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蛇足
加減というものを知らない
しおりを挟む「メシ」
ノリエラを出港してから丸一日と半日。
つまり二日目の夕方になってようやく部屋を出てきたヨシュアは一言、長いこと暇を持て余していたイオリへ言いつけた。
「アイ・サー」
使いっ走りに「ノー」はない。厨房を急かし、さっさと二人分の食事を用意して主人の部屋へと放り込んだ。
その場で追加の指示は与えられなかったので、報告がてらノーアの部屋を目指す。
船はとうに次の寄港地であるダリルメーラへと入っているが、クレイズ商会の代表取締役が夜に本部を開けることはそうない。じき日が暮れる時間帯ともなれば、来客の可能性とて。
というか、船への来客は当然のよう全て把握しているイオリなので、ノックもそこそこ、昼間は戦場のようなノーアの仕事部屋へと踏み込んだ。
「ヨルさん出てきたよー」
扉を開けてからの第一声がそれ。
ノーアも慣れたもので、手元の仕事から顔を上げることなく「そうですか」とだけ応じた。
「あり。そんな反応?」
イオリはそれが不思議でならない。
「どうなったか興味ない?」
「船が無事ならそれで充分です。…お相手の方には、多少同情しますが」
「あは。確かに」
商会大事なノーアの言いそうなことだ。
それはそれと納得して、イオリはノーアの仕事机の上へと身を乗り出す。
聞いて聞いて!
「でもさでもさ、びっくりじゃない? さっき食事届けに部屋入ったんだけどさ、血の臭いとか全然しないの! それってつまりさー、あのヨルが五体満足に済ませたってことだよ。あのヨルが!」
「『そーとー入れ込んでる』人なんでしょう?」
「…だから腕の一本ももがれなくて当然って?」
「むしろそんなスプラッタなことになると確信してたんですかあなた…」
「ノーアだって頭痛めてたじゃん」
「一日経っても悲鳴一つ聞こえてこないのですっかり安心してました」
「えぇー?」
「だいたい、ヨルはあれでフェミニストなんですよ。…一応」
「ノーアのことも普通に殴るじゃん」
「私はいいんです。好きで殴られてるんですから」
「えぇー…」
こいつMかよ。
知ってたけど。
「…あ、ヨルに呼ばれそうな気配!」
「どういうことですかそれ」
主人がお呼びとあらば、他に構ってなどいられない。
イオリは弾かれるようノーアの仕事部屋を飛び出した。
「呼ばれてイオリ!」
「うるせぇ騒ぐな、起きる」
(きゃん!)
まだ呼んでいない。
呼ぼうと思った矢先。
開けた扉へ飛びつくよう現れたイオリを容赦なく蹴りつけ、踏みつけて、抱えたシシィを抱き直す。
ヨシュアは足下の犬など一顧だにせず、主人らしくただ命じた。
「戻るまでに片付けとけ」
(アイ・サー!)
イオリはあくまで従順に、踏まれたままの体勢でびしっと敬礼を決める。
それを見るか見ないかのタイミングで、ヨシュアはシシィを抱いたまま浴室へと去った。
戻る頃には当然、用の済んだテーブルは片付けられ、散々乱れた寝台も綺麗に整えられている。
「ぅ、ん…」
いい加減ぐったりとしたシシィを寝かせてやり、煙草を一服。
「…ねむて」
欠伸も一つ。
さすがに文句は言われないだろうと、裸の女を抱き枕にして目を閉じた。
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