1 / 4
水上の都 序章
しおりを挟む
優しく頬を撫でる淡い朝日の色。辺りはふわりとした温かさに包まれている。こぢんまりとした四角い部屋には1人分の机が中央に置かれている。隅には丸く巻かれた紙の束、筆が並べられている。3人がゆったり布団を敷いて寝られるぐらいの広さだ。
そこにいるのは、真朱色の短い髪の娘と透き通るような翡翠色の髪の青年。
反対の入り口付近の火を使う場所に、手のひら大の鍋がごぽごぽと水を躍らせる。
青年はその鍋の柄を掴んで茶色の茶葉が入る湯呑みへと湯を注いだ。
「はい、如月」
「ありがとう」
如月が受け取った湯呑みには褐色の茶が透き通って、光がゆらゆらしながら天井を映している。
彼女の向かいにいる青年は湯呑みを両手で持って、それをまじまじと見ながら口を付けた。
「今日はどこに行くの?」
青年が聞く。
「今日は金華」
「街の中心の?地図で見た」
「そう」
如月は言って笑んだ。
彼の名前は翡翠。如月の兄でもなく、恋人でもない。翡翠がこの家に来たのは二週間前である。
如月が山を散策していた時だった。
河が見え、その流れや岩、生い茂る草や苔に如月は目を奪われていた。その中に、見なれぬ緑色が太陽の光を受けて輝いていた。よく見るとそれは人の髪の毛であった。
それに気付くなり、如月は着物を着ていることも気にせず、裾がめくれることもお構いなしに足を速めた。ごつごつした石を飛び越えてうつ伏せに倒れる人物の元へと駆け寄る。
一瞬、如月はその場に留まった。今まで絵や想像の中でしか見たことのないような、透き通った白い肌が若草色の濡れた髪から見えたからだ。この辺りでまず緑の髪をした者など見かけることはない。髪の毛は水を吸って、白い頬にまとわりついている。
如月は呼びかけても目を覚まさない彼を、何とか背負って家まで運んだ。
次の日、彼が目を覚ました時―――正確には目を閉じている時も―――いつも視えるはずの色が視えなかったことで如月はさらに驚いた。
ぼうっとする彼の話を聞くと、記憶をなくしていたのだった。
初めは食事をするのさえままならないぐらいだった。まるで食べ方も食べることも知らない生き物のように。そして、何日かして難なく生活出来るようになった。それでも名前も覚えておらず、生まれた場所も分からなないので、如月は彼の髪にちなんで翡翠と呼ぶことにした。
さらに数日経てば何か進展があるだろうと彼を家に置くことにしたのだった。色が視えないのは記憶が無いからと考えるようにした。
「本当に覚えるのが早いね」
手際よく茶を入れる姿を見て声を掛ける。
「忘れている方が多いからでしょ?」
何も覚えていなかったぐらいだ。それを自身でも理解してか、翡翠はわずかに口元を緩めて笑った。それに対して如月も笑う。
「ねぇ、僕も行って良い?邪魔はしないから」
「もちろん。午の刻には出るから支度しておいて、翡翠」
「分かった」
そこにいるのは、真朱色の短い髪の娘と透き通るような翡翠色の髪の青年。
反対の入り口付近の火を使う場所に、手のひら大の鍋がごぽごぽと水を躍らせる。
青年はその鍋の柄を掴んで茶色の茶葉が入る湯呑みへと湯を注いだ。
「はい、如月」
「ありがとう」
如月が受け取った湯呑みには褐色の茶が透き通って、光がゆらゆらしながら天井を映している。
彼女の向かいにいる青年は湯呑みを両手で持って、それをまじまじと見ながら口を付けた。
「今日はどこに行くの?」
青年が聞く。
「今日は金華」
「街の中心の?地図で見た」
「そう」
如月は言って笑んだ。
彼の名前は翡翠。如月の兄でもなく、恋人でもない。翡翠がこの家に来たのは二週間前である。
如月が山を散策していた時だった。
河が見え、その流れや岩、生い茂る草や苔に如月は目を奪われていた。その中に、見なれぬ緑色が太陽の光を受けて輝いていた。よく見るとそれは人の髪の毛であった。
それに気付くなり、如月は着物を着ていることも気にせず、裾がめくれることもお構いなしに足を速めた。ごつごつした石を飛び越えてうつ伏せに倒れる人物の元へと駆け寄る。
一瞬、如月はその場に留まった。今まで絵や想像の中でしか見たことのないような、透き通った白い肌が若草色の濡れた髪から見えたからだ。この辺りでまず緑の髪をした者など見かけることはない。髪の毛は水を吸って、白い頬にまとわりついている。
如月は呼びかけても目を覚まさない彼を、何とか背負って家まで運んだ。
次の日、彼が目を覚ました時―――正確には目を閉じている時も―――いつも視えるはずの色が視えなかったことで如月はさらに驚いた。
ぼうっとする彼の話を聞くと、記憶をなくしていたのだった。
初めは食事をするのさえままならないぐらいだった。まるで食べ方も食べることも知らない生き物のように。そして、何日かして難なく生活出来るようになった。それでも名前も覚えておらず、生まれた場所も分からなないので、如月は彼の髪にちなんで翡翠と呼ぶことにした。
さらに数日経てば何か進展があるだろうと彼を家に置くことにしたのだった。色が視えないのは記憶が無いからと考えるようにした。
「本当に覚えるのが早いね」
手際よく茶を入れる姿を見て声を掛ける。
「忘れている方が多いからでしょ?」
何も覚えていなかったぐらいだ。それを自身でも理解してか、翡翠はわずかに口元を緩めて笑った。それに対して如月も笑う。
「ねぇ、僕も行って良い?邪魔はしないから」
「もちろん。午の刻には出るから支度しておいて、翡翠」
「分かった」
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
元恋人が届けた、断りたい縁談
待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。
手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。
「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」
そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる