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RE040 嶺
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九十分の筆記試験に、前後十五分ずつのインターバル。しめて二時間の試験が追捕、討滅、使役と三種分。
〔扶桑〕に作らせたカンペを読み込んだくらいで、大した準備もなく挑んだ筆記試験をどうにかパスして。無事、ライセンスの再交付(一部新規)を受けた黒姫奈が神門の沖の浜支部を出る頃には、東の空がうっすら白んでいた。
「そろそろ起きないと」
田舎暮らしの朝は早い。
神門の事務所が入った建物を出て、程なく。
「キリエ」
道端で不意に足を止め、振り返った黒姫奈が両手を広げる。
その意図について冷静に思考を巡らせる暇もなく。なにはともあれ、広げられた腕のあわいへふらっともぐり込んでから。そうすることが当然と回した腕へかかる重みに、キリエは黒姫奈の望むところを理解した。
八坂伊月として目覚めるため、疑似人格に任せることのできない黒姫奈の筐体をキリエへ預けてしまおうと。キリエが回した腕の中で、黒姫奈の肢体が緩やかに脱力して――
「ちょっといいかしら」
すっかり弛緩しきってしまう、すんでの所で踏み留まる。
「――はい?」
キリエと正面から抱き合ったまま。キリエの背後に向かって応えた黒姫奈の声は、わかりやすく余所行きのそれ。
「なんでしょう」
「その体、あなたのものじゃないでしょう。いったいどこで手に入れたの」
遅れ馳せキリエの背中へと回された腕は、黒姫奈の目論みどおり、狭量な吸血鬼を抑えることに成功した。
「(黒姫奈の知り合い。殺しちゃ駄目)」
念話越し、誤魔化しようのない魔力は荒事の予感を孕んでいる。
「(お前が言うなら)」
〔扶桑〕の権能が十全に及ぶ圏内であれば、扱える魔力に限りがあろうとまぁ、なんとかなるだろうと。キリエは〔花嫁〕の他愛ない我侭を聞き入れることにした。
どのみち、ここにいる黒姫奈が壊れたところで伊月に影響はない。
もちろん、そんなことを許すつもりもなかったが。
「いきなり不躾すぎやしませんか」
「答えた方が身のためよ。……いえ、やっぱりいいわ。あなたがあの子でないことははっきりしているもの。どのみち許すつもりなんてない。あの子だって、こんなの我慢ならないはず」
攻撃的な魔力の励起。明確な敵対行動に、キリエを掴まえていた黒姫奈の手が緩む。
「(なんで別人認定されたんだと思う?)」
「(さぁ……?)」
キリエがようよう振り返った先に立っていたのは、金髪緋眼の人外。
なめらかに練り上がる魔力は、キリエ本体のそれに遠く及ばず、分体のそれとは遜色ない規模だった。
推定、グレード2。
耳障りな警報が早朝の街、その限られた一画へ響き渡り、交戦が予想される区画の緊急封鎖がはじまる。
それ自体は、街を管理する人造王樹による通常の対応。
「あなたには身分偽称の容疑がかかってる。容疑というか、ほとんど確定だけど。何か申し開きはあるかしら」
「なんのことだかわかりません」
「そう」
まともに取り合うつもりもなさそうな女が突っ込んで来るのに合わせ、キリエは悠長に構えた黒姫奈を抱き上げる。
「(キリエと一緒にいたらこんなのばっかり)」
メビウスクラインを介して伝わる黒姫奈の魔力は、存外、楽しげに弾んでいた。
〔扶桑〕に作らせたカンペを読み込んだくらいで、大した準備もなく挑んだ筆記試験をどうにかパスして。無事、ライセンスの再交付(一部新規)を受けた黒姫奈が神門の沖の浜支部を出る頃には、東の空がうっすら白んでいた。
「そろそろ起きないと」
田舎暮らしの朝は早い。
神門の事務所が入った建物を出て、程なく。
「キリエ」
道端で不意に足を止め、振り返った黒姫奈が両手を広げる。
その意図について冷静に思考を巡らせる暇もなく。なにはともあれ、広げられた腕のあわいへふらっともぐり込んでから。そうすることが当然と回した腕へかかる重みに、キリエは黒姫奈の望むところを理解した。
八坂伊月として目覚めるため、疑似人格に任せることのできない黒姫奈の筐体をキリエへ預けてしまおうと。キリエが回した腕の中で、黒姫奈の肢体が緩やかに脱力して――
「ちょっといいかしら」
すっかり弛緩しきってしまう、すんでの所で踏み留まる。
「――はい?」
キリエと正面から抱き合ったまま。キリエの背後に向かって応えた黒姫奈の声は、わかりやすく余所行きのそれ。
「なんでしょう」
「その体、あなたのものじゃないでしょう。いったいどこで手に入れたの」
遅れ馳せキリエの背中へと回された腕は、黒姫奈の目論みどおり、狭量な吸血鬼を抑えることに成功した。
「(黒姫奈の知り合い。殺しちゃ駄目)」
念話越し、誤魔化しようのない魔力は荒事の予感を孕んでいる。
「(お前が言うなら)」
〔扶桑〕の権能が十全に及ぶ圏内であれば、扱える魔力に限りがあろうとまぁ、なんとかなるだろうと。キリエは〔花嫁〕の他愛ない我侭を聞き入れることにした。
どのみち、ここにいる黒姫奈が壊れたところで伊月に影響はない。
もちろん、そんなことを許すつもりもなかったが。
「いきなり不躾すぎやしませんか」
「答えた方が身のためよ。……いえ、やっぱりいいわ。あなたがあの子でないことははっきりしているもの。どのみち許すつもりなんてない。あの子だって、こんなの我慢ならないはず」
攻撃的な魔力の励起。明確な敵対行動に、キリエを掴まえていた黒姫奈の手が緩む。
「(なんで別人認定されたんだと思う?)」
「(さぁ……?)」
キリエがようよう振り返った先に立っていたのは、金髪緋眼の人外。
なめらかに練り上がる魔力は、キリエ本体のそれに遠く及ばず、分体のそれとは遜色ない規模だった。
推定、グレード2。
耳障りな警報が早朝の街、その限られた一画へ響き渡り、交戦が予想される区画の緊急封鎖がはじまる。
それ自体は、街を管理する人造王樹による通常の対応。
「あなたには身分偽称の容疑がかかってる。容疑というか、ほとんど確定だけど。何か申し開きはあるかしら」
「なんのことだかわかりません」
「そう」
まともに取り合うつもりもなさそうな女が突っ込んで来るのに合わせ、キリエは悠長に構えた黒姫奈を抱き上げる。
「(キリエと一緒にいたらこんなのばっかり)」
メビウスクラインを介して伝わる黒姫奈の魔力は、存外、楽しげに弾んでいた。
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