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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-031

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 新造区画の一角をこんもりと覆う『闇』を遠巻きに、路肩に並んでいる車両の一つ。
 ヘクセンシュウスの指揮車両の後ろにぴたりと付ける形で、リオンはここまで運転してきた車を停止させた。

 辺り一帯は、道路どころか新造区画のある第九フロートそのものに立入規制が行われている影響なのか、すっかり閑散としていて。目に付くのは、揃いのジャケットを着たヘクセンシュウスの関係者ばかり。
 あれほどいたイベントの参加者(しかも、そのほとんどがスキルホルダーであっただろう群衆)は、影も形も見当たらなかった。


                                    
 リオンがタクシー代わりに出してくれた車から降りると。前に駐まっている指揮車両からも、昨日の通信振りのユージンがのっそりと降りてくる。
「……来たのか」
 ただでさえ泣く子も黙りそうな目つきの悪さが、今日はまた、一段と凄いことになっていた。

 ……機嫌悪そ……。
 現場指揮官がそんな調子だから、周囲に散らばっているヘクセンシュウスのコントラクター一同も戦々恐々としているのが伝わってくる。
 ご機嫌斜めどころの話ではないボスをなるべく刺激しないように、という切実な空気が辺りに漂っていた。

「来たわよ」
 息苦しいくらいの雰囲気を払い除けるよう、殊更軽い調子で肩を竦めて見せてから。優に百メートルは離れているのに、まるですぐそこまで迫っているような圧迫感たっぷりの『闇』へと目を向ける。
 ……こんなところに二日も居座ってたら、そりゃあ超絶不機嫌にもなるわよね。
 私なんて、ここまでやってくる道中の時点で、つきつきと頭が痛みはじめているくらいだ。


                                    
 リオンと違って、カガリの無言の威圧にも怯むことなく、ユージンは私のすぐ傍までやってくると、今にも舌打ちが飛び出しそうな苦り顔で顎をしゃくった。
「イユンクスの技術者オタクどもはお手上げだそうだ。お前は?」
 私の思い違いでなければ。あの『闇』をどうにかできるのか、と。そういう意図の質問だろう。

「カガリ、どう?」
 私の背中にくっついて、肩の上に顎を乗せてきているカガリにこつん、と頭をぶつけながら尋ねると。私の腰を抱えているカガリの腕にきゅっ、と力が込められて。
「日が暮れるまでには終わらせるよ」
 ミリーがお腹を空かせるといけないからね、と。私の耳元で、基本的に私本位なカガリが甘く囁いてくる。

 カガリ的には晩御飯に間に合うように、というつもりなのだろうけど。どのみち、現状が維持できるのもそれくらいが限界だろう。
 日が沈み、夜が訪れたなら当然、月女神の力は強まるわけで。

 私とカガリのやりとりに、ユージンが目を瞬かせる。
「お前じゃなく、そいつがやるのか?」
「そう。むしろ私はあんまり役に立たないわよ、今回」
「そんなことないよ」
 私の言葉を食い気味に否定してきたカガリは、その腕の中にいる私にうりうりと頬をすり寄せて。
「僕に命令できるのはミリーだけなんだから」
 私が役立たず扱いされるのはさも心外だ、と言わんばかりに嘯いた。
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