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夏 九
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別の男がもう一人のつつじの襲の女性に手を伸ばす。
つつじの襲の女性は明らかに怯えた表情を浮かべていた。
男達は粗末な身形をしているが二人の女性は上質な小袿を着ている。
重ねた袿の色目も美しい。
上等で美しい色目の襲を着ているところを見ても二人は貴族の娘だ。
それも金持ちの……。
男が白いつつじの襲の女性を掴んで引っ張っていこうとした。
「だ、誰か!」
女性の震える声を聞いた貴晴は駆け出した。
「へっ! 助けなんか来ねぇよ!」
そう言った男の腕を貴晴が掴んで手首を捻りあげる。
「いででで……」
男が痛みに顔を顰めた。
つつじの襲の女性が驚いたような表情を浮かべて貴晴を見た。
貴晴と女性の視線が合う。
可愛い……。
貴晴は思わず目を奪われた。
女性は貴晴に見詰められて真っ赤になり、慌てたように俯いて扇で顔を隠した。
顔を見られ慣れていない。
やはり身分の高い貴族の女性だ。
それも普段人前に出ていない……。
身分が高くても出仕したことがあれば慣れているが、そうではないということは女官として仕えたこともないのだ。
「てめぇ!」
「あぶない!」
男の声と女性の声が同時に聞こえた。
女性の声に聞き覚えがあるような気がした。
貴晴は刀を抜くと、
「目を閉じろ!」
と女性に怒鳴った。
「え……」
織子はその言葉に顔を上げた。
今の……。
それから慌てて顔を伏せて目を閉じる。
二年前、同じことを言われた時は男の叫び声が聞こえた。
その後、その場から離れるよう誘導されたから恐らく男は殺されるか、そこまでいかなくてもケガをさせられたのだろう。
それなら今回もそうなるはずだ。
そう思った瞬間、男の絶叫が聞こえてきて織子は身体が震えた。
貴晴は真っ先に斬り込んできた男の刀を太刀の鎬で弾くと踏み込んで袈裟に斬り下ろした。
「ーーーーー!」
男が絶叫をあげて倒れる。
貴晴は叫び声を聞きながら背後を一瞥して女性が顔を伏せているのを確かめた。
左右から男達が同時に斬り掛かってくる。
貴晴は左の男に向けて扇を投げ付けた。
顔面にもろに扇を受けた左の男が一瞬怯んで足が止まる。
その隙に右の男の方に踏み込むと片手だけで太刀を突き出す。
片手の分だけ伸びた切っ先が男の喉を斬った。
男が血を吹き出しながら倒れる。
貴晴は反転すると斬り掛かってきた左の男の振り下ろした刀を際どいところで避けて太刀を横に払う。
太刀の切っ先が男の腹を割く。
「ーーーーー!」
男が臓腑をまき散らしながら地面に転がる。
周囲で貴晴の郎党と男達の乱闘が始まっていた。
由太が郎党達を連れて駆け付けてきてくれたのだ。
そのとき、目の隅に由太に斬り掛かっていく男が見えた。
由太は目の前の敵を相手にするので手一杯だ。
貴晴は袖の飾りを引きちぎると敵に投げ付けた。
顔に飾りが当たった男が一瞬、怯む。
由太は目の前の男を斬り捨てると貴晴が飾りを投げ付けた敵の懐に飛び込み腹に太刀を突き立てた。
貴晴は背後に目をやって女性が無事なのを確かめた。
女性達と男達の様子を見る限り彼女達はどこからか連れてこられたようだ。
だとすると近くに群盗の塒があるのか……!?
この連中が〝鬼〟にしろ別の群盗にしろ、塒を見付けられれば官位を上げてもらう理由になるはずだ。
官位が上がれば管大納言の大姫からの返事も……。
貴晴は、出来れば一人くらいは生け捕りにしたいと思いながらも機会が掴めないまま次々と賊を斬り捨てていった。
織子は下を向いて目を瞑りながら周りから聞こえてくる男の叫び声に手で耳を塞いでいた。
貴晴は際どいところで敵の刀を避ける。
切っ先が肩を掠めた。
袖が切れて手首の辺りまで落ちてくる。
狩衣の袖は肩の部分しか縫い付けられていないので、そこの糸が切れると落ちてきてしまうのだ。
肩から落ちてきた袖が手首に纏わり付く。
貴晴は袖を引きちぎると再度突き出された刃に叩き付けた。
袖が敵の刃に巻き付くとそれを思い切り引く。
敵が体勢を崩して倒れてくる。
貴晴は敵の首に太刀を突き立てた。
敵が倒れる。
残心の構えをとりながら辺りを見回したが敵は残っていなかった。
一人だけでも捕まえられれば口を割らせられたかもしれないんだがな……。
貴晴は溜息を吐いた。
それから気を取り直して女性の方を向く。
「大丈夫ですか?」
貴晴が女性に声を掛ける。
その声に織子が顔を上げ掛ける。
「あ、そのまま下を向いていた方が……」
男性が織子を制止する。
「え?」
「その……姫君は見ない方が……」
男性は言葉を濁したが、地面しか見えなくても気分が悪くなるほど血の臭いが充満しているので言わんとしていることは理解出来た。
「あの、ありがとうござ……」
織子は下を向いたまま礼を言い掛けて、地面に狩衣の袖が落ちているのに気付いた。
僅かに目を上げてみると男性の狩衣には片袖がない。
男性の袖が戦っている最中に切れたのだろう。
「これ……」
織子は袖を拾って男性に差し出した。
「ああ、賊に斬られたので。捨ておいてください」
貴晴が大したことなさそうに言った。
「で、でも、これくらいなら元に戻せますよ」
女性が言う。
貴族の姫なら裁縫は得意だろうから恐らく直せるのだろう。
貴族でも着る物は女性が機織りや染色から縫って仕立てるところまでする。
良い妻の条件の一つは染色や裁縫が上手いことなのだ――良い話し相手ということの他に。
とはいえ袖が取れた狩衣は帝から拝領した物ではない。祖父から届いた物だ。
正直、祖父から貰った物は身に着けたくない。帝から下賜された物もだが。
今日は支度するとき侍女が持ってきてしまったから仕方なく着ただけだ。
破れたのなら着ない言い訳が立つ。
女性が更に口を開き掛けた時、
「若様、郎党が戻って参りました」
由太が言った。
つつじの襲の女性は明らかに怯えた表情を浮かべていた。
男達は粗末な身形をしているが二人の女性は上質な小袿を着ている。
重ねた袿の色目も美しい。
上等で美しい色目の襲を着ているところを見ても二人は貴族の娘だ。
それも金持ちの……。
男が白いつつじの襲の女性を掴んで引っ張っていこうとした。
「だ、誰か!」
女性の震える声を聞いた貴晴は駆け出した。
「へっ! 助けなんか来ねぇよ!」
そう言った男の腕を貴晴が掴んで手首を捻りあげる。
「いででで……」
男が痛みに顔を顰めた。
つつじの襲の女性が驚いたような表情を浮かべて貴晴を見た。
貴晴と女性の視線が合う。
可愛い……。
貴晴は思わず目を奪われた。
女性は貴晴に見詰められて真っ赤になり、慌てたように俯いて扇で顔を隠した。
顔を見られ慣れていない。
やはり身分の高い貴族の女性だ。
それも普段人前に出ていない……。
身分が高くても出仕したことがあれば慣れているが、そうではないということは女官として仕えたこともないのだ。
「てめぇ!」
「あぶない!」
男の声と女性の声が同時に聞こえた。
女性の声に聞き覚えがあるような気がした。
貴晴は刀を抜くと、
「目を閉じろ!」
と女性に怒鳴った。
「え……」
織子はその言葉に顔を上げた。
今の……。
それから慌てて顔を伏せて目を閉じる。
二年前、同じことを言われた時は男の叫び声が聞こえた。
その後、その場から離れるよう誘導されたから恐らく男は殺されるか、そこまでいかなくてもケガをさせられたのだろう。
それなら今回もそうなるはずだ。
そう思った瞬間、男の絶叫が聞こえてきて織子は身体が震えた。
貴晴は真っ先に斬り込んできた男の刀を太刀の鎬で弾くと踏み込んで袈裟に斬り下ろした。
「ーーーーー!」
男が絶叫をあげて倒れる。
貴晴は叫び声を聞きながら背後を一瞥して女性が顔を伏せているのを確かめた。
左右から男達が同時に斬り掛かってくる。
貴晴は左の男に向けて扇を投げ付けた。
顔面にもろに扇を受けた左の男が一瞬怯んで足が止まる。
その隙に右の男の方に踏み込むと片手だけで太刀を突き出す。
片手の分だけ伸びた切っ先が男の喉を斬った。
男が血を吹き出しながら倒れる。
貴晴は反転すると斬り掛かってきた左の男の振り下ろした刀を際どいところで避けて太刀を横に払う。
太刀の切っ先が男の腹を割く。
「ーーーーー!」
男が臓腑をまき散らしながら地面に転がる。
周囲で貴晴の郎党と男達の乱闘が始まっていた。
由太が郎党達を連れて駆け付けてきてくれたのだ。
そのとき、目の隅に由太に斬り掛かっていく男が見えた。
由太は目の前の敵を相手にするので手一杯だ。
貴晴は袖の飾りを引きちぎると敵に投げ付けた。
顔に飾りが当たった男が一瞬、怯む。
由太は目の前の男を斬り捨てると貴晴が飾りを投げ付けた敵の懐に飛び込み腹に太刀を突き立てた。
貴晴は背後に目をやって女性が無事なのを確かめた。
女性達と男達の様子を見る限り彼女達はどこからか連れてこられたようだ。
だとすると近くに群盗の塒があるのか……!?
この連中が〝鬼〟にしろ別の群盗にしろ、塒を見付けられれば官位を上げてもらう理由になるはずだ。
官位が上がれば管大納言の大姫からの返事も……。
貴晴は、出来れば一人くらいは生け捕りにしたいと思いながらも機会が掴めないまま次々と賊を斬り捨てていった。
織子は下を向いて目を瞑りながら周りから聞こえてくる男の叫び声に手で耳を塞いでいた。
貴晴は際どいところで敵の刀を避ける。
切っ先が肩を掠めた。
袖が切れて手首の辺りまで落ちてくる。
狩衣の袖は肩の部分しか縫い付けられていないので、そこの糸が切れると落ちてきてしまうのだ。
肩から落ちてきた袖が手首に纏わり付く。
貴晴は袖を引きちぎると再度突き出された刃に叩き付けた。
袖が敵の刃に巻き付くとそれを思い切り引く。
敵が体勢を崩して倒れてくる。
貴晴は敵の首に太刀を突き立てた。
敵が倒れる。
残心の構えをとりながら辺りを見回したが敵は残っていなかった。
一人だけでも捕まえられれば口を割らせられたかもしれないんだがな……。
貴晴は溜息を吐いた。
それから気を取り直して女性の方を向く。
「大丈夫ですか?」
貴晴が女性に声を掛ける。
その声に織子が顔を上げ掛ける。
「あ、そのまま下を向いていた方が……」
男性が織子を制止する。
「え?」
「その……姫君は見ない方が……」
男性は言葉を濁したが、地面しか見えなくても気分が悪くなるほど血の臭いが充満しているので言わんとしていることは理解出来た。
「あの、ありがとうござ……」
織子は下を向いたまま礼を言い掛けて、地面に狩衣の袖が落ちているのに気付いた。
僅かに目を上げてみると男性の狩衣には片袖がない。
男性の袖が戦っている最中に切れたのだろう。
「これ……」
織子は袖を拾って男性に差し出した。
「ああ、賊に斬られたので。捨ておいてください」
貴晴が大したことなさそうに言った。
「で、でも、これくらいなら元に戻せますよ」
女性が言う。
貴族の姫なら裁縫は得意だろうから恐らく直せるのだろう。
貴族でも着る物は女性が機織りや染色から縫って仕立てるところまでする。
良い妻の条件の一つは染色や裁縫が上手いことなのだ――良い話し相手ということの他に。
とはいえ袖が取れた狩衣は帝から拝領した物ではない。祖父から届いた物だ。
正直、祖父から貰った物は身に着けたくない。帝から下賜された物もだが。
今日は支度するとき侍女が持ってきてしまったから仕方なく着ただけだ。
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