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秋 三
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「多田? ああ、卿が仰っていた……」
石見が言った。
『卿』というのは(今の場合は)貴晴の祖父のことである。
貴晴の父は木っ端役人だが祖父は正三位だから公卿なのだ。
隆亮のお陰でようやく検非違使の府生の石見に会えた。
「それで聞きたい事って? こっちは忙しいんだよね。散位には分からないだろうけどね」
石見が嫌みっぽく言った。
『散位』というのは官位はあるが官職に就いていないもののことである。
貴晴は弾正台だから散位ではないのだが口止めされているので言う訳にはいかない。
むっとしかけたが、これも〝鬼〟を見付けるため、ひいては官位を上げてもらうためだと思って堪える。
府生の仕事は書記官なのに何故検非違使庁にいないのかと思ったが――。
こいつ、もしかして嫌がらせで会おうとしなかったのか?
「群盗について知ってることがあったら教えてほしいんだが」
貴晴はいらいらしながら石見に質問した。
「群盗って、どの群盗?」
「〝鬼〟だ」
「街の連中は鬼だなんて面白おかしく言ってるが連中は盗賊だ」
石見の言葉に、
『そんな事は分かってる! 群盗について聞きたいって言っただろうが!』
と言い返しそうになるのをぐっと我慢して、
「で、その群盗の塒とか指示を出している者とかの見当は?」
と訊ねた。
「ないね」
石見が素っ気なく答える。
『もったいぶっておいてそれか!』
と怒鳴り付けそうになるのを必死で抑える。
「ちはやぶる ひゐを行ふ 鬼の住む 山のいは見よ 蔦も生えねと」
(石見は府生ではなく不肖=役立たずだ)
(いは見=石見、蔦も生えない→蔦がない→拙い→未熟→不肖=府生)
貴晴が詠じると石見はきょとんとしていた。
だが気付いた者達がくすくす笑い出す。
笑ってるのを隠さないって事はこいつ相当嫌われてるな……。
溜飲を下げた貴晴は踵を返してその場を後にした。
「おい、なんかよく分かんなかったけどよくやった! やり込めてやったんだろ」
隆亮が笑いながら貴晴の背を叩いた。
お前も分からなかったのか……!
貴晴は心の中で突っ込んだ。
だとしたら周りで笑っていた者達はかなり優秀という事だ。
「多田殿」
建物を出ると石見の同僚らしい男性が声を掛けてきた。
「石見が失礼なことを言って申し訳なかった。大志の白石だ」
白石が自己紹介する。
大志ということは石見の上司だ。
検非違使の事務方だが明法家(法律に詳しい者)がなることが多い。
「多田貴晴です」
貴晴も名乗る。
「実は〝鬼〟かどうかはまだ分からないんだが放免の一人が何か掴んだかもしれないんだ」
白石が言った。
『放免』というのは恩赦で釈放された元犯罪者である。
犯罪者同士のツテなどがあるので検非違使は手先として採用しているのだ。
「詳しい話を聞いたら知らせよう」
白石がそう言ってくれたので貴晴は邸の場所を告げて牛車に乗った。
「今日も春宮さまはいらっしゃるかしら?」
匡の問いに、
「さぁ?」
織子が答える。
春宮がそうそう内裏の外をほっつき歩けるとは思えないが、何度か歌会へ来ていたから匡は期待しているようだ。
「この襲はどう?」
「とても良くお似合いだと思います」
「春宮さまはお気に召してくださるかしら?」
「さぁ?」
織子は面識すらないのだから好みなど分かるわけがないのだが匡は春宮の話をあれこれとしていた。
やがて寺に着くと匡は歌会の会場へと向かい、牛車は寺から少し離れたところに移動した。
貴晴は都の外れにある寺の近くに来ていた。
文が来たのだ。
差出人は分からなかったがおそらく石見だろう。
白石に叱られて考えを変えたのかもしれない。
文によるとこの近くに怪しい男達が集まっている邸があるらしい。
「何も若様が来なくても郎党に任せておけばいいのでは……」
「任せきりにしておいて失敗したら叱責するというのもどうかと思ってな」
貴晴が由太にそう答えた。
しかしそれらしい邸は見当たらない。
そもそも邸どころか建物すら見当たらない。
少し離れた場所に寺はあったが貴族が集まっているようだし、そんなところを盗賊が塒にするはずはないだろう。
場所を間違えたか?
もしくは石見が嫌がらせで何もないところに呼び出したとか……。
織子は御簾から外を窺った。
後で歌会に来た時の歌を詠まなくてはならないだろうし、そうなると周りに何があるか見ておいた方がいい。
匡は他の歌人達とのおしゃべりに夢中でほとんど景色を見ていないらしく、歌会の会場に何があったか聞いてもまともな返事が返ってこないのだ。
外を覗いていると何かが動いたような気がした。
木の向こうに公達の後ろ姿が見える。
だが動いたのは公達ではない。
その手前――。
暗い色の衣裳の男が何かを振り上げた。
その何かが僅かな光を反射して光る。
男が公達に襲い掛かろうとしていた。
「危ない!」
不意に背後から女性の声が聞こえた。
貴晴が太刀を抜きながら振り返る。
振り上げた太刀と振り下ろされた刀がぶつかり合って火花を散らす。
「若様!」
由太がこちらに駆け寄ってくる。
「来るな! 郎党を呼んでこい!」
貴晴はそう言ったが、由太が踵を返すより早く別の男が斬り付けた。
由太が抜刀して敵の刀を受け止める。
貴晴は足下の小石を男の顔目掛けて蹴り上げた。
男が石を避けて力が緩んだ隙に太刀を思い切り押す。
よろけた男の刀を太刀で下に押し、刃が下がったところで太刀を前に出して首を突く。
そのまま太刀を横に払って首を切り裂いた。
右から聞こえる足音に太刀を横に振り抜く。
敵が突き出す刀を太刀で払い袈裟に斬り下ろす。
敵が倒れる。
その向こうで由太に男が斬り掛かっていくのが見えた。
血飛沫を上げながら倒れる男を見て織子は震えた。
二年前のことが蘇る。
怖いが目を離すことも出来ない。
「由太!」
貴晴は周囲に素早く視線を走らせて近くに敵がいないのを見て取ると自分の太刀を由太に向かっていく男に投げ付ける。
男に太刀が突き立つ。
貴晴が急いで自分が斬り殺した男の刀を拾う。
石見が言った。
『卿』というのは(今の場合は)貴晴の祖父のことである。
貴晴の父は木っ端役人だが祖父は正三位だから公卿なのだ。
隆亮のお陰でようやく検非違使の府生の石見に会えた。
「それで聞きたい事って? こっちは忙しいんだよね。散位には分からないだろうけどね」
石見が嫌みっぽく言った。
『散位』というのは官位はあるが官職に就いていないもののことである。
貴晴は弾正台だから散位ではないのだが口止めされているので言う訳にはいかない。
むっとしかけたが、これも〝鬼〟を見付けるため、ひいては官位を上げてもらうためだと思って堪える。
府生の仕事は書記官なのに何故検非違使庁にいないのかと思ったが――。
こいつ、もしかして嫌がらせで会おうとしなかったのか?
「群盗について知ってることがあったら教えてほしいんだが」
貴晴はいらいらしながら石見に質問した。
「群盗って、どの群盗?」
「〝鬼〟だ」
「街の連中は鬼だなんて面白おかしく言ってるが連中は盗賊だ」
石見の言葉に、
『そんな事は分かってる! 群盗について聞きたいって言っただろうが!』
と言い返しそうになるのをぐっと我慢して、
「で、その群盗の塒とか指示を出している者とかの見当は?」
と訊ねた。
「ないね」
石見が素っ気なく答える。
『もったいぶっておいてそれか!』
と怒鳴り付けそうになるのを必死で抑える。
「ちはやぶる ひゐを行ふ 鬼の住む 山のいは見よ 蔦も生えねと」
(石見は府生ではなく不肖=役立たずだ)
(いは見=石見、蔦も生えない→蔦がない→拙い→未熟→不肖=府生)
貴晴が詠じると石見はきょとんとしていた。
だが気付いた者達がくすくす笑い出す。
笑ってるのを隠さないって事はこいつ相当嫌われてるな……。
溜飲を下げた貴晴は踵を返してその場を後にした。
「おい、なんかよく分かんなかったけどよくやった! やり込めてやったんだろ」
隆亮が笑いながら貴晴の背を叩いた。
お前も分からなかったのか……!
貴晴は心の中で突っ込んだ。
だとしたら周りで笑っていた者達はかなり優秀という事だ。
「多田殿」
建物を出ると石見の同僚らしい男性が声を掛けてきた。
「石見が失礼なことを言って申し訳なかった。大志の白石だ」
白石が自己紹介する。
大志ということは石見の上司だ。
検非違使の事務方だが明法家(法律に詳しい者)がなることが多い。
「多田貴晴です」
貴晴も名乗る。
「実は〝鬼〟かどうかはまだ分からないんだが放免の一人が何か掴んだかもしれないんだ」
白石が言った。
『放免』というのは恩赦で釈放された元犯罪者である。
犯罪者同士のツテなどがあるので検非違使は手先として採用しているのだ。
「詳しい話を聞いたら知らせよう」
白石がそう言ってくれたので貴晴は邸の場所を告げて牛車に乗った。
「今日も春宮さまはいらっしゃるかしら?」
匡の問いに、
「さぁ?」
織子が答える。
春宮がそうそう内裏の外をほっつき歩けるとは思えないが、何度か歌会へ来ていたから匡は期待しているようだ。
「この襲はどう?」
「とても良くお似合いだと思います」
「春宮さまはお気に召してくださるかしら?」
「さぁ?」
織子は面識すらないのだから好みなど分かるわけがないのだが匡は春宮の話をあれこれとしていた。
やがて寺に着くと匡は歌会の会場へと向かい、牛車は寺から少し離れたところに移動した。
貴晴は都の外れにある寺の近くに来ていた。
文が来たのだ。
差出人は分からなかったがおそらく石見だろう。
白石に叱られて考えを変えたのかもしれない。
文によるとこの近くに怪しい男達が集まっている邸があるらしい。
「何も若様が来なくても郎党に任せておけばいいのでは……」
「任せきりにしておいて失敗したら叱責するというのもどうかと思ってな」
貴晴が由太にそう答えた。
しかしそれらしい邸は見当たらない。
そもそも邸どころか建物すら見当たらない。
少し離れた場所に寺はあったが貴族が集まっているようだし、そんなところを盗賊が塒にするはずはないだろう。
場所を間違えたか?
もしくは石見が嫌がらせで何もないところに呼び出したとか……。
織子は御簾から外を窺った。
後で歌会に来た時の歌を詠まなくてはならないだろうし、そうなると周りに何があるか見ておいた方がいい。
匡は他の歌人達とのおしゃべりに夢中でほとんど景色を見ていないらしく、歌会の会場に何があったか聞いてもまともな返事が返ってこないのだ。
外を覗いていると何かが動いたような気がした。
木の向こうに公達の後ろ姿が見える。
だが動いたのは公達ではない。
その手前――。
暗い色の衣裳の男が何かを振り上げた。
その何かが僅かな光を反射して光る。
男が公達に襲い掛かろうとしていた。
「危ない!」
不意に背後から女性の声が聞こえた。
貴晴が太刀を抜きながら振り返る。
振り上げた太刀と振り下ろされた刀がぶつかり合って火花を散らす。
「若様!」
由太がこちらに駆け寄ってくる。
「来るな! 郎党を呼んでこい!」
貴晴はそう言ったが、由太が踵を返すより早く別の男が斬り付けた。
由太が抜刀して敵の刀を受け止める。
貴晴は足下の小石を男の顔目掛けて蹴り上げた。
男が石を避けて力が緩んだ隙に太刀を思い切り押す。
よろけた男の刀を太刀で下に押し、刃が下がったところで太刀を前に出して首を突く。
そのまま太刀を横に払って首を切り裂いた。
右から聞こえる足音に太刀を横に振り抜く。
敵が突き出す刀を太刀で払い袈裟に斬り下ろす。
敵が倒れる。
その向こうで由太に男が斬り掛かっていくのが見えた。
血飛沫を上げながら倒れる男を見て織子は震えた。
二年前のことが蘇る。
怖いが目を離すことも出来ない。
「由太!」
貴晴は周囲に素早く視線を走らせて近くに敵がいないのを見て取ると自分の太刀を由太に向かっていく男に投げ付ける。
男に太刀が突き立つ。
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