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第1章
水上の都 2
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水上宮の橋には検問所のようなものがあって、一人一人名前と住む場所を書かなくてはならなかった。如月は二人分書いてようやく大通りから空を見上げた。
水上宮区域内の全ての通りには両際に水路があり、流れる水は透き通っている。所々に小さな池があって、そこには小魚が踊っている。ときどき子どもがいたずらをしたのかと思うように、きらきらとした石が池の中に混じって輝きをみせる。
この街を歩く者達は、皆きちんとした服装をしている。神人が街に降りて来ることもあるし、ある程度の緊張が必要なのだ。
その中でも目立つのが特務と呼ばれる者達だ。いわゆる宮仕えである。と言っても宮にいるだけではない。帝の護衛もするし、街の巡回もしている。特務は通常金華を巡回している。
彼らの特徴は、眉毛が普通よりも三分の一に剃られているという点である。昔からそういう風習があるからで、服が違えども街にいればすぐにわかる。上下黒の服を着ていることが多いが、その決まりも緩くなり、一般的な服に身を包む者も見かけるようになった。
彼らが街の人々の緊張をいくらか高めている。
如月達も数人の特務とすれ違ったばかりだった。
「スリだー!!」
突然通りに声が響いた。如月と翡翠の真後ろからだった。
如月が振り返ると周りに人はおらず、ただ真っすぐ何者かが走ってきているのが分かる。
「待て―!」という声から逃げるように全速力で男が如月の方へ向かってくる。
「如月」
低い、何も動揺している様子のない翡翠の声。
返事がないので翡翠が如月を見ると、如月はすっと右足を後ろに下げて何やら構えたようにしている。
「捕まえる」
男は如月達に向かって真っすぐ向かってくる。
もうすぐ目の前。互いに目が合う。ざっざっ、足音と荒い息が混ざる。
その時、何かが男に向かって飛んできた。如月はそれに目を向ける。
「刀?」
男は右手を上げて如月を見る。その男の左太もも側には手のひら大の薄茶の柄がくっついている。
それに気を取られたわずかの間、バシッ、と何かが如月の肩に当たって落ちた。
如月は目を足元へ向ける。そこにあったのはよれた茶色の布袋。
それが何かと見ていると、目の前に砂埃が舞った。男が足をもつらせて前のめりに倒れたのだ。
同時に、砂埃に混じって何かがすっと通って小さな声が聞こえた。その方向に目をやると丁度何かが地面に落ちた所だった。
また同じ色の小刀見えた。刃の根元が短く残って光る。どこからか飛んできた小刀は、たまたま居合わせた小鳥に当たったようで、薄茶色の羽根はピクリともしない。
(何・・・)
どこから、と如月が口を開いて右を見た。翡翠はただ地面に落ちた小鳥に目を向けている。
目の前の倒れた男は、うつ伏せのままクソッなどと言いって腿に手を当てている。
三人の周りには既に人はいなくなっていた。男を追いかけていたはずの者も姿が見えない。街を歩いている者、出店の賑わいの声も止んでいた。
如月がそれにふと気がついた時だった。
「止まれ」
静かな声が人々を縛った。
静寂の中、ちらほらと人々が騒ぎ出す。
「み、水が!!」
「水が浮いている!!」
「まさか!」
「神人が、神人がいる!!!」
その言葉に誰もが息を飲んだ。如月も例外ではなかった。唯一例外だったのはその隣にいた翡翠だけで、小鳥から目を離して皆が注目する方へ静かに顔を向けていた。
辺りには透き通る水の玉がいくつもふわりと浮いている。まるで街に水玉模様が飛び出してきたかのように。
路の脇にある細い水路の水が空間に吸収されたように浮いている。まるで時が止まったように。
如月と翡翠の目の前には簡素な白い面と衣を付けている人物がいた。細い目、鼻、口の穴だけがある。髪の毛は白銀と灰色が混ざったような色で、ふさふさと重量があり腰まで伸びている。
如月は目を見開いてその姿を見た。彼本人、そして彼の周り、上下左右。目と口を開けたまま如月はその場に腰を付いた。
(すごい…)
言葉にはならなかった。如月の目の前に広がる光景。それは他の者達が見るそれとは完全に別物だから。
空気と穏やかに混じる水色。その透明な色に光の粒が蝶のように舞っている。
白い衣に包まれた人物から無色の氣が出ているとも吸い込まれているとも言える。その氣が水の玉を浮き上がらせているようだった。
如月はその光景をただ視ていた。
「大丈夫?」
翡翠は座り込んだ如月に声を掛ける。遅れて如月の耳にようやくその声が届いたとき。
「伊里珠、連れていけ。三人ともだ」
「はい」
白い衣の人物の後ろに付いていた者が歯切れよく返事をする。黒い髪、若い顔、手袋…。
え、と如月はようやく言葉を発した。すぐに後ろを振り返って倒れ込む男を見る。
まさか…。
如月の頭の中で今の状況を知らせるかのように、ピン、と何かが響いた。
すぐさま黒い服に緑の帯をした者二人が駆け寄って来た。
如月の予感は当たった。
まず翡翠と倒れる男に縄が掛けられる。その次に地面にぺったりと座り込んだ如月も腕を掴まれる。
翡翠は無表情のまま何も言わずにただ視線を動かした。目の前にいる二人の黒い服の者達、太股から血を流す男、腕を引っ張られて立つ如月、通りの脇の水路に沿って浮いている水玉。動かない薄茶色の小鳥。
水上宮区域内の全ての通りには両際に水路があり、流れる水は透き通っている。所々に小さな池があって、そこには小魚が踊っている。ときどき子どもがいたずらをしたのかと思うように、きらきらとした石が池の中に混じって輝きをみせる。
この街を歩く者達は、皆きちんとした服装をしている。神人が街に降りて来ることもあるし、ある程度の緊張が必要なのだ。
その中でも目立つのが特務と呼ばれる者達だ。いわゆる宮仕えである。と言っても宮にいるだけではない。帝の護衛もするし、街の巡回もしている。特務は通常金華を巡回している。
彼らの特徴は、眉毛が普通よりも三分の一に剃られているという点である。昔からそういう風習があるからで、服が違えども街にいればすぐにわかる。上下黒の服を着ていることが多いが、その決まりも緩くなり、一般的な服に身を包む者も見かけるようになった。
彼らが街の人々の緊張をいくらか高めている。
如月達も数人の特務とすれ違ったばかりだった。
「スリだー!!」
突然通りに声が響いた。如月と翡翠の真後ろからだった。
如月が振り返ると周りに人はおらず、ただ真っすぐ何者かが走ってきているのが分かる。
「待て―!」という声から逃げるように全速力で男が如月の方へ向かってくる。
「如月」
低い、何も動揺している様子のない翡翠の声。
返事がないので翡翠が如月を見ると、如月はすっと右足を後ろに下げて何やら構えたようにしている。
「捕まえる」
男は如月達に向かって真っすぐ向かってくる。
もうすぐ目の前。互いに目が合う。ざっざっ、足音と荒い息が混ざる。
その時、何かが男に向かって飛んできた。如月はそれに目を向ける。
「刀?」
男は右手を上げて如月を見る。その男の左太もも側には手のひら大の薄茶の柄がくっついている。
それに気を取られたわずかの間、バシッ、と何かが如月の肩に当たって落ちた。
如月は目を足元へ向ける。そこにあったのはよれた茶色の布袋。
それが何かと見ていると、目の前に砂埃が舞った。男が足をもつらせて前のめりに倒れたのだ。
同時に、砂埃に混じって何かがすっと通って小さな声が聞こえた。その方向に目をやると丁度何かが地面に落ちた所だった。
また同じ色の小刀見えた。刃の根元が短く残って光る。どこからか飛んできた小刀は、たまたま居合わせた小鳥に当たったようで、薄茶色の羽根はピクリともしない。
(何・・・)
どこから、と如月が口を開いて右を見た。翡翠はただ地面に落ちた小鳥に目を向けている。
目の前の倒れた男は、うつ伏せのままクソッなどと言いって腿に手を当てている。
三人の周りには既に人はいなくなっていた。男を追いかけていたはずの者も姿が見えない。街を歩いている者、出店の賑わいの声も止んでいた。
如月がそれにふと気がついた時だった。
「止まれ」
静かな声が人々を縛った。
静寂の中、ちらほらと人々が騒ぎ出す。
「み、水が!!」
「水が浮いている!!」
「まさか!」
「神人が、神人がいる!!!」
その言葉に誰もが息を飲んだ。如月も例外ではなかった。唯一例外だったのはその隣にいた翡翠だけで、小鳥から目を離して皆が注目する方へ静かに顔を向けていた。
辺りには透き通る水の玉がいくつもふわりと浮いている。まるで街に水玉模様が飛び出してきたかのように。
路の脇にある細い水路の水が空間に吸収されたように浮いている。まるで時が止まったように。
如月と翡翠の目の前には簡素な白い面と衣を付けている人物がいた。細い目、鼻、口の穴だけがある。髪の毛は白銀と灰色が混ざったような色で、ふさふさと重量があり腰まで伸びている。
如月は目を見開いてその姿を見た。彼本人、そして彼の周り、上下左右。目と口を開けたまま如月はその場に腰を付いた。
(すごい…)
言葉にはならなかった。如月の目の前に広がる光景。それは他の者達が見るそれとは完全に別物だから。
空気と穏やかに混じる水色。その透明な色に光の粒が蝶のように舞っている。
白い衣に包まれた人物から無色の氣が出ているとも吸い込まれているとも言える。その氣が水の玉を浮き上がらせているようだった。
如月はその光景をただ視ていた。
「大丈夫?」
翡翠は座り込んだ如月に声を掛ける。遅れて如月の耳にようやくその声が届いたとき。
「伊里珠、連れていけ。三人ともだ」
「はい」
白い衣の人物の後ろに付いていた者が歯切れよく返事をする。黒い髪、若い顔、手袋…。
え、と如月はようやく言葉を発した。すぐに後ろを振り返って倒れ込む男を見る。
まさか…。
如月の頭の中で今の状況を知らせるかのように、ピン、と何かが響いた。
すぐさま黒い服に緑の帯をした者二人が駆け寄って来た。
如月の予感は当たった。
まず翡翠と倒れる男に縄が掛けられる。その次に地面にぺったりと座り込んだ如月も腕を掴まれる。
翡翠は無表情のまま何も言わずにただ視線を動かした。目の前にいる二人の黒い服の者達、太股から血を流す男、腕を引っ張られて立つ如月、通りの脇の水路に沿って浮いている水玉。動かない薄茶色の小鳥。
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