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RE082 キリエ、こそこそとする
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「キリエ」
ベッドを抜け出していってそのまま。固有領域で怪我をするようなこともないだろうと裸のまま遊ばせていた足を、「影」から零れた魔力で包む。
伊月の催促に応じて外歩きのできる靴を編み上げてやりながら。ついでとばかり、キリエは横になって休みやすいようゆったりとしたものへ作り替えていた魔布を再定義する。
「行くわよ」
鏡夜の手を引き、書斎をあとにする伊月が黒姫奈の支配を取り戻そうとしないので。疑似人格の代わりに黒姫奈の保全を引き受けているつもりのキリエはそのまま、インスミールのある中庭へと向かう双子を追いかけた。
「インスミール、沖の浜レジデンスのポータルに送って」
伊月のリクエストを受け、中庭に立つ三人の足下に描き出される円環。
双子と黒姫奈をまとめてその範囲内に収めた魔導円が放つ魔力光に紛れ、周囲の景色が一変する。
[沖の浜セントラルタワー レジデンス
A.A.7525/8/27 18:46]
固有領域の中庭から、沖の浜のセントラルタワーに設置されたポータル内へ。
人造王樹主導の、パッケージ化された術式転移とはいえ。影の亜空間を介さない他人任せの移動は、キリエにとってあまり気持ちのいいものではなかった。
「これがティル・ナ・ノーグで一般的な『転移』。地脈経由の疑似転移とは違って範囲内丸ごと置換するタイプだから、外部からの干渉が容易な固有領域の外だとこういう物理筐体を使わないと魔導円内の安全確保が面倒臭い……っていうのは、なんとなくわかるわよね? 私と鏡夜は〔扶桑〕の重点観測対象だし、過保護なキリエもいるからそれほど神経質になる必要は無いけど。一応、ポータルから出る前に現在地だけは確かめるようにしておいて。開扉ボタン押して警告表示が出たら、ちゃんと文面に目を通してから次の行動を決めること」
「警告って?」
「私が見たことあるのだと、すぐそこに賞金首がいるけど開ける? とか、そういうの。私ならそのまま外に出てお小遣いにするし、キリエがいること前提なら何がいても問題ないといえばないんだけど……面倒臭かったら、扉開けないでそのまま他の場所に転移しちゃえばいいから」
足下で徐々に輝きを失っていく魔導円、天井近くの物理モニターに表示されたインフォメーションを順番に指差した伊月が、最後にポータルのロックを解放して。一足先に、数基のポータルが並ぶホールへ下り立つ。
「こんばんは」
そこへ何気なくかけられた男の声に、伊月の機嫌がひっそりと、それでいて大きく「不」の方へ傾くのを、魔術師同士が念話のために繋ぐ精神リンクの比ではなく深いメビウスクラインの繋がり経由で、キリエははっきりと感じた。
「(夫婦揃ってなんなの。もしかして狙ってやってない?)」
「(それなら扶桑が気付くと思うけど)」
ティル・ナ・ノーグにおいて最上級の待遇が約束された「グレード1」。唯一無二の魔法使いというだけでそれなりに保護されている個人情報が、伊月の場合は「ヴラディスラウス・ドラクレアの〔血の花嫁〕」という身分にかかる危機管理の一環で、ともすればキリエ自身のものより余程厳重に管理されている、はずだった。
人造王樹の圏内で、人造王樹による情報統制は完璧に機能する。その点に疑いの余地はない。
「(わかってるわよ、そんなこと)」
閉鎖式ポータルの難点は、転移に際する安全確保のため、一時的とはいえポータル内部が外部から完全に遮断されること。
ポータル自体が周辺の安全確認を行っているとはいえ、それはあくまで通り一遍のものでしかなく。功罪値に応じて懸賞金がかけられた赤札でもない限り、ホールに誰がいたとしても――その「誰か」が不用意に魔力を練り上げるなど、わかりやすく不審な行動をとらない限り――安全上の問題はないもの判断される。
要するに。伊月がこのタイミングで「個人的に顔を合わせたくない相手」とばったり出会してしまったのは、単純に間が悪かったというだけのこと。
「(キリエも黒姫奈も引っ込んでて!)」
ホールでのすれ違い様、伊月に単なる挨拶でしかない声をかけてきた相手。
都築の伴侶である自動人形、アスタロトの視界に黒姫奈の姿が入らないうち。キリエは伊月に言われるがまま、アスタロトの素体となった男の妹を素体として製作された自動人形のボディを、足下の影から亜空間へと引きずり込んだ。
(会いたくないなら、接触拒否のリストにでも入れておけば良いのに)
そんなふうに思ったところで、口に出すほど愚かではない。
ベッドを抜け出していってそのまま。固有領域で怪我をするようなこともないだろうと裸のまま遊ばせていた足を、「影」から零れた魔力で包む。
伊月の催促に応じて外歩きのできる靴を編み上げてやりながら。ついでとばかり、キリエは横になって休みやすいようゆったりとしたものへ作り替えていた魔布を再定義する。
「行くわよ」
鏡夜の手を引き、書斎をあとにする伊月が黒姫奈の支配を取り戻そうとしないので。疑似人格の代わりに黒姫奈の保全を引き受けているつもりのキリエはそのまま、インスミールのある中庭へと向かう双子を追いかけた。
「インスミール、沖の浜レジデンスのポータルに送って」
伊月のリクエストを受け、中庭に立つ三人の足下に描き出される円環。
双子と黒姫奈をまとめてその範囲内に収めた魔導円が放つ魔力光に紛れ、周囲の景色が一変する。
[沖の浜セントラルタワー レジデンス
A.A.7525/8/27 18:46]
固有領域の中庭から、沖の浜のセントラルタワーに設置されたポータル内へ。
人造王樹主導の、パッケージ化された術式転移とはいえ。影の亜空間を介さない他人任せの移動は、キリエにとってあまり気持ちのいいものではなかった。
「これがティル・ナ・ノーグで一般的な『転移』。地脈経由の疑似転移とは違って範囲内丸ごと置換するタイプだから、外部からの干渉が容易な固有領域の外だとこういう物理筐体を使わないと魔導円内の安全確保が面倒臭い……っていうのは、なんとなくわかるわよね? 私と鏡夜は〔扶桑〕の重点観測対象だし、過保護なキリエもいるからそれほど神経質になる必要は無いけど。一応、ポータルから出る前に現在地だけは確かめるようにしておいて。開扉ボタン押して警告表示が出たら、ちゃんと文面に目を通してから次の行動を決めること」
「警告って?」
「私が見たことあるのだと、すぐそこに賞金首がいるけど開ける? とか、そういうの。私ならそのまま外に出てお小遣いにするし、キリエがいること前提なら何がいても問題ないといえばないんだけど……面倒臭かったら、扉開けないでそのまま他の場所に転移しちゃえばいいから」
足下で徐々に輝きを失っていく魔導円、天井近くの物理モニターに表示されたインフォメーションを順番に指差した伊月が、最後にポータルのロックを解放して。一足先に、数基のポータルが並ぶホールへ下り立つ。
「こんばんは」
そこへ何気なくかけられた男の声に、伊月の機嫌がひっそりと、それでいて大きく「不」の方へ傾くのを、魔術師同士が念話のために繋ぐ精神リンクの比ではなく深いメビウスクラインの繋がり経由で、キリエははっきりと感じた。
「(夫婦揃ってなんなの。もしかして狙ってやってない?)」
「(それなら扶桑が気付くと思うけど)」
ティル・ナ・ノーグにおいて最上級の待遇が約束された「グレード1」。唯一無二の魔法使いというだけでそれなりに保護されている個人情報が、伊月の場合は「ヴラディスラウス・ドラクレアの〔血の花嫁〕」という身分にかかる危機管理の一環で、ともすればキリエ自身のものより余程厳重に管理されている、はずだった。
人造王樹の圏内で、人造王樹による情報統制は完璧に機能する。その点に疑いの余地はない。
「(わかってるわよ、そんなこと)」
閉鎖式ポータルの難点は、転移に際する安全確保のため、一時的とはいえポータル内部が外部から完全に遮断されること。
ポータル自体が周辺の安全確認を行っているとはいえ、それはあくまで通り一遍のものでしかなく。功罪値に応じて懸賞金がかけられた赤札でもない限り、ホールに誰がいたとしても――その「誰か」が不用意に魔力を練り上げるなど、わかりやすく不審な行動をとらない限り――安全上の問題はないもの判断される。
要するに。伊月がこのタイミングで「個人的に顔を合わせたくない相手」とばったり出会してしまったのは、単純に間が悪かったというだけのこと。
「(キリエも黒姫奈も引っ込んでて!)」
ホールでのすれ違い様、伊月に単なる挨拶でしかない声をかけてきた相手。
都築の伴侶である自動人形、アスタロトの視界に黒姫奈の姿が入らないうち。キリエは伊月に言われるがまま、アスタロトの素体となった男の妹を素体として製作された自動人形のボディを、足下の影から亜空間へと引きずり込んだ。
(会いたくないなら、接触拒否のリストにでも入れておけば良いのに)
そんなふうに思ったところで、口に出すほど愚かではない。
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