでの付き合いがあるから嫌でも顔を合わせることがあった。
「沙陽んちが金持ちなら親戚とかに無料でばらまいて自腹切ればいいだけだし、それに沙陽って顔だけはいいじゃん。大抵の男は沙陽に頼まれたら買うんじゃない? ブランド物のバッグ贈るより安上がりなんだし」
「あれ? コンサートで出演料もらえないとしたら音楽家ってどうやって生活してるの?」
楸矢の話によると一応、演奏の仕事も色々あるそうだ。
テレビや映画、CMを始めとした色々な番組その他諸々のBGMやアーティストのバックバンドなど。あと小さいイベントでの演奏や数は少ないがレストランやバー、結婚式場など色々な場所での生演奏などもある。
沙陽は声楽家だから、おそらくコーラスの仕事をしてるのだろう。
まぁ、霍田家もそれなりの資産家だし今は親と同居しているから出演料をそれほど当てにする必要はないに違いない。
楸矢と話していると、この世には想像も付かない世界があるんだと思い知らされる。
とはいえ椿矢の夢は普通の家庭人であって音楽家ではない。
家族をちゃんと養えるようになりたいというのなら演奏の仕事をするにしても収入にならないどころかチケットのノルマで赤字になるかもしれないコンサートに出たいとは思わないだろう。
今の話を聞いた感じでも音楽家の憧れであるソロコンサートを自分も開きたいと思っている様子はない。
柊矢がヴァイオリニストになりたかったわけではないというのが本気だったのと同様に、楸矢が義務感でプロを目指していただけというのも本心なのだ。
正直、楸矢が憧れてるような普通の家族などというものは存在しない。
どこの家もそれなりに問題を抱えているものだが、それは実際に家庭を持てば分かることだから今話して夢を壊す必要はない。
なんとなく将来、結婚した楸矢から「想像してたのとは違った」という愚痴を聞くことになりそうな気がした。
現代の日本語の文献が読めなかったのは歴史の文献というのは必ずしも読みやすく書かれているとは限らないから普段その手の文章を読み慣れていなければ分からなくても無理はない。
特に素人が書いた郷土資料の中には国語の勉強やり直せと言って書き直させたくなるものも少なくないから楸矢の読解力に問題があったとは限らない。
柊矢に叱られたくなかったのに読めなかった時点で近所にいると知っている椿矢を安易に頼らず頭を使って他の方法を考えついたのだから自力で何とかしようという気概があって機転も利くという事だ。
実社会で必要なのは学業成績よりそういう臨機応変さだから仕事に支障を来すことはないはずだ。
性格も真面目だから仕事で手を抜いたりサボったりすることもないだろう。
一度バイトをしてみればそれほど心配する必要はないと分かりそうなものだが、問題は勉強をする時間を削ってバイトして留年することなく卒業出来るかどうかである。バイトのせいで更に成績が落ちて卒業出来なかったりしたら本末転倒だ。
ふと、視線を感じて顔を上げると通りの向こうに朝子がいて、こちらを見ていた。
「楸矢君、ちょっと待ってて」
そう言って朝子の元へ行こうとしたのだが、彼女は身を翻して細い路地に入っていってしまった。
椿矢が路地の入り口に辿り着いたときには朝子の姿はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる