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RE033
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「これ、受けても〔扶桑〕の権限は今まで通り?」
「王を得ることで〔倭〕の位階は扶桑樹と並びますが、お嬢さまが王として指示をお与えにならない限り、これまでと何一つ変わることはございません」
キリエへ遠慮無く寄りかかったまま、小首を傾げた伊月の頭が――こつり――キリエの頭に触れる。
意識的にか、無意識か。その手は伊月自身の体を抱くキリエの腕に乗り、魔布越しの肌を思案がちにこつこつと叩いた。
「私の記憶違いでなければ、〔倭〕は『王に依らない統治』を為すために作られた人造王樹じゃなかった? それが私を王に、っていうのはどうなの」
「人造王樹はその設計段階で自らが仕えるべき王を設定されます。王なくして人造王樹は存在し得ず、それは〔倭〕とて例外ではありません」
「〔倭〕って、私よりだいぶ年上でしょ?」
つい先程とは逆向きに、今度はキリエから遠ざかるようことりと傾いだ伊月の頭。
一度は離れてしまった感触を追いかけ、キリエは飽きもせず頬をすり寄せる。
「人造王樹に対する刷り込みは『ヴラディスラウス・ドラクレアの〔花嫁〕』というように、設計段階で存在しない特定の個人を指定することも可能です」
「それって、〔倭〕の実験が終わる前にキリエが〔花嫁〕を決めたらどうなってたの」
「双樹の王、ハルカさまは主上が一万年以内に〔花嫁〕を得られない可能性へ〔倭〕をベットされました」
「いま皇紀二六七七年だから……その賭けはキリエの勝ちね」
キリエの腕の中で徐々に傾いていった上体。崩れた姿勢を一旦、伊月は可能な限りできちんと正した。
「そういうことなら、まぁ……」
仕方が無い、と声に出さず呟いた幼子の視線が、扶桑よりも手前に額ずいたままの倭式へと落ちる。
「幾久しく、お受けします」
「八坂の話どこではなくなってしもうたの」
護家八坂の縁者。双子の身内と言えば身内だが、元土地神程度の「格」で人造王樹と王権保有者の話に口を挟めるはずもなく。
元土地神だからこそ理解できてしまう話のスケールに、すっかり腰の引けてしまった白が、そう零すと。
「――いや、しますけどね」
間髪入れず、他ならぬ伊月がそれに異を唱えた。
ティル・ナ・ノーグの総督を座椅子代わりに、幾許の緊張もなく足を投げ出した幼子が軽く目配せすれば。二柱分、二体の自動人形は心得たよう白を残して脇へと避ける。
「この状況でか……?」
あらかじめ、扶桑式から「いないものとして扱って構わない」と言い渡されているとはいえ。白にとっては、ティル・ナ・ノーグの総督の存在だけで充分すぎるほどの緊張材料だというに。そこへ皇国の〔倭〕が加わった挙句、護家八坂の次期当主候補筆頭であるヴラディスラウス・ドラクレアの〔花嫁〕が〔倭〕の王となる歴史的な瞬間へ意図せず立ち会ってしまったという、まったくもってわけのわからない状況が白の正気をごりごりと削っていた。
「〔倭〕に実権らしい実権は今のところないですし。そうなると結局〔扶桑〕の下位互換なので、私が貰ったところで誤差の範囲でしょう」
「大雑把な勘定じゃの……」
人造王樹の一柱が「誤差」のはずがないだろうと、思いはしても。今、白の前に座っているのは徒人ながら、その気になれば自らに仕える人造王樹の統治圏内において、世界の法則さえ思うがままに書き換えることを許された「王」で。
伊月がそうだと言えば、たとえそうでなかったとしてもそうなるのだと。人造王樹の権能の一端を預けられた国津神として、皇国の一画を治めていたことのある白はよくよく理解している。
(八坂の何くれにはどう考えても過剰戦力じゃろ、この面子)
なんにせよ。山積する問題の大半が、伊月の思惑如何でどうとでも解決してしまうだろうことに、最早疑いの余地はなく。
天使と――その正体を当時は知る由もなかったが――心中覚悟で冷たい水底へ沈んだ十年前とはまた趣の違った先行きの不安感に、白はひっそり嘆息した。
「王を得ることで〔倭〕の位階は扶桑樹と並びますが、お嬢さまが王として指示をお与えにならない限り、これまでと何一つ変わることはございません」
キリエへ遠慮無く寄りかかったまま、小首を傾げた伊月の頭が――こつり――キリエの頭に触れる。
意識的にか、無意識か。その手は伊月自身の体を抱くキリエの腕に乗り、魔布越しの肌を思案がちにこつこつと叩いた。
「私の記憶違いでなければ、〔倭〕は『王に依らない統治』を為すために作られた人造王樹じゃなかった? それが私を王に、っていうのはどうなの」
「人造王樹はその設計段階で自らが仕えるべき王を設定されます。王なくして人造王樹は存在し得ず、それは〔倭〕とて例外ではありません」
「〔倭〕って、私よりだいぶ年上でしょ?」
つい先程とは逆向きに、今度はキリエから遠ざかるようことりと傾いだ伊月の頭。
一度は離れてしまった感触を追いかけ、キリエは飽きもせず頬をすり寄せる。
「人造王樹に対する刷り込みは『ヴラディスラウス・ドラクレアの〔花嫁〕』というように、設計段階で存在しない特定の個人を指定することも可能です」
「それって、〔倭〕の実験が終わる前にキリエが〔花嫁〕を決めたらどうなってたの」
「双樹の王、ハルカさまは主上が一万年以内に〔花嫁〕を得られない可能性へ〔倭〕をベットされました」
「いま皇紀二六七七年だから……その賭けはキリエの勝ちね」
キリエの腕の中で徐々に傾いていった上体。崩れた姿勢を一旦、伊月は可能な限りできちんと正した。
「そういうことなら、まぁ……」
仕方が無い、と声に出さず呟いた幼子の視線が、扶桑よりも手前に額ずいたままの倭式へと落ちる。
「幾久しく、お受けします」
「八坂の話どこではなくなってしもうたの」
護家八坂の縁者。双子の身内と言えば身内だが、元土地神程度の「格」で人造王樹と王権保有者の話に口を挟めるはずもなく。
元土地神だからこそ理解できてしまう話のスケールに、すっかり腰の引けてしまった白が、そう零すと。
「――いや、しますけどね」
間髪入れず、他ならぬ伊月がそれに異を唱えた。
ティル・ナ・ノーグの総督を座椅子代わりに、幾許の緊張もなく足を投げ出した幼子が軽く目配せすれば。二柱分、二体の自動人形は心得たよう白を残して脇へと避ける。
「この状況でか……?」
あらかじめ、扶桑式から「いないものとして扱って構わない」と言い渡されているとはいえ。白にとっては、ティル・ナ・ノーグの総督の存在だけで充分すぎるほどの緊張材料だというに。そこへ皇国の〔倭〕が加わった挙句、護家八坂の次期当主候補筆頭であるヴラディスラウス・ドラクレアの〔花嫁〕が〔倭〕の王となる歴史的な瞬間へ意図せず立ち会ってしまったという、まったくもってわけのわからない状況が白の正気をごりごりと削っていた。
「〔倭〕に実権らしい実権は今のところないですし。そうなると結局〔扶桑〕の下位互換なので、私が貰ったところで誤差の範囲でしょう」
「大雑把な勘定じゃの……」
人造王樹の一柱が「誤差」のはずがないだろうと、思いはしても。今、白の前に座っているのは徒人ながら、その気になれば自らに仕える人造王樹の統治圏内において、世界の法則さえ思うがままに書き換えることを許された「王」で。
伊月がそうだと言えば、たとえそうでなかったとしてもそうなるのだと。人造王樹の権能の一端を預けられた国津神として、皇国の一画を治めていたことのある白はよくよく理解している。
(八坂の何くれにはどう考えても過剰戦力じゃろ、この面子)
なんにせよ。山積する問題の大半が、伊月の思惑如何でどうとでも解決してしまうだろうことに、最早疑いの余地はなく。
天使と――その正体を当時は知る由もなかったが――心中覚悟で冷たい水底へ沈んだ十年前とはまた趣の違った先行きの不安感に、白はひっそり嘆息した。
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