悪役令息の三下取り巻きに転生したけれど、チートがすごすぎて三下になりきれませんでした

あいま

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そして5年が経った

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 その後、一日と経たずして、シキ率いるメイドと騎士の一団と出会うことができた。彼らは公爵家総出で俺たちを探しに来てくれたらしい。公爵家の跡取りがドラゴンなんてものに攫われたとなれば、仕える者たちは明日の仕事を失うかもしれないと、さぞ恐ろしかったことだろう。普通なら足跡すら残らない空から方角だけを頼りにここまでたどり着いた彼らの根気には感心せざるを得ない。

 まあ、そのドラゴンをけしかけた元凶が目の前にいるわけだが――俺の姉、つまり魔王だ。今はモラハ様の恩人(違)として、俺の後ろをおとなしくついてきている。ひっそりとした様子で歩く姿は、まるで別人のように見えたし、フードを被った魔王(姉)は、何を考えているのかまったく読めない。

 一方で、シキは険しい表情で魔王を睨みつけている。その目には怒りと警戒心が混じり合っていた。そういえば、シキは以前もクウくんのお姉さんを睨みつけていたっけな。どうやら誰にでもケンカを売るタイプらしい。姉である魔王はそんなシキを完全に無視し、目もくれずに歩き続けている。俺が気にしても仕方がないが、おとなしくしてくれるならそれに越したことはない。

 俺? 俺はというと、助けに来てくれたメイドや騎士たちから「ご無事でなによりです!」とモラハ様が盛大に労われているのを後ろで見ていただけだ。どうやらドラゴンに攫われて生きて帰ってきた者なんて滅多にいないらしい。彼らの驚きと感嘆の視線をモラハ様は一身に受けていたのを見て俺もホッとした。

 俺の心の奥底に少しばかり後ろめたさが残った。だって、真実を伝えるわけにはいかないしな。

 とにかく、無事に公爵家へと戻ることができたのはよかった。



 ◆



 そして、5年が経ち、ついに俺たちは貴族学園へ通う日が来た。ここまでの道のりは長かった。シキには毎日のように奇妙な呪いをかけられ、効果耐性無効を取得する日々。

 魔王(姉)には笑顔でモラハ様ともども追いかけまわされ、逃げ場のない生活が続いた。モラハ様が逃げ出しそうになると、魔王(姉)は獲物を追うようににじり寄ってくる。そのたびに俺の背に隠れるようになり、シキに感じるようなあの嫌な汗が背中を流れるのだ。

 ようやく長かったラスゴイ公爵家での生活も終わり、俺たちは学園の寮へと今日移ることになった。モラハ様の両親は王都にあるタウンハウスから一度も領地に戻ってきていない。一度公爵家にいたのはモラハ様の側近候補を見つけるためだけに領地に帰ってきたのだろう。俺たちのことなどまったく意に介していない様子だったけど。

「ほら、行くぞ。ドコニ、さっさと乗れ。馬車の中でマイコー・ジョーダンさんがすでに待ってるぞ」

 モラハ様が俺に声をかける。その声に力はない。

 マイコー・ジョーダンというのは、魔王(姉)の新しい名前だ。姉が勝手につけたらしい。作中の魔王の名前はただ「魔王」としか書かれていなかったし、魔王と呼ぶわけにもいかなかったからというのもある。だが、冗談のような名前をつけるあたり、姉の悪ふざけだろう。何を考えているのか全くわからん。

「はい。……あの、この人も行くんですか?」

 モラハ様の隣に座る魔王(姉)に、ちらりと視線を向けながら訴えた。姉は窓から外の景色を見つめているが、薄く笑っている。その笑顔には得体の知れない不気味さがあった。

「恩人が従者になりたいと言っているのだから、それを叶えるのが主の務めだろ」

 モラハ様は当然のように言うが、その顔には緊張が走り、どこか険しいものが混じっていた。
 俺がしっかりと目を合わせようとすると目を泳がせている。

 おい、お前脅されているだろう。

 冷や汗をだらだら垂らしながら、逆らうなとモラハ様は首を振った。
 俺には理解できないその関係に、複雑な気持ちがこみ上げる。

「ほらぁー、モラハくんもそう言ってるじゃない。さっさと乗りなさいよ」

 魔王(姉)が俺に手招きをする。あの無邪気な笑顔の裏に、何が隠されているのか知りたくもない。モラハくんってなんだよ。せめてモラハ様と言え。俺だって、モラハ様のことを内心で「金髪のデブ」と呼ぶこともあったが、基本的にはモラハ様と呼ぶようにしていたんだ。いつか「デブ」って口に出して呼びそうだったからな。そうなったら本人だって傷つくだろ。

 俺は仕方なく馬車へ乗り込む。モラハ様と魔王――いや、マイコー・ジョーダンが乗っている狭い車内は妙な雰囲気のまま走りだした。

 馬車の揺れとともに、モラハ様と姉マイコーを眺める。もうモラハ様はかつての金髪のデブではなくなっていた。

「モラハくん、イケメンになったよね。あたし、頑張ったかいがあったわ!」

 マイコー・ジョーダンが満足げに笑いながらモラハ様を見つめる。彼はまるで彫刻のように整った端正な顔立ちと無駄のない体つき、そして金髪碧眼のすらりと背の高いイケメンに成長した。

 それが今のモラハ・ラスゴイの姿だ。かつての傲慢な樽のような面影はまったくない。新しい制服もその姿にぴったりと馴染んでいる。彼の背筋が自然と伸びているのを見ると、あの過酷な日々が確かに彼を成長させたのだと実感する。

「あはは……」

 モラハ様は姉マイコーの言葉に苦笑するしかないのだろう。その表情には引きつった笑顔が浮かんでいるが、彼の目はどこか虚ろで死んでいる。過去のトラウマが一瞬、頭をよぎったのかもしれない。

「すぐに暴力に訴えなくなったし、横暴でもなくなったし、いいことずくめね」

 暴力を暴力で制したお前が言うな。

 姉マイコーが軽い調子で言うその言葉の裏には、俺たちの苦労が詰まっている。お前が俺たちを執拗に追いかけまわしていたからだよ……。モラハ様と俺は毎日、あの頭のおかしい姉マイコーに追いかけ回され、時には森の中で丸一日隠れ続けたこともあった。モラハ様が木の陰にうずくまって震えた声で、「もう無理だ……」と呟いたあの姿は今でも忘れられない。シキは見て見ぬふりを決め込み、助ける気配など微塵も見せなかった。

 俺はそのたびに彼の背中を支え、あきらめることを許さず必ずなんとかなると言い続けてきたのだ。

 俺はモラハ様が死なないように守るのに必死で、ジョブ変更の無限チートを使いまくっていた。そのため、モラハ様には俺が多重人格者だと思われている節がある。まぁ、仕方がないよな……勉強するときは、命の危険がないから普通の俺に戻るわけだし。

 誤算と言えば、ステータスが増え、ジョブスキルの使い方がうまくなりそれなりに戦えるようになったのは、あの修羅場の連続があったからだと思う。結果的には、モラハ様と連携することや、体を鍛えられたのだからよい誤算だったと言えるだろう。

 とにかく、姉マイコーが恩人枠の居候じゃなかったら間違いなく公爵家から追い出されても不思議じゃない。いや、実際には恩人じゃないけど! 姉の得体の知れない笑顔を見るたびに、何度も心の中で「俺らはおもちゃじゃねぇから!!!」と、そう叫んだ。

 馬車の旅は一週間ほど続いた。窓から覗く景色が少しずつ変わり、やがて目の前にそびえるのは白亜の壁。高くそびえたつその壁には、銀色の門があり、その向こうには学園や寮などが見え隠れしている。石畳の道に沿って続く美しい庭園には、手入れの行き届いた木々が並び、花々が咲き誇っていた。

 その景色はまるであの小説の表紙を飾る背景のようで、俺は胃が痛くなった。

 ようやく俺たちは目的地である貴族学園に到着した。

 ここで俺たちの学園生活が始まるのか……。どんよりとした不安が広がる。

 モラハ様の変化が周囲にどういったプラス要素となるのか、魔王という最初からいるはずのない人物の登場にどんな改変が主人公たちに待ち受けているのか想像もつかないが、三下モブの俺は一歩ずつ進んでいくしかない。


 この瞬間から『貴族学園らぶみーどぅー』のストーリーが始まる。
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