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RE003

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「天谷くんが相手にならないなんて、随分上等な人外ひとでなしだね」
「そんなの見れば分かるでしょ」
 見晴らしのいい屋根の上から、ようよう庭先へと下りてきた父神。
 襲を睨め付ける伊月の視線には、急場を凌いだこともあり、こんな時でさえ飄々とした態度を崩さない男の図太さに対する呆れがありありと滲んでいた。
「わからないよ」
 その一方で、苦笑を孕んだ襲の否定、その声音に思うところがあって。
 本当にそうだろうかと。確認のつもりで、伊月は傍らのキリエを振り返る。
「…………」
 はたから相手の実力を推し量ろうとするとき、一つの目安となる余剰魔力。
 魔術を嗜むものが鎧代わり、あるいは魔力プールとして体の周囲を循環させている拘束魔力オドの量、質ともに、キリエのそれは伊月が知る何者よりも優れている――

 はずだった。

「うん……?」
 揺るぎようのない事実に基づいた先入観おもいこみ
 そういうものを取り払い、改めてキリエのことをよくよく観察してみてみれば。確かに、伊月を抱え上げて放そうとしない美貌の青年は、襲が言うよう「上等な人外」と一目で分かる程度の余剰魔力しか纏っていなかった。
 キリエのことを「見た目通りの人外」だと判断したのであれば、襲が悠々構えていたのも納得の擬態具合。
「……眷属か何か?」
「そういうわけじゃないけど…………いきなりだったから……」
 そも。余剰魔力の偽装など、そう簡単にできることではないのだから。この件で襲や天谷の見込み違いを責めるのは酷な話だということを、伊月は今更ながらに理解した。
 そして――
「これでもティル・ナ・ノーグのグレード1よ」
 そういうことなら仕方が無いと、キリエに盾突くことの馬鹿馬鹿しさを、襲に対して端的に告げる。
「うわぁ……」
 その実態を知れば、襲でさえ余裕ぶった表情を保ってはいられない。
 災厄級グレード1ともなれば、最低でも単独で国を滅ぼしてしまえるだけの魔力を有しているのだから、さもありなん。
 そんな規模の魔力をよくもまぁ、器用に隠してみせるものだと。黒姫奈として生きていた頃、それなりに魔術を嗜んでいた伊月は感心を通り越し、いっそ呆れ混じりにキリエを見遣る。
「どこかで死にかけてるわけじゃないのよね?」
「心配してくれるの?」
「…………」
 思わず黙り込んだ伊月に構わずすり寄るキリエの表情は、黒姫奈にとって見慣れた澄まし顔が嘘のように笑み崩れ、わかりやすく脂下がっていた。
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