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RE018

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(確かに。ティル・ナ・ノーグの総督と人造王樹が揃い踏みで伊月ちゃんにあるとか、ちょっと想像できないな)
 扶桑の言葉に内心深く納得しながらも。まっとうに娘を心配する親として、襲には一つだけ懸念があった。
「伊月ちゃん、前はどうして死んじゃったの?」
 ヴラディスラウス・ドラクレアと、その下僕しもべたる人造王樹デミドラシル
 そんなものに守られていたはずなのに、伊月は――襲の娘として生まれ変わる以前に――一度、死んでいる。同じことが、何かの拍子に繰り返されないとどうして言えよう。
 ヴラディスラウス・ドラクレアの不興を買うのは覚悟の上で、娘からの取りなしを期待しつつ、襲が問うと。その予想に反して、ヴラディスラウス・ドラクレアは襲に対して不愉快そうな視線一つくれることはなかった。
 その代わり。わかりやすく震えた体で腕の中の伊月をいっそう抱え込み……何かに怯えるよう、幼子の体へ縋ってみせる。
 隙間なく抱え込まれた伊月は迷惑そうな顔をしながらも、その手は宥め賺すようヴラディスラウス・ドラクレアの頭を軽く叩いた。

「諸事情あって、自殺した」

「あー……」
 なるほどそれは、さしものヴラディスラウス・ドラクレアとて阻めまい。
 伊月がやると言ったらやるおんなであることを襲は理解していたし、出会ってからの短い間に、ヴラディスラウス・ドラクレアが肝心なところで伊月に逆らえそうにないことを薄々察してもいた。
「なら、天使が相手でも心配ないね」
 故に。伊月にその気がなければ、うっかり死んでしまうようなことはありえないのだろうと信用できる。
「私が危なくなれば、いくら駄目だって言っても誰かさんの神性特攻兵器ロンギヌスが降ってくるわよ」
 伊月は笑ってそう言う。
 自分の意に沿わないことをされるかもしれない……そんな、伊月にとって不愉快な可能性を笑い話にできるということは、伊月が根本的にはヴラディスラウス・ドラクレアから守られることを許容している、ということだ。
伊月ちゃんが)
 なんとも傲慢な話だが。相手がたとえどこの何者であろうとそれを許すということが、伊月にとってどれほど破格の対応か、襲はうんざりするほど理解していた。
 そして、同時に深く納得してもいる。
 吸血鬼にとって絶対に許容することのできない〔花嫁〕の死。それを、ヴラディスラウス・ドラクレアは「前」の伊月に許した。たとえ「次」への確証があったとしても、そんなことができてしまう吸血鬼は
 だからこそ、伊月はその存在を許容することができるのだろう。伊月にとって本当に譲れないことがあれば、ヴラディスラウス・ドラクレアがそれを守ると、この上ない形で示して見せられたから。
 同じ理由で、襲も手塩にかけて育てたかわいい娘が無体を強いられることはないのだと、悠長に構えていられる。
 もっとも、黙ってそれを許す伊月ではないことも、重々承知しているのだが。

「なら、僕からは一つだけ。ついでというか、お願いしたいことがあるんだけど――」
 そうとわかってしまえば、少しの欲も出ようというもの。
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