東京の空の下 ~猫と狐と天狗~

月夜野 すみれ

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鯉の恋

第五話

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「お化けから聞いたことをまとめてみよう」
 全員が飲み物を買って席に着いたところで俺が言った。

「前の住人が孤独死したのが数年前」
「それ以来借り手がつかないから家賃が安いんだよな」
「その人はお化けになってない」
「その前に住んでた人も生きて出ていったって言ってたんだよね?」
 雪桜の問いに俺は頷いた。
 一応お化けの返事はその場で教えてあったが雪桜には聞こえなかったから確認したのだろう。

「事件事故は幽霊の知る限り起きてない。少なくとも人死にが出るようなのは」
「内見には何度か来てたけど普通に帰っていった」
「つまりあの部屋には人を喰う化生の類は出ないって事だよな」
「人をうお化けも」
 俺が付け加えた。
「幽霊が人間を食べるの?」
「人をうようなのは化生よ」
 秀の疑問に祖母ちゃんが答える。

「なら不動産会社の新入社員が先輩に一杯食わされたって事か?」
「意地の悪い先輩の嫌がらせとか」
「化生は住み着いてないんだな」
 俺は祖母ちゃんに念押しした。
「少なくとも今のところはいないわね」
 祖母ちゃんが答えた。
 なら当面は大丈夫そうだ。
 内見も近くで見ていたんだから何かあれば気付いているだろう。

「あの、ぬしさん達は……?」
 雪桜が祖母ちゃんに訊ねた。
『達』と言ったということは雪桜にも二人が見えていたのだ。
 祖母ちゃんが主達にあらかじめ姿を現すように言っていてくれたのだろう。

「娘が二、三年前に家出したらしいのよ」
「理由は?」
「主と喧嘩したらしいわ。人間でもよくあるでしょ」
「化生にもよくあるものなのか?」
「まぁね。朔夜がこっちに来てたのも奥さんと喧嘩したからだし」
 この奥さんというのは天狗で高樹の母親とは違う女性である。
 朔夜がこっちに来ていたのは江戸時代の話なのだ。
 高樹の母親は普通の人間である。

「家出を探すのもよくあるのか?」
 俺は祖母ちゃんに訊ねた。
 もしかして朔夜が山に戻ったのも奥さんが捜しに来たからだろうか。
「探すのはあんまりないわね」
 祖母ちゃんの返事に危うく「朔夜の奥さんも来なかったのか?」と聞きそうになってしまったが高樹の前で行くのも躊躇ためらわれ――。
「親父も奥さんが迎えに来たのか?」
 当の高樹が質問した。
「いいえ。あかつきとは仲が冷え切ってたから」

 化生にもそう言うのがあるのか……。

「それで、主さん達の人捜しのお手伝いは……」
 雪桜が話を戻した。
「無理ね。人間に化けてるとしたら見た目が分からないし、化生の姿なら陸にはいないし」
 そう言って祖母ちゃんは肩をすくめた。

 俺達には化生の姿が見えるとは言え人間と同じ姿をしていたら区別は付かないし、雪桜に至っては全く見えないし聞こえない。
 当然すれ違っても分からない。
 だが、それは俺達の話であって祖母ちゃんは顔が分からなくても気配で分かるはずなのだが探してやるつもりはないらしい。

「神田川の場所教えといたわ」
 祖母ちゃんがどうでもよさそうに言った。

 東京の川に住んでる化生なら祖母ちゃんに教わるまでもなく神田川の場所くらい知っていると思うが……。

 とはいえ祖母ちゃんの言う通りで、俺達に出来る事はなさそうなので主の娘の話はそこで終わった。


「引越が決まったんだ」
 放課後、俺達がいつものようにファーストフード店に入ると高樹が言った。

「大して離れてないとこに引っ越す意味あるのか?」
「家賃が今までの三分の二くらいでむらしい」
「てことは、やっぱセット割だよな。化生はいなかったしお化けも一人だけだから他にセットになるのは欠陥……」
「借り手が付かなかったって言ってただろ。例の……」
 高樹が言葉をにごす。
 食事中に大量のハエの話はしたくないのだろう。
 と言うか、俺や雪桜も食べられなくなりそうだ。
 秀は割と動じない性格をしているから平気かもしれないが。

「引越って何十万も掛かるんだろ。それだけ出しても最終的に安くなるものなのか?」
「半年くらいで元が取れるらしい」
 高樹が答えた。
 今の家賃が月二十万だったとしたら十四万くらいになるという事だから月々六万。
 一年で三十二万くらい浮くという事になる。
 半年で回収出来るのなら実際には月六万どころではないのだろう。

 そんなに安いとしたらやはりセット割だと思うんだが……。
 お化けが悪霊だとか建物に欠陥があるとか……。

「引越の手伝いするよ。少しは費用が安くなるんじゃない?」
 秀の言葉に俺も同意するように頷いた。
「サンキュ」
 高樹が答えた。

 と言うことで俺達は高樹の引越を手伝うことになった。
 費用を安くあげるためだけではなく、本当に安全なのか確認の意味でも見ておきたかった。
 と言っても俺達には分からないから祖母ちゃんに見てもらうのだが。


 引越の日の朝、俺と高樹は引越先のマンションに来た。
 業者が廊下やエレベーターが汚れたり傷が付いたりしないように養生している間に部屋の鍵を開けておくのだ。

 ドアを開けて中を確かめ、問題が――。

「きゃあ!」

 あった――。

 二十代半ばくらいの男女が部屋の中で抱き合っていた。
 本来ならここは無人のはずなのに。

「誰だ!」
 男性の言葉に、
「それはこっちの台詞だ」
 俺は思わず言い返してから、もしやお化けではないかと不安になった。

 いくら友達の家でもお化けが沢山いるリアルお化け屋敷に遊びに来るのは嫌だ……。

「オレはここに引っ越してきたんだ」
 高樹が答える。
「え、いつ!?」
「今日からだ。今から荷物を運び込む」
 高樹の言葉に男女が顔を見合わせた。

「どうやってここに入った」
 高木が訊ねた。
「鍵で……」
「なんで鍵持ってんだ?」
 高木の質問に男性は答えず、女性と顔を見合わせた。

「通報する」
 高樹はそう言ってスマホを取り出した。
「待ってくれ! それは困る」
「だったらなんで鍵を持ってたか言え」
 高樹が言った。
 確かに簡単に合鍵を作れるようでは不用心極まりない。
 男性が落ち着かない様子で視線を左右に動かす。
 それを見た高樹がスマホ画面を押そうとした。
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