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鯉の恋
第六話
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「前の仕事先がこの部屋を貸してたんだ!」
男性が慌てて答える。
「仕事先って……不動産会社か?」
「そうだ。ここは孤独死があって現場がひどい状態だった上に出るって噂があって借り手が付かないから……」
「勝手に利用してたのか」
高樹の言葉に男性が後ろめたそうに頷いた。
「……あっ!? 失踪した社員か……!?」
俺が声を上げる。
「失踪って……黙って会社辞めただけ……」
「もしかしてそれ最近か?」
「去年だ」
「その人も元社員なのか?」
高樹が女性に視線を向ける。
「いや、会社とは関係ない」
「内見の案内した人じゃないのか?」
「え?……ああ、そうか。会社を辞める前に内見だって言って鍵を持ち出したんだった」
「じゃあ、内見に来て失踪したんじゃないって事だな」
鍵を持ち出してすぐに出社しなくなったから失踪したと思われたようだ。
人騒がせな……。
「その前の失踪事件は?」
「え?」
「あんたの前にもこの部屋の誰かが行方不明になったって噂が……」
「家賃滞納で夜逃げした人の事か?」
男性の言葉に俺と高樹は顔を見合わせた。
夜逃げなら死んでないからお化けが言ったこと(「行方不明者はいない」)は事実だ。
それにお化けは『夜逃げ』とも言っていた。
つまり神隠しはなかったのだ――孤独死はあったが。
「まぁいい。通報はしないから出て行ってくれ」
高樹がそう言って手を出した。
「部屋の使用料請求する気か!?」
「鍵を渡せって意味だ。うちに勝手に入られたら困るからな」
高樹の言葉に男性は仕方なさそうに鍵を渡した。
「孝司、望……こんなとこで何してんの?」
俺達に声を掛けた祖母ちゃんが部屋を出ようとしていた男女に言った。
祖母ちゃんの言葉に俺と高樹だけではなく、男女も怪訝そうな表情を浮かべた。
「あんた、お墨でしょ。主が探してたわよ」
「主って……え!? じゃあ、化しょ……」
言い掛けた俺の脇腹を高樹が突いた。
そうか、男性が普通の人間で彼女が化生だという事を知らないのなら口を滑らすのはマズいな……。
「あ、あたしは墨なんて名前じゃ……」
墨……。
現代人は普通、名前の上に〝お〟を付けたりしないから『おすみ』と呼ばれたら『小隅』とか『大角』だと考えるだろう。
化生というのは、知り合いの化生の血が流れている者は親や祖父母が分かるものらしい。
主が高樹を見て朔夜の息子だと気付いたように。
「そ、人違いだったようね」
祖母ちゃんはあっさり引き下がった。
だが祖母ちゃんが間違えるとは思えないから家出している主の娘なのだろう。
「孝司、望、もうトラック来てるわよ。早くしなさい」
祖母ちゃんの言葉に俺達が戸口から退くと女性が男性を急かして部屋から出てきた。
「なぁ、あんたが元社員ならこのマンションに危険人物が住んでないか知ってるよな?」
俺は男性に訊ねた。
まだ社員なら借り手が付かないと困るから教えてくれないだろうが、もう辞めたのなら内緒にしたりする必要がないはずだ。
場合によっては守秘義務があると言っても無断で辞めるような人間はそんなもの守らないだろう。
「聞いてないな」
男性はそう答えるとエレベーターに向かった。
引越が終わった数日後、高樹の母さんが手伝いのお礼と引越祝いを兼ねて俺達を家に招待してくれた。
「この時期はクリスマスケーキしか売ってなくて。ごめんなさいね」
高樹の母さんがケーキを出しながら謝った。
「お構いなく」
「クリスマスケーキ大好きです」
「ご馳走になります」
俺達はそう答えると、
「じゃあ、ごゆっくり」
高樹の母さんはそう言って台所に戻っていった。
「で、この前の女の人は主の娘だったんだろ。主には教えたのか?」
「教えたわよ」
「それで? あの女性は川に戻ったのか?」
「てか、喧嘩で飛び出したんだろ。なんで男と一緒だったんだ?」
「あの男との仲を反対されたそうよ」
祖母ちゃんが答えた。
「人間との恋は禁止なのか?」
「あれは人間じゃなくてゴイサギ」
「え……!? あの男性のことだよな?」
「そうよ、お墨は魚だし」
「魚ってゴイサギの餌なんじゃ……」
捕食者と被食者の禁断の恋なのか……?
人間とバンパイアの恋的な……。
「それは小さい魚。主は人間くらいの大きさだから鳥には食べられないわよ」
「え……!? 東京の川にそんなデカい魚がいるのか!?」
「鐘ヶ淵に住んでる主っていうのは昔から有名だけど」
そう言われても鐘ヶ淵というのはこの辺りではないから――というか、この近辺だとしても化生の話は聞いたことがないから知らない。
祖母ちゃんは家を出ていく前は化生の話をしたことがなかった。
「反対の理由が天敵だからじゃないならなんだ?」
「主の一族はあのゴイサギの一族と犬猿の仲だったから」
おそらく仲が悪い理由は人間には理解しがたくて聞くだけ無駄だろう。
「昔、あのゴイサギの仲間が主の仲間を騙したせいで漁師に捕まったのよ」
突然日本昔話の世界に……。
「それで、主の娘さんとゴイサギさんはどうなったんですか!?」
雪桜が食い付き気味に訊ねた。
女の子って恋愛話好きだな……。
「主と話し合いはしたみたいだけど結局折り合いが付かなかったみたいで鐘ヶ淵には戻らなかったみたいよ。お墨も大人なんだし」
「じゃあ、大都会で恋人と二人きりなんですね!?」
「まぁ……そうね」
祖母ちゃんが苦笑しながら答える。
化生だとしたら普通の人間より長く生きているだろうし、その間ずっと東京に住んでいたなら知り合いは大勢いるはずだ。
その知り合い全員と縁を切ったわけではないなら親とは顔を合わせないと言うだけで別に頼れる者がいないと言う事はないだろう。
だから祖母ちゃんも歯切れが悪いようだ。
「今頃、クリスマスを恋人と二人だけで……」
雪桜が夢見るように言った。
今頃は不動産屋巡りの最中だと思うが……。
今まで空き家に勝手に住んでいたのが出来なくなったのだ。
だがロマンチック(なのか?)な空想に浸っている雪桜の夢は壊さないでおいた。
完
男性が慌てて答える。
「仕事先って……不動産会社か?」
「そうだ。ここは孤独死があって現場がひどい状態だった上に出るって噂があって借り手が付かないから……」
「勝手に利用してたのか」
高樹の言葉に男性が後ろめたそうに頷いた。
「……あっ!? 失踪した社員か……!?」
俺が声を上げる。
「失踪って……黙って会社辞めただけ……」
「もしかしてそれ最近か?」
「去年だ」
「その人も元社員なのか?」
高樹が女性に視線を向ける。
「いや、会社とは関係ない」
「内見の案内した人じゃないのか?」
「え?……ああ、そうか。会社を辞める前に内見だって言って鍵を持ち出したんだった」
「じゃあ、内見に来て失踪したんじゃないって事だな」
鍵を持ち出してすぐに出社しなくなったから失踪したと思われたようだ。
人騒がせな……。
「その前の失踪事件は?」
「え?」
「あんたの前にもこの部屋の誰かが行方不明になったって噂が……」
「家賃滞納で夜逃げした人の事か?」
男性の言葉に俺と高樹は顔を見合わせた。
夜逃げなら死んでないからお化けが言ったこと(「行方不明者はいない」)は事実だ。
それにお化けは『夜逃げ』とも言っていた。
つまり神隠しはなかったのだ――孤独死はあったが。
「まぁいい。通報はしないから出て行ってくれ」
高樹がそう言って手を出した。
「部屋の使用料請求する気か!?」
「鍵を渡せって意味だ。うちに勝手に入られたら困るからな」
高樹の言葉に男性は仕方なさそうに鍵を渡した。
「孝司、望……こんなとこで何してんの?」
俺達に声を掛けた祖母ちゃんが部屋を出ようとしていた男女に言った。
祖母ちゃんの言葉に俺と高樹だけではなく、男女も怪訝そうな表情を浮かべた。
「あんた、お墨でしょ。主が探してたわよ」
「主って……え!? じゃあ、化しょ……」
言い掛けた俺の脇腹を高樹が突いた。
そうか、男性が普通の人間で彼女が化生だという事を知らないのなら口を滑らすのはマズいな……。
「あ、あたしは墨なんて名前じゃ……」
墨……。
現代人は普通、名前の上に〝お〟を付けたりしないから『おすみ』と呼ばれたら『小隅』とか『大角』だと考えるだろう。
化生というのは、知り合いの化生の血が流れている者は親や祖父母が分かるものらしい。
主が高樹を見て朔夜の息子だと気付いたように。
「そ、人違いだったようね」
祖母ちゃんはあっさり引き下がった。
だが祖母ちゃんが間違えるとは思えないから家出している主の娘なのだろう。
「孝司、望、もうトラック来てるわよ。早くしなさい」
祖母ちゃんの言葉に俺達が戸口から退くと女性が男性を急かして部屋から出てきた。
「なぁ、あんたが元社員ならこのマンションに危険人物が住んでないか知ってるよな?」
俺は男性に訊ねた。
まだ社員なら借り手が付かないと困るから教えてくれないだろうが、もう辞めたのなら内緒にしたりする必要がないはずだ。
場合によっては守秘義務があると言っても無断で辞めるような人間はそんなもの守らないだろう。
「聞いてないな」
男性はそう答えるとエレベーターに向かった。
引越が終わった数日後、高樹の母さんが手伝いのお礼と引越祝いを兼ねて俺達を家に招待してくれた。
「この時期はクリスマスケーキしか売ってなくて。ごめんなさいね」
高樹の母さんがケーキを出しながら謝った。
「お構いなく」
「クリスマスケーキ大好きです」
「ご馳走になります」
俺達はそう答えると、
「じゃあ、ごゆっくり」
高樹の母さんはそう言って台所に戻っていった。
「で、この前の女の人は主の娘だったんだろ。主には教えたのか?」
「教えたわよ」
「それで? あの女性は川に戻ったのか?」
「てか、喧嘩で飛び出したんだろ。なんで男と一緒だったんだ?」
「あの男との仲を反対されたそうよ」
祖母ちゃんが答えた。
「人間との恋は禁止なのか?」
「あれは人間じゃなくてゴイサギ」
「え……!? あの男性のことだよな?」
「そうよ、お墨は魚だし」
「魚ってゴイサギの餌なんじゃ……」
捕食者と被食者の禁断の恋なのか……?
人間とバンパイアの恋的な……。
「それは小さい魚。主は人間くらいの大きさだから鳥には食べられないわよ」
「え……!? 東京の川にそんなデカい魚がいるのか!?」
「鐘ヶ淵に住んでる主っていうのは昔から有名だけど」
そう言われても鐘ヶ淵というのはこの辺りではないから――というか、この近辺だとしても化生の話は聞いたことがないから知らない。
祖母ちゃんは家を出ていく前は化生の話をしたことがなかった。
「反対の理由が天敵だからじゃないならなんだ?」
「主の一族はあのゴイサギの一族と犬猿の仲だったから」
おそらく仲が悪い理由は人間には理解しがたくて聞くだけ無駄だろう。
「昔、あのゴイサギの仲間が主の仲間を騙したせいで漁師に捕まったのよ」
突然日本昔話の世界に……。
「それで、主の娘さんとゴイサギさんはどうなったんですか!?」
雪桜が食い付き気味に訊ねた。
女の子って恋愛話好きだな……。
「主と話し合いはしたみたいだけど結局折り合いが付かなかったみたいで鐘ヶ淵には戻らなかったみたいよ。お墨も大人なんだし」
「じゃあ、大都会で恋人と二人きりなんですね!?」
「まぁ……そうね」
祖母ちゃんが苦笑しながら答える。
化生だとしたら普通の人間より長く生きているだろうし、その間ずっと東京に住んでいたなら知り合いは大勢いるはずだ。
その知り合い全員と縁を切ったわけではないなら親とは顔を合わせないと言うだけで別に頼れる者がいないと言う事はないだろう。
だから祖母ちゃんも歯切れが悪いようだ。
「今頃、クリスマスを恋人と二人だけで……」
雪桜が夢見るように言った。
今頃は不動産屋巡りの最中だと思うが……。
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