マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

預言の書

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 ダランの勘は、果たして当たるのだろうか。

 スフィアたちがヒルミスに到着して、早くも一週間が経過した。
 滞在する分には、特に支障はない。
 壁の心を持つ人々と言えども、最低限の商売はしているらしい。

 治安は良いとは言えなかった。そのため、なけなしのスフィアの所持金もダランが預かる事にした。
 ダランの腕前なら、まず盗まれたり脅し取られたりはしないだろう、というわけだ。


「さて、種は蒔いたが、どうなったか」

 ダランには、既に策があるらしい。すると、乞食がへらへらしながらダランに寄ってきた。

「旦那。まずは、あれを」
「ああ、そうだったな」

 ダランはチップを弾んだ。やり取りからして、スフィアが知らぬ間に何度も顔を会わせているらしい。

「では、案内しまさァ」
「いや、地図をくれ。我々だけで十分だ」

 信用してくれと膨れる乞食だが、さらにチップを渡すとニコニコしながら、目当てがある建物への粗末な地図を描いて寄越した。


 そこは、どう見てもただの酒場であった。
 〈ブラック・ボックス〉と言う名の、いかがわしさすらある怪しげな雰囲気の店だ。

「では、行ってくる」

 そう告げると、ダランはさっさと店に入ってしまった。呆気に取られたのはスフィアだ。
 ただ、ものの数十秒ほどで、すぐにダランはまた姿を現した。

「信頼出来る情報屋は、乞食すら知ってる。後は、地獄の沙汰も金次第だ」

 得意気に言いたいような微妙な顔付きでダランは、心なしか胸を張ったようにスフィアには見えたのだった。

 
「やはり、ここから繋がっていくのだ。さあ、お嬢さん。いよいよキミの出番だ」

 一人で納得した上で、スフィアにも手伝えと言う事のようだ。

「こちらが、かの高名な占い師アポーン先生の一番弟子、スフィーヌ様である」

 スフィアという名前を、迂闊に出すわけにはいかない。仮にも王女である。髪型を工夫して顔だけでは分からないようにはしているが、ダランにもスフィーヌと、実は名乗っているのだ。
 しかも、そんなダランに今度は一芝居打ってもらう。占い師のバーターに扮してもらい、自らはいつも通りの仕事を始めるのだ。

 占いを望むのは、情報屋を兼ねている酒場の主人だ。金には困っておらず、むしろ自らの人生が気になっていたらしいのだ。

 緊張の面持ちを悟られないように、スフィアは占いを始めた。


 スフィアの占いは、水晶占いだ。最も実力が必要な占いの一つである。

「見えます。あなたが川で、大切な人に再会するのが見えます」

 スフィアは魔法使いではないが、霊感が強い。実際、スフィアの占いはまずまず当たり、それゆえにママルマラのハード区でやっていけたのだ。

「川っていやあ、ふむ、心当たりがあんぞ。先生は本物だぁ」

 感服した店主は、ある神秘の書物について語り始めた。


「 預言の書。未来に起きる全てが記されているという、伝説レベルのアイテムがあります。
 それは、ここからまっすぐ東にある、鏡の塔って場所のどこかにあるらしいのです。
 ただ、塔の中は凶暴な魔物でいっぱいな上に、近頃じゃあ、ここで名を上げた大盗賊のワルガーが巣食っておるらしい。
 さらに悪い事には、鏡の塔と言うからには鏡ばりなんです。いくら歴戦の勇者でも、不慣れな戦いを強いられるに違いねえです」


 店主は一息にそれだけ言い終えると、「じゃあ、今日は店じまいなんで」とさっさと二人を追い返した。
 もしかしたら早速、占いの結果を確かめに行くのかもしれないが、それはこの物語とは全く関係ないので、記される事はない。


 鏡の塔に向かいたい所だが、皆さんはお忘れだろうか。
 スフィアは、戦う力がない事を。

「焦るのは分かるが、手がかりは見えた。運命があるのなら、時間は待ってくれるさ」

 そう言うとダランは、町を出る決心をしたのだった。


「お嬢さん、いや、スフィア王女」

 唐突に、ダランは真実を言った。

「黙っていて申し訳ございません。まずは今までの不行き届きな振舞いをお許しください」

 そして、騎士のようにダランは片膝を付き、背筋をしゃんと伸ばしてスフィアの手を取り、そっとその手に口づけをした。


 ママルマラにいた時から、王女の正体に気付いていたのだと言う。
 上級冒険者は、常識も一流である。一国の王女の顔を知らないはずがなかったのだ。

「何か悲しい顔をなさっている姫様を、お助けしないわけには行きませんでした」

 まるで重い罪を犯したように、慎ましく言葉を紡いでいく。あるいは、本当にかつては騎士だったのかもしれない。

「顔を上げてください、ダランさん。今、私は王女ではありません」

 スフィアはダランに、姿勢を楽にするように伝えた上で続けた。

「理由がなんであれ、私は祖国がなくなるのを見捨てました。だから、私には務めがあります。ワレスを討ち、再びマテリアーを取り戻す。その旅を遂げるため、あなたを師として迎えたいのです」

 スフィアは丁重に頭を下げた。

 一国の王女が、王族でない者に頭を下げる。
 それは途轍もない覚悟が必要な事なのであった。
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