マテリアー

永井 彰

文字の大きさ
57 / 100
グランド・アーク

スプリガン

しおりを挟む
 新たな仲間。

 たった二人では乗り越えられないであろう強敵たちが、これから数えきれないほどいるはずと思えば、戦力は一人でも多いほうが良い。

 厳密には、あちこちに動き回るという冒険者の特性上、3~5人、多くても7人までという通説こそあるが、いずれにせよ今は間違いなく人手が足りないのだ。


 ダランはスフィアの師となる事に快く応じたものの、そうした必要性もまたスフィアに説いた。

「私のように一人で旅するのは、極めて特殊なケースだ。上級冒険者においてもね。増して今はお嬢さん、キミがいる。仲間探しは今後、我々の重要なミッションとなるはずだ」

 王女扱いはダランの中では先のやり取りで、ひとまず終わったのだろう。あるいは、師として振る舞うからこそ、冒険者としてのスフィアに対する、余計な礼節を取り払ったのかもしれない。

 「スプリガンは、今のお嬢さんには良い的だろう」

 スプリガン。ドワーフの仲間と言われている妖精だ。
 元は村などで財宝を守っていたらしいが、文明が進み魔物を徹底的に締め出した人間の事業により、今では人の手が届きにくい極寒の地にしかいないとされる。

 スプリガンは小人だが、戦いのために巨大化する事も出来る。
 よって、知らない者は怯えて逃げ出すのだが、実は単なる巨大化でしかなく、戦闘に強くなるわけではない。つまり、強さはそんなに変わっていないのだ。

 そして、元の強さも大した事はない。魔物ではなく、あくまで妖精だからだ。
 妖精を攻撃するのは気が引ける感じもするが、悪戯が過ぎて人に悪さを働く妖精も少なくない。
 そうでなくとも、人と言葉が通じない上に虐げられているため、スプリガンたち妖精は人間に対しては攻撃的である。

 ただ、ここでスフィアは閃いた。

「スプリガンさんを仲間にしてしまえば、妖精さんをみんな仲間にする事にはならないでしょうか」

 ダランは驚いた。ダランでさえ、弱い存在は戦闘のためのサンドバッグとしか思わない世界で、スフィアは協力を持ちかけたのだ。

「だが、言葉は通じない。いつ裏切られるかも分からない。彼らは弱いが、知恵があるんだ」
「知恵があるなら、私たちが仲間になりたい思いも分かるはずです」

 何がそうさせるのかは分からないが、妖精と戦う事を望まない以上、スフィアは断固としてスプリガン相手の実戦に反対した。

「やれやれ、頑固なお姫様だ」
「都合よく姫呼ばわりは、およしになって」

 舌戦だけなら、既にスフィアはダランより強いのだった。


 スプリガンの住みか。
 それは氷の大地に作られた、氷の地下洞だ。

 ママルマラの南東、ヒルミスの真南にあるその粗末な住まいは、粗末過ぎて人に荒らされる事もない。
 また食料がないので、魔物が寄り付く事もないのである。

 そしてスフィアたちは無謀にも、無策でそこに突入した。スフィアの「話せば分かる」の一点ばりを、ダランは止められなかったのだ。

「ごめんください」

 スフィアは、丁寧に挨拶した。何の返事もない。スプリガンは人語を介さないのだから、当たり前だ。

「どなたか、いらっしゃいませんか。お話があります」
「やはり、静かにした方が良くないかね」

 奇天烈な光景である。親子ほど年の離れた冒険者二人が、噛み合わない会話をしながらずんずんと無人の地下を進んでいく様は、シュールその物だ。


「誰もいませんね」
「確かに。ここがスプリガンのいる穴で、間違いないはずなんだが」

 ダランは、人外の生物に詳しい。主要な生息地やその特徴なら、ほとんどの情報がダランにあると言っても過言ではない。

 伊達に上級冒険者をやっていないのだ。


「ここには、もうみんないないプリ」

 スフィアでもダランでもない、何者かの声がした。
 ダランは振り向いたが、声の主はいない。

「おっさん、違うプよ。こっちだプリ」

 そして、視線をそのまま見下ろした先に、そいつはいた。

「お、お主はまさか」
「ふっふっプ。そう、ボクちんこそがスプリガンの中のスプリガン。スプスーさんだプリ」

 有名人に会ったかのように、ダランは驚いた。

 無理もない。スプスーは冒険者界隈では有名な、『進化したスプリガン』なのだ。

「スプスー殿。お会い出来て光栄です」

 ダランはそう言い、更に自己紹介を続けた。

「こっちはスフィア。マテリアーの王女様だ」
「ちょ、ちょっとダランさん」
「なるプリ、なるプリ。はじめましプ」

 ダランの判断力を、スフィアは疑った。確かにこの妖精は人の言葉を使うが、このケースでは正直は愚策としか思えなかったのだ。

「スプスー殿なら、信用出来る。どうです、我々と共に、世界に蔓延はびこる悪を倒しませんか」
「いいプリ。やるプリよ」

 何故か、とんとん拍子に話は進み、とうとうスプスーが仲間になってしまったようだ。


「それで、仲間の皆さんはどこにいるのです」
「そ、それは言えないんプリ」

 ダランは鋭い。仲間のスプリガンがいないというスプスーの何気ない言葉を、しっかり覚えていた。
 しかしその時、ダランはふと気付いた。


 スフィアが、どこにもいないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...