40 / 47
冬 九
しおりを挟む
「塒を提供しろと言われたと言う事は内大臣は群盗がどこにいるかはご存じないのですか?」
隆亮が訊ねた。
「ああ」
そう答えた内大臣の表情を見ると嘘は吐いていないようだった。
「おかしくないか?」
不意に隆亮が言った。
「え?」
「あの歌は誰が送ってきたんだ? 口封じなら歌を送る必要ないよな?」
隆亮の言う通りだ。
襲撃するのに歌を送る必要はない。
口封じをしたいのなら尚更――。
深夜――
内大臣の寝所に黒い人影が足を忍ばせて入ってきた。
「母の恨み!」
人影が刃物を持った手を振り上げる。
その瞬間、誰かが人影の手首を掴んだ。
人影がハッとして振り返る。
「あの歌はお前か」
手首を掴んだまま貴晴が言った。
「隆亮、もう起きていいぞ」
貴晴はそう言ったが隆亮からの答えはない。
「おい! 隆亮!」
貴晴が慌てて揺すると、
「うわ!」
隆亮が飛び起きる。
「お前、寝てたのか!? 私が止めなければ刺されてたんだぞ!」
「すまんすまん。で、どこだ?」
隆亮の問いに振り返ったが人影の姿は消えていた。
翌日――
「お前、夕辺わざと逃がしただろ」
牛車の中で隆亮が言った。
貴晴が肩を竦める。
おそらく、あれは中の姫の乳母子だろう。
乳母子は襲撃に紛れて内大臣を暗殺するつもりだったではないだろうか。
それなら邸の中に出てしまえば二度と手出し出来ないはずだ。
弾正台の仕事はあくまでも官人の監察であって庶民は管轄外である。
内大臣が捕まえさせたいと思うのなら自分で検非違使に訴えるしかない。
まぁそうなると乳母と中の姫の恋人のことも言わなくてはならなくなるが。
貴晴と隆亮は群盗の塒かもしれない場所へ向かっていた。
由太から逃げた群盗を尾行していた郎党が塒らしき邸を突き止めたと報告してきたと言われたのだ。
それでそこに向かっていたのである。
貴晴と隆亮の郎党を連れてきてはいるが今日は様子を見るだけだ。
元々捕縛は検非違使がやると言われている。
牛車を降りた二人が崩れた築地塀の外から邸の中の様子を窺っていると、
「にゃ~ん」
と言う鳴き声がした。
「え、猫?」
隆亮が驚いたように言った。
「なんだ、どこにでも猫がいるんだな」
隆亮の言葉を聞きながら貴晴は猫に目を向けた。
足とお腹が白くて背中が黒い……。
つつじの君が言っていた猫か……?
「……麻呂」
「え?」
「お前、麻呂か?」
貴晴の問いに、
「にゃ~ん」
猫が鳴いた。
「若様、この先に女御様の実家があります」
由太が言った。
貴晴が由太の方を振り返る。
「ああ、内大臣の言ってた女御か。それなら猫を飼っててもおかしくないな」
隆亮の言葉に、
「え……!?」
貴晴が目を見開く。
春宮を産んだ女御?
この猫がつつじの君の言っていた猫なら、攫われた先にいた『女の人』というのは女御ということなのか?
一体どういう……あっ!?
〝しきこ様なら……〟
あの時、管大納言の邸の前にいた女性はつつじの君を『しき子』と呼んだ。
『子』が付く名前は帝か春宮の妃か官位を持っている姫だ。
つつじの君は妃ではないはずだし、出仕したことがないのに官位があるというのも考えづらい。
〝幼い頃、猫を飼っていたのですが……〟
つつじの君は右大臣ですら手に入れるのに苦労している猫を飼っていた――飼うことが出来たのだ。
もしかして、つつじの君の歯切れが悪かったのは覚えてないとか、怖い思いをしたから口にしたくないとかではなく、女御が絡んでいるから答えられなかったのか……?
それは逆に言えば女御を知っているということだ。
だとしたら、つつじの君はかなり身分が高いのかもしれない。
下手したら大納言の大姫よりも……。
おそらく、この守り袋がつつじの君に伝えられる精一杯なのだろう。
再びこの守り袋に麻呂が寄ってきてくれることを期待したのだ。
大貴族の邸の前でつつじの君が言っていた猫が近付いてくればそれは攫うように指示を出した者の可能性があるということになる。
その時、
「おい、貴晴」
隆亮の言葉に顔を上げると、女御の実家の方から郎党らしき男達が近付いてくるところだった。
「やるか?」
隆亮が期待に満ちた表情で太刀に手を掛けながら貴晴に訊ねる。
こいつ、ホントに出世する気がないのか?
理由もなく女御の実家を警護している者とやり合ったりしたら確実に出世できなくなる。
というか、出世できない程度で済むかどうか……。
「とりあえず、帰ろう」
貴晴はそう言うと牛車に向かった。
「おい、卿が訪ねてこられたぞ」
つつじの君と御簾越しで向かい合っていた貴晴に隆亮が声を掛けた。
「祖父上が?」
貴晴が怪訝な面持ちで言った。
ここは右大臣邸だ。
となると普通なら右大臣に会いにきたと思うところだが今は内裏が方塞りだから別邸に行っていてここにはいない。
「お前に会いに来たのか?」
貴晴が訊ねると、
「いや、それが……」
隆亮はつつじの君がいる御簾の方に視線を走らせた。
貴晴がそれ以上訊ねる前に祖父が入ってくる。
「祖父上、ここには姫君が……」
「その姫君にお目に掛かりたい。お顔を拝見出来ませぬか?」
祖父が御簾の方に目を向けて言った。
「祖父上! 失礼でしょう。貴族の姫君の顔を見たいなど……」
「貴族ではない」
祖父が貴晴の言葉を遮る。
「祖父上! いくら祖父上でもつつじの君への無礼は……!」
「た、多田様!」
織子が宥めるように声を掛ける。
「その方は前の斎王……織子内親王様――そうではありませぬか?」
祖父が織子の方に顔を向けた。
隆亮が訊ねた。
「ああ」
そう答えた内大臣の表情を見ると嘘は吐いていないようだった。
「おかしくないか?」
不意に隆亮が言った。
「え?」
「あの歌は誰が送ってきたんだ? 口封じなら歌を送る必要ないよな?」
隆亮の言う通りだ。
襲撃するのに歌を送る必要はない。
口封じをしたいのなら尚更――。
深夜――
内大臣の寝所に黒い人影が足を忍ばせて入ってきた。
「母の恨み!」
人影が刃物を持った手を振り上げる。
その瞬間、誰かが人影の手首を掴んだ。
人影がハッとして振り返る。
「あの歌はお前か」
手首を掴んだまま貴晴が言った。
「隆亮、もう起きていいぞ」
貴晴はそう言ったが隆亮からの答えはない。
「おい! 隆亮!」
貴晴が慌てて揺すると、
「うわ!」
隆亮が飛び起きる。
「お前、寝てたのか!? 私が止めなければ刺されてたんだぞ!」
「すまんすまん。で、どこだ?」
隆亮の問いに振り返ったが人影の姿は消えていた。
翌日――
「お前、夕辺わざと逃がしただろ」
牛車の中で隆亮が言った。
貴晴が肩を竦める。
おそらく、あれは中の姫の乳母子だろう。
乳母子は襲撃に紛れて内大臣を暗殺するつもりだったではないだろうか。
それなら邸の中に出てしまえば二度と手出し出来ないはずだ。
弾正台の仕事はあくまでも官人の監察であって庶民は管轄外である。
内大臣が捕まえさせたいと思うのなら自分で検非違使に訴えるしかない。
まぁそうなると乳母と中の姫の恋人のことも言わなくてはならなくなるが。
貴晴と隆亮は群盗の塒かもしれない場所へ向かっていた。
由太から逃げた群盗を尾行していた郎党が塒らしき邸を突き止めたと報告してきたと言われたのだ。
それでそこに向かっていたのである。
貴晴と隆亮の郎党を連れてきてはいるが今日は様子を見るだけだ。
元々捕縛は検非違使がやると言われている。
牛車を降りた二人が崩れた築地塀の外から邸の中の様子を窺っていると、
「にゃ~ん」
と言う鳴き声がした。
「え、猫?」
隆亮が驚いたように言った。
「なんだ、どこにでも猫がいるんだな」
隆亮の言葉を聞きながら貴晴は猫に目を向けた。
足とお腹が白くて背中が黒い……。
つつじの君が言っていた猫か……?
「……麻呂」
「え?」
「お前、麻呂か?」
貴晴の問いに、
「にゃ~ん」
猫が鳴いた。
「若様、この先に女御様の実家があります」
由太が言った。
貴晴が由太の方を振り返る。
「ああ、内大臣の言ってた女御か。それなら猫を飼っててもおかしくないな」
隆亮の言葉に、
「え……!?」
貴晴が目を見開く。
春宮を産んだ女御?
この猫がつつじの君の言っていた猫なら、攫われた先にいた『女の人』というのは女御ということなのか?
一体どういう……あっ!?
〝しきこ様なら……〟
あの時、管大納言の邸の前にいた女性はつつじの君を『しき子』と呼んだ。
『子』が付く名前は帝か春宮の妃か官位を持っている姫だ。
つつじの君は妃ではないはずだし、出仕したことがないのに官位があるというのも考えづらい。
〝幼い頃、猫を飼っていたのですが……〟
つつじの君は右大臣ですら手に入れるのに苦労している猫を飼っていた――飼うことが出来たのだ。
もしかして、つつじの君の歯切れが悪かったのは覚えてないとか、怖い思いをしたから口にしたくないとかではなく、女御が絡んでいるから答えられなかったのか……?
それは逆に言えば女御を知っているということだ。
だとしたら、つつじの君はかなり身分が高いのかもしれない。
下手したら大納言の大姫よりも……。
おそらく、この守り袋がつつじの君に伝えられる精一杯なのだろう。
再びこの守り袋に麻呂が寄ってきてくれることを期待したのだ。
大貴族の邸の前でつつじの君が言っていた猫が近付いてくればそれは攫うように指示を出した者の可能性があるということになる。
その時、
「おい、貴晴」
隆亮の言葉に顔を上げると、女御の実家の方から郎党らしき男達が近付いてくるところだった。
「やるか?」
隆亮が期待に満ちた表情で太刀に手を掛けながら貴晴に訊ねる。
こいつ、ホントに出世する気がないのか?
理由もなく女御の実家を警護している者とやり合ったりしたら確実に出世できなくなる。
というか、出世できない程度で済むかどうか……。
「とりあえず、帰ろう」
貴晴はそう言うと牛車に向かった。
「おい、卿が訪ねてこられたぞ」
つつじの君と御簾越しで向かい合っていた貴晴に隆亮が声を掛けた。
「祖父上が?」
貴晴が怪訝な面持ちで言った。
ここは右大臣邸だ。
となると普通なら右大臣に会いにきたと思うところだが今は内裏が方塞りだから別邸に行っていてここにはいない。
「お前に会いに来たのか?」
貴晴が訊ねると、
「いや、それが……」
隆亮はつつじの君がいる御簾の方に視線を走らせた。
貴晴がそれ以上訊ねる前に祖父が入ってくる。
「祖父上、ここには姫君が……」
「その姫君にお目に掛かりたい。お顔を拝見出来ませぬか?」
祖父が御簾の方に目を向けて言った。
「祖父上! 失礼でしょう。貴族の姫君の顔を見たいなど……」
「貴族ではない」
祖父が貴晴の言葉を遮る。
「祖父上! いくら祖父上でもつつじの君への無礼は……!」
「た、多田様!」
織子が宥めるように声を掛ける。
「その方は前の斎王……織子内親王様――そうではありませぬか?」
祖父が織子の方に顔を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜
葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー
あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。
見ると幸せになれるという
珍しい月 ブルームーン。
月の光に照らされた、たったひと晩の
それは奇跡みたいな恋だった。
‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆
藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト
来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター
想のファンにケガをさせられた小夜は、
責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。
それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。
ひと晩だけの思い出のはずだったが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる