水上の都

風城しき

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水上の都 序章

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優しく頬を撫でる淡い朝日の色。辺りはふわりとした温かさに包まれている。こぢんまりとした四角い部屋には1人分の机が中央に置かれている。隅には丸く巻かれた紙の束、筆が並べられている。3人がゆったり布団を敷いて寝られるぐらいの広さだ。
そこにいるのは、真朱色の短い髪の娘と透き通るような翡翠色の髪の青年。
反対の入り口付近の火を使う場所に、手のひら大の鍋がごぽごぽと水を躍らせる。
青年はその鍋の柄を掴んで茶色の茶葉が入る湯呑みへと湯を注いだ。
「はい、如月」
「ありがとう」
如月が受け取った湯呑みには褐色の茶が透き通って、光がゆらゆらしながら天井を映している。
 彼女の向かいにいる青年は湯呑みを両手で持って、それをまじまじと見ながら口を付けた。
「今日はどこに行くの?」
 青年が聞く。
「今日は金華」
「街の中心の?地図で見た」
「そう」
 如月は言って笑んだ。
 彼の名前は翡翠。如月の兄でもなく、恋人でもない。翡翠がこの家に来たのは二週間前である。
 
如月が山を散策していた時だった。
 河が見え、その流れや岩、生い茂る草や苔に如月は目を奪われていた。その中に、見なれぬ緑色が太陽の光を受けて輝いていた。よく見るとそれは人の髪の毛であった。
 それに気付くなり、如月は着物を着ていることも気にせず、裾がめくれることもお構いなしに足を速めた。ごつごつした石を飛び越えてうつ伏せに倒れる人物の元へと駆け寄る。
 一瞬、如月はその場に留まった。今まで絵や想像の中でしか見たことのないような、透き通った白い肌が若草色の濡れた髪から見えたからだ。この辺りでまず緑の髪をした者など見かけることはない。髪の毛は水を吸って、白い頬にまとわりついている。
 如月は呼びかけても目を覚まさない彼を、何とか背負って家まで運んだ。
 次の日、彼が目を覚ました時―――正確には目を閉じている時も―――いつも視えるはずの色がなかったことで如月はさらに驚いた。
ぼうっとする彼の話を聞くと、記憶をなくしていたのだった。
初めは食事をするのさえままならないぐらいだった。まるで食べ方も食べることも知らない生き物のように。そして、何日かして難なく生活出来るようになった。それでも名前も覚えておらず、生まれた場所も分からなないので、如月は彼の髪にちなんで翡翠と呼ぶことにした。
さらに数日経てば何か進展があるだろうと彼を家に置くことにしたのだった。色が視えないのは記憶が無いからと考えるようにした。

「本当に覚えるのが早いね」
手際よく茶を入れる姿を見て声を掛ける。
「忘れている方が多いからでしょ?」
 何も覚えていなかったぐらいだ。それを自身でも理解してか、翡翠はわずかに口元を緩めて笑った。それに対して如月も笑う。
「ねぇ、僕も行って良い?邪魔はしないから」
「もちろん。午の刻には出るから支度しておいて、翡翠」
「分かった」
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