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魂の還る惑星 第十章 Seirios -光り輝くもの-
第十章 第二話
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依頼を受けたわけでもないのにボランティアで浄化なんて楸矢君や小夜ちゃん達の影響受けたせいかな。
椿矢は苦笑した。
今までだったら頼まれてもいないのにそんなことをしようなんて考えなかった。
近くまで来たとき風に乗って笛の音が聴こえてきた。
耳でしか聴こえないから地球の楽器だ。
椿矢はそちらに足を向けた。
夕辺の場所で楸矢が海に向かってフルートでアメイジング・グレイスを吹いていた。
楸矢が亡くした家族、小夜が失った両親、ムーシケーへと還っていった二人、人を傷付けてしまうことを悲しんでいた呪詛のムーシカ、それらに対する楸矢の数々の想いが痛いほど伝わってきた。
切ない、の一言では表しきれないほど様々な感情が溢れてくる。
アメイジング・グレイスの歌詞の内容とは少し違う感情だが、それでも強く心を揺さぶられた。
地球の音楽を聴いてこんな風に演奏者の想いを感じ取ったのは初めてだ。
やがて演奏が終わった。
椿矢が拍手すると楸矢が驚いた顔で振り返った。背後にいることに気付かなかったらしい。
二人は並んで崖の側に立つとしばらく風の音を聞きながら海を眺めていた。
「……あんたの言うとおりだった。小夜ちゃん、今朝、目が腫れぼったかった。寝坊してたし、夕辺泣き疲れて寝ちゃうまで泣いてたんだと思う……」
小夜がまだ起きてこないからと、清美が起こしに行こうとしていたので慌てて止めた。
そして後で訳を話すから起きるまで待ってほしい、
目が赤くなってても気付かない振りをしてくれと清美達に頼んだから彼女達は何事もなかったように振る舞ってくれた。
「そう」
楸矢自身まだ気持ちの整理は付いてないはずだ。
それでもそこまでの配慮が出来るのはさすがだ。
兄がいたとはいえ楸矢も生まれてすぐ両親を亡くし、育ての親の祖父も小学生の時に失ったのだから色々と苦労してきたのだろう。
それなのに、よくこれだけ素直な性格になったものだ。
恵まれた家庭で育った椿矢や榎矢の方が遥かに捻くれてる。
生来の気質もあるかもしれないが、案外素直なのもムーシコスの特性なのかもしれない。
楸矢も柊矢達とは別の意味でシーラカンスなのだろう。
現存してるシーラカンスって一種類じゃないし……。
「ただ、なんて言い訳すればいいのか思い付かなくてさ。フルートの練習してくるって言って出てきちゃった」
楸矢が頭を掻いた。
椿矢はその様子を見て微笑った。
「柊兄、夕辺家に着いたときに小夜ちゃんに話したんだよ」
楸矢は今朝柊矢から聞いた夕辺のやりとりを椿矢に話した。
「勇気あるよね。嫌われるかもしれないのに。俺なら言えなかった」
「……夕辺、小夜ちゃんの説得やめたのは君に止められたからだけじゃないんだ」
「じゃあ、なんで?」
「朝子さんが『ムーシケーは小夜ちゃん信じてる』って言ったから。実際、小夜ちゃんはムーシケーを裏切らなかった。柊矢君も小夜ちゃんのこと信じてたから話せたんじゃないかな。実際、小夜ちゃんは逆恨みしたりしなかったわけだし」
「でも、呪詛は人の身体を傷付けるものだけど、恨むのは少なくとも身体は傷付かないんだから呪詛よりずっとハードル低いじゃん。寝坊するほど泣いちゃうくらい悲しかったなら逆恨みしたって責められないよ」
朝子は誰が義兄を呪詛したのか分からなかったから恨みの矛先をムーシケーやムーシカに向けた。
それに対して結果的に徒になってしまったとはいえ祖父を思ってしてくれたことだから柊矢達の祖父を恨むのは筋違いと言い切った小夜。
小夜の場合、両親を殺した人間が分かっているとはいえ、母親が子供の頃に遭った事故は偶然だったのだから霧生兄弟の祖父の警告さえなければ、と小夜の立場だったら逆恨みしてしまう人は多いだろう。
霧生兄弟の祖父はもう亡くなっているからその恨みが霧生兄弟に向いてもおかしくない。
狙いは小夜で、両親は巻き添えだから母親がどこで育とうと親を失っていたことに代わりはなかったかもしれない。
だが、もし母親が祖父の元で育っていれば少なくとも写真くらいは見ることが出来ただろう。
あんな、顔もはっきりしない写真一枚だけという事態にはならなかったはずだ。
だから楸矢は、話してしまったら恋人に嫌われたかもしれないのにと考えたのだろう。
霧生兄弟の祖父が警告したとはっきり判明しているわけではないのだし、知っていたのは霧生兄弟と椿矢だけなのだから黙っていることも出来た。
とはいえ今の話によると小夜は母親が祖父に嫌われていたのかもしれないと思っていたそうだから違うと分かったことで多少救われたはずだ。
今回のことは程度の差はあれ霧生兄弟も小夜も辛い思いをした。
その中で小夜にほんの僅かでも救いがあったのは一筋の光明だろう。
「確か高校入試は推薦って言ってたよね」
「うん。なんで?」
「君の高校、推薦の方が入るの大変でしょ」
「大変ったって二倍だよ。そりゃ、一般は一倍だからそれよりは高いけど……」
楸矢が苦笑いしながら答えた。
当人は大したことないと思っているらしいが二倍という事は推薦入試を受けた人の半分は落ちているということだし楽器の腕前は練習量だけでなんとかなるというものでもないだろう。
これが謙遜ではなく本当にそれほど才能があるわけではないのだとしたら地球の音楽家というのは相当な実力者ばかりということになる。
地球の音楽には興味ないが、それでもこの楸矢に凄かったと言わしめられるだけの才能があった柊矢のヴァイオリンを聴いてみたくなった。
椿矢のために弾いてくれることはないだろうが。
「地球の音楽聴かない僕に言われても説得力ないかもしれないけど、今のアメイジング・グレイス、すごく胸に響いたよ」
「ありがと」
椿矢は苦笑した。
今までだったら頼まれてもいないのにそんなことをしようなんて考えなかった。
近くまで来たとき風に乗って笛の音が聴こえてきた。
耳でしか聴こえないから地球の楽器だ。
椿矢はそちらに足を向けた。
夕辺の場所で楸矢が海に向かってフルートでアメイジング・グレイスを吹いていた。
楸矢が亡くした家族、小夜が失った両親、ムーシケーへと還っていった二人、人を傷付けてしまうことを悲しんでいた呪詛のムーシカ、それらに対する楸矢の数々の想いが痛いほど伝わってきた。
切ない、の一言では表しきれないほど様々な感情が溢れてくる。
アメイジング・グレイスの歌詞の内容とは少し違う感情だが、それでも強く心を揺さぶられた。
地球の音楽を聴いてこんな風に演奏者の想いを感じ取ったのは初めてだ。
やがて演奏が終わった。
椿矢が拍手すると楸矢が驚いた顔で振り返った。背後にいることに気付かなかったらしい。
二人は並んで崖の側に立つとしばらく風の音を聞きながら海を眺めていた。
「……あんたの言うとおりだった。小夜ちゃん、今朝、目が腫れぼったかった。寝坊してたし、夕辺泣き疲れて寝ちゃうまで泣いてたんだと思う……」
小夜がまだ起きてこないからと、清美が起こしに行こうとしていたので慌てて止めた。
そして後で訳を話すから起きるまで待ってほしい、
目が赤くなってても気付かない振りをしてくれと清美達に頼んだから彼女達は何事もなかったように振る舞ってくれた。
「そう」
楸矢自身まだ気持ちの整理は付いてないはずだ。
それでもそこまでの配慮が出来るのはさすがだ。
兄がいたとはいえ楸矢も生まれてすぐ両親を亡くし、育ての親の祖父も小学生の時に失ったのだから色々と苦労してきたのだろう。
それなのに、よくこれだけ素直な性格になったものだ。
恵まれた家庭で育った椿矢や榎矢の方が遥かに捻くれてる。
生来の気質もあるかもしれないが、案外素直なのもムーシコスの特性なのかもしれない。
楸矢も柊矢達とは別の意味でシーラカンスなのだろう。
現存してるシーラカンスって一種類じゃないし……。
「ただ、なんて言い訳すればいいのか思い付かなくてさ。フルートの練習してくるって言って出てきちゃった」
楸矢が頭を掻いた。
椿矢はその様子を見て微笑った。
「柊兄、夕辺家に着いたときに小夜ちゃんに話したんだよ」
楸矢は今朝柊矢から聞いた夕辺のやりとりを椿矢に話した。
「勇気あるよね。嫌われるかもしれないのに。俺なら言えなかった」
「……夕辺、小夜ちゃんの説得やめたのは君に止められたからだけじゃないんだ」
「じゃあ、なんで?」
「朝子さんが『ムーシケーは小夜ちゃん信じてる』って言ったから。実際、小夜ちゃんはムーシケーを裏切らなかった。柊矢君も小夜ちゃんのこと信じてたから話せたんじゃないかな。実際、小夜ちゃんは逆恨みしたりしなかったわけだし」
「でも、呪詛は人の身体を傷付けるものだけど、恨むのは少なくとも身体は傷付かないんだから呪詛よりずっとハードル低いじゃん。寝坊するほど泣いちゃうくらい悲しかったなら逆恨みしたって責められないよ」
朝子は誰が義兄を呪詛したのか分からなかったから恨みの矛先をムーシケーやムーシカに向けた。
それに対して結果的に徒になってしまったとはいえ祖父を思ってしてくれたことだから柊矢達の祖父を恨むのは筋違いと言い切った小夜。
小夜の場合、両親を殺した人間が分かっているとはいえ、母親が子供の頃に遭った事故は偶然だったのだから霧生兄弟の祖父の警告さえなければ、と小夜の立場だったら逆恨みしてしまう人は多いだろう。
霧生兄弟の祖父はもう亡くなっているからその恨みが霧生兄弟に向いてもおかしくない。
狙いは小夜で、両親は巻き添えだから母親がどこで育とうと親を失っていたことに代わりはなかったかもしれない。
だが、もし母親が祖父の元で育っていれば少なくとも写真くらいは見ることが出来ただろう。
あんな、顔もはっきりしない写真一枚だけという事態にはならなかったはずだ。
だから楸矢は、話してしまったら恋人に嫌われたかもしれないのにと考えたのだろう。
霧生兄弟の祖父が警告したとはっきり判明しているわけではないのだし、知っていたのは霧生兄弟と椿矢だけなのだから黙っていることも出来た。
とはいえ今の話によると小夜は母親が祖父に嫌われていたのかもしれないと思っていたそうだから違うと分かったことで多少救われたはずだ。
今回のことは程度の差はあれ霧生兄弟も小夜も辛い思いをした。
その中で小夜にほんの僅かでも救いがあったのは一筋の光明だろう。
「確か高校入試は推薦って言ってたよね」
「うん。なんで?」
「君の高校、推薦の方が入るの大変でしょ」
「大変ったって二倍だよ。そりゃ、一般は一倍だからそれよりは高いけど……」
楸矢が苦笑いしながら答えた。
当人は大したことないと思っているらしいが二倍という事は推薦入試を受けた人の半分は落ちているということだし楽器の腕前は練習量だけでなんとかなるというものでもないだろう。
これが謙遜ではなく本当にそれほど才能があるわけではないのだとしたら地球の音楽家というのは相当な実力者ばかりということになる。
地球の音楽には興味ないが、それでもこの楸矢に凄かったと言わしめられるだけの才能があった柊矢のヴァイオリンを聴いてみたくなった。
椿矢のために弾いてくれることはないだろうが。
「地球の音楽聴かない僕に言われても説得力ないかもしれないけど、今のアメイジング・グレイス、すごく胸に響いたよ」
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