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RE085 方舟=アルカ=あなたのための
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双子が夕食のデザートを平らげる頃、ラウンジの個室に戻ってきた扶桑はケースから取り出した魔力結晶を布張りのトレイに乗せた状態で、伊月へと差し出した。
「結局なんだったの?」
並べられた魔力結晶へ伊月が無警戒に伸ばす手を、キリエもこの期に及んで止めはしない。
「高度な暗号化を施された高密度の情報媒体です。抽出したデータは――」
トレイをテーブルに置いた扶桑の指示動作に合わせて、伊月の前に魔力結晶と同じ数だけ個別の表示領域が立ち上がる。
「こちらになります」
同時に、自動人形が持つ人型端末としての機能を残した黒姫奈の視界にも非公開設定の表示領域が立ち上がり、展開している事実そのものが周囲に対して伏せられたその表示内容を、キリエは人外としての処理能力にあかせて手早く読み込んだ。
「疑似迷宮を備えた次元跳躍艦……迷宮都市艦〔ハイブラゼル〕……?」
「まさか、『方舟計画』の新作ですか?」
小難しい顔で「仕様書」を読み進める伊月の独り言を拾ったラドゥが、わかりやすく目の色を変えて扶桑に情報開示を要求する。
「お嬢さま?」
「内容的に見せても問題が無いなら、いいんじゃない?」
扶桑からラドゥに対する情報開示の可否を問われた伊月は、何気なくそれに答えてからはたと顔を上げ、「何故自分にそれを問うのか」とでも言いたげな面持ちで扶桑を見、三人のやり取りを口を挟みもせず静観していた黒姫奈を振り返る。
「いいわよね?」
キリエはもちろん、一も二もなく首肯した。
「お前が構わないなら」
ヴラディスラウス・ドラクレアが認めた「ティル・ナ・ノーグの副総督」に開示できないレベルの情報というのも、そうありはしない。
「それで、『方舟計画』って?」
迷宮都市艦の仕様書を流し読み終えた伊月は次に引き寄せた表示領域、〔ハイブラゼル〕の設計書をすぐさま脇に除け、第二世代人造王樹のアップデートモジュールを構成する術式群へと手を伸ばす。
そのすぐ隣で、除けられた表示領域をそのまま受け取るよう手元に引き寄せた鏡夜は、伊月が目を通すことさえ億劫がるほど専門的な内容を、別の表示領域に立ち上げた辞書機能を使いながら黙々と読み進めていく。
「世界樹の代替わりに伴う大量絶滅についてはどの程度ご存じですか?」
「教養程度に、寿命を迎えた世界樹が死ぬと、それまでの世界が滅んで次世代の世界樹、今の真性王樹による新たな世界が創造される。その過渡期を大半の生物は生き残れない……ってことくらいは」
「その過渡期において可能な限り多くの生物を生き残らせるための『方舟』作りをライフワークとしているのが、ハルカという錬金術師です。
既存の世界内部に新たな世界、独自の世界律によって運営される独立した環境を構築することで『外世界』の崩壊に左右されない世代交代を可能とする寄生型人造王樹の創造が、ハルカの最初にして最大の功績とされています」
「〔アングルボダ〕が寿命を迎えてこの世界が滅んでも、人造王樹の圏内にいる生物は滅亡を免れる?」
「えぇ。理論上は」
真性王樹を従える「真なる王」のお墨付きを得ようと、それで満足することができないあたりが、ハルカのいかにも星龍らしいところ。
ハルカの伯父に当たる〔灰被り〕、「吸血鬼」という種の生みの親であるジキルにも、そういう偏執的な一面があった。
「実際どうなるかは、世界が滅びてみないとわからない。だからこその『新作』ってこと?」
「デミドラシルの次に作られたのが次元跳躍艦です。デミドラシル、あるいはインスミールを主機とする、いわば『移動式の圏内』ですね」
「『外世界』が滅びるのを律儀に待ってないで、危なくなる前に次元跳躍で『他の世界』に逃げてしまえばいい、と……」
「そして、おそらくはこの迷宮都市艦がハルカの手による最も新しい『方舟』です。レイシスを母に持つハルカであれば、秘匿された疑似迷宮の製法を知らされていたとしても不思議はない」
人造王樹が主機として組み込まれている時点で「方舟」として完成された次元跳躍艦へと疑似迷宮を組み込む意義は、それこそ迷宮都市艦の「仕様書」に明示されていた。
第一質量、魔素に対して世界樹に準ずる干渉力を有する人造王樹でさえ、徒人が長期的に摂取して問題の無い食料を瞬時に作り出すことはできない。「魔法」と定義される強度の魔力拘束によって作り出される物体、エンテレケイアでは徒人のマテリアルボディを維持することができず、高密度の魔力を長期的に摂取し続けた徒人を待っているのはマテリアルボディの喪失、すなわち徒人としての死。そして魔力に依存する長命種としての、永く退屈な生のはじまり。
徒人の長命種化を回避するため方策として〔ハイブラゼル〕において採用されたものこそが、星龍家の独占的な産業でもある「疑似迷宮」。秘匿された錬金技術によって、徒人のマテリアルボディを問題なく維持可能な食料資源を尽きることなく生み出す狩り場。
「それが結婚祝い、ねぇ……?」
それはいかにもハルカらしく、マキナ向きの提案だった。
「結局なんだったの?」
並べられた魔力結晶へ伊月が無警戒に伸ばす手を、キリエもこの期に及んで止めはしない。
「高度な暗号化を施された高密度の情報媒体です。抽出したデータは――」
トレイをテーブルに置いた扶桑の指示動作に合わせて、伊月の前に魔力結晶と同じ数だけ個別の表示領域が立ち上がる。
「こちらになります」
同時に、自動人形が持つ人型端末としての機能を残した黒姫奈の視界にも非公開設定の表示領域が立ち上がり、展開している事実そのものが周囲に対して伏せられたその表示内容を、キリエは人外としての処理能力にあかせて手早く読み込んだ。
「疑似迷宮を備えた次元跳躍艦……迷宮都市艦〔ハイブラゼル〕……?」
「まさか、『方舟計画』の新作ですか?」
小難しい顔で「仕様書」を読み進める伊月の独り言を拾ったラドゥが、わかりやすく目の色を変えて扶桑に情報開示を要求する。
「お嬢さま?」
「内容的に見せても問題が無いなら、いいんじゃない?」
扶桑からラドゥに対する情報開示の可否を問われた伊月は、何気なくそれに答えてからはたと顔を上げ、「何故自分にそれを問うのか」とでも言いたげな面持ちで扶桑を見、三人のやり取りを口を挟みもせず静観していた黒姫奈を振り返る。
「いいわよね?」
キリエはもちろん、一も二もなく首肯した。
「お前が構わないなら」
ヴラディスラウス・ドラクレアが認めた「ティル・ナ・ノーグの副総督」に開示できないレベルの情報というのも、そうありはしない。
「それで、『方舟計画』って?」
迷宮都市艦の仕様書を流し読み終えた伊月は次に引き寄せた表示領域、〔ハイブラゼル〕の設計書をすぐさま脇に除け、第二世代人造王樹のアップデートモジュールを構成する術式群へと手を伸ばす。
そのすぐ隣で、除けられた表示領域をそのまま受け取るよう手元に引き寄せた鏡夜は、伊月が目を通すことさえ億劫がるほど専門的な内容を、別の表示領域に立ち上げた辞書機能を使いながら黙々と読み進めていく。
「世界樹の代替わりに伴う大量絶滅についてはどの程度ご存じですか?」
「教養程度に、寿命を迎えた世界樹が死ぬと、それまでの世界が滅んで次世代の世界樹、今の真性王樹による新たな世界が創造される。その過渡期を大半の生物は生き残れない……ってことくらいは」
「その過渡期において可能な限り多くの生物を生き残らせるための『方舟』作りをライフワークとしているのが、ハルカという錬金術師です。
既存の世界内部に新たな世界、独自の世界律によって運営される独立した環境を構築することで『外世界』の崩壊に左右されない世代交代を可能とする寄生型人造王樹の創造が、ハルカの最初にして最大の功績とされています」
「〔アングルボダ〕が寿命を迎えてこの世界が滅んでも、人造王樹の圏内にいる生物は滅亡を免れる?」
「えぇ。理論上は」
真性王樹を従える「真なる王」のお墨付きを得ようと、それで満足することができないあたりが、ハルカのいかにも星龍らしいところ。
ハルカの伯父に当たる〔灰被り〕、「吸血鬼」という種の生みの親であるジキルにも、そういう偏執的な一面があった。
「実際どうなるかは、世界が滅びてみないとわからない。だからこその『新作』ってこと?」
「デミドラシルの次に作られたのが次元跳躍艦です。デミドラシル、あるいはインスミールを主機とする、いわば『移動式の圏内』ですね」
「『外世界』が滅びるのを律儀に待ってないで、危なくなる前に次元跳躍で『他の世界』に逃げてしまえばいい、と……」
「そして、おそらくはこの迷宮都市艦がハルカの手による最も新しい『方舟』です。レイシスを母に持つハルカであれば、秘匿された疑似迷宮の製法を知らされていたとしても不思議はない」
人造王樹が主機として組み込まれている時点で「方舟」として完成された次元跳躍艦へと疑似迷宮を組み込む意義は、それこそ迷宮都市艦の「仕様書」に明示されていた。
第一質量、魔素に対して世界樹に準ずる干渉力を有する人造王樹でさえ、徒人が長期的に摂取して問題の無い食料を瞬時に作り出すことはできない。「魔法」と定義される強度の魔力拘束によって作り出される物体、エンテレケイアでは徒人のマテリアルボディを維持することができず、高密度の魔力を長期的に摂取し続けた徒人を待っているのはマテリアルボディの喪失、すなわち徒人としての死。そして魔力に依存する長命種としての、永く退屈な生のはじまり。
徒人の長命種化を回避するため方策として〔ハイブラゼル〕において採用されたものこそが、星龍家の独占的な産業でもある「疑似迷宮」。秘匿された錬金技術によって、徒人のマテリアルボディを問題なく維持可能な食料資源を尽きることなく生み出す狩り場。
「それが結婚祝い、ねぇ……?」
それはいかにもハルカらしく、マキナ向きの提案だった。
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