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グランド・アーク
バーサーカー
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「ゼロ。また会ったな」
ゼロに瓜二つの、人間の姿だ。
「あなたは」
ゼロはその姿を覚えていた。
「それにこの空間は、来た事がある」
「そうだよ、オールディント。もう1人の私」
白衣の男は、ゼロの言葉に頷きながらもゼロでない別の名前を呼んだ。
オールディントとは、白衣の男の名だ。
オールディント=ゼライール。男はかつて、聡明で優しい科学者として生きていた。
「私の中にある優しさが、キミをまた暴走させようとしている。だが、次に暴走したら今度こそキミは終わりだ」
「そんな。優しいのは、いけないコトですか」
「ああ。少なくとも、我々には荷が重いのさ。ゼロ、スフィア姫はもう忘れたね」
ゼロは絶句した。確かに、忘れなくてはならない存在だと心から思ったのだ。
マテリアーで、目覚めたばかりの自分を無敵のヒーローだと錯覚した。しかしゼロは、そうではないと思い知ったからこそ、スフィアを忘れなくてはならないと考えていた。
「分かるんですね。あなたは、ボクだから」
「確かに、私はキミだ」
「だが、分かるとは言えないな」とオールディントは言い、それを合図にゼロは奈落の底に落ちていった。
心の世界は、夢の中に似ている。
だからゼロは高い場所から落ちたにもかかわらず、傷ひとつ負わないのだった。
「うーん、ここは何だ」
白い全体と透明なオブジェクトが印象的な〈上〉とは対称的に、落ちた先の〈下〉は紫っぽい空間に、くすんだ色のボールがたくさん浮かんでいた。
「がるるる」
そして、ゼロの目の前には狼がいた。
【オールディント、もうキミは私でなくて良いんだ】
遥か彼方から、白衣の男はゼロに語りかけた。
【もう、無理しなくて良い】
「それは、どういう」
「意味なんですか」と聞く暇はなく、真っ白なその狼はゼロに襲いかかった。
「あなたは、スプスーさんと言うのですね」
「うう、でもボクちんとは過ごした日々が少ないから」
スフィアは記憶を失ったまま、1週間ほど安静にしていた。
その間、ダランが中心となってスフィアに様々な出来事を伝えた。それは、ダランとスフィアが出会ってから今に至るまでの小さな歴史だが、スフィアが辿り、仲間たちが辿った道だ。
「大変、興味深いお話です。ですが、私にはやはり心当たりが」
そうため息をつくスフィアに、ダランは覚悟を決めて言った。
「言いたくはなかったが、やはりキミは、ゼロに会うべきなのだろうな」
白い狼がゼロ自身だという事を、感覚的にゼロは理解した。
「ぐる。がるるぅ」
狼は言葉を持たないが、ゼロには分かる。この狼は、ゼロが内に秘める莫大な魔力そのものなのだと。
「バーサーカー。制御出来ない、強すぎるボク」
ゼロは胴体を噛まれながらも、狼に語りかけた。
「ボクは、元々そうなんだね。キミはボクなんだ」
白衣の男と同じ事を、ゼロは狼に向けて言った。
オールディントの声は、もう聞こえない。
「さて、どうしたものかな」
ゼロは、獄中で学んだ冷静さに今さらながら気付いた。
「ボクも成長、出来るんだ。人間みたいに」
外の世界では、ゼロは眠っているように見えた。まるで、この世界など自分とは関係ないと言うかのように、静寂の中でゼロの姿は背景の一部のようだ。
グランド・アークは、そんな冒険者たちの気持ちを知るはずもなく、氷の中で主を待っていた。
ゼロに眠る狂える熱い魔力とは正反対の、微動だにしない透明な魔力。それが箱の中にある魔力の個性だ。
そして、それを知るのは大魔王ワレスと、その第一のしもべ、ゾーンだけなのである。
「ゾーンよ。箱の解析は進んでいるだろうな」
【王。全ては魔の導きのまま。何もかも思い通りにございます】
「結構、結構。これだけの力、箱が開かずともひしひしと感ぜられるわ。素晴らしい、早く欲しいぞ」
そう言うなり、ワレスは高笑いした。
吟遊詩人のフリをしていた時の、みすぼらしいローブ姿でなく、宵闇色の甲冑に身を包み、銀の兜を纏った魔物の王。それが今のワレスの姿だ。
「待てよ。もしかして、この箱は。・・・ヌハハ、やはりそうなのか」
箱が持つ、とある性質に気付いたワレスは高笑いを、より高らかに隠さないのだった。
ダランたちは、ママルマラへの旅を始めた。
スフィアの記憶を取り戻し、そして出来るならゼロを助けるためだ。
「この道、見覚えはないプか」
「何も。氷なんて、私、初めて見ます」
「だから初めてじゃねえっつうの」
「ワルガー、口、悪すぎ」
マジルから平手打ちを食らわされ、ワルガーは右と左の頬を同時に押さえた。往復ビンタだったのだ。
「私たちは、ほぼ彼女に会ってないでしょ」
「そうだけどよ」
「ワーちんとマーちん、なんだかんだで仲が良いプリねえ」
「「絶対、有り得ない」」
旅の仲間は、スフィアが戻った以外は相変わらずのメンバーだ。
ワレスという存在を知り、単独行動が危険だという本音がワルガーには実はあったが、それは皆に伏せていた。
増して、暗殺者なのに人が良いマジルに発覚しようものなら、むしろ殺されかねない。
ワルガーは皆に聞こえないように、そっと舌打ちをしたのだった。
ゼロに瓜二つの、人間の姿だ。
「あなたは」
ゼロはその姿を覚えていた。
「それにこの空間は、来た事がある」
「そうだよ、オールディント。もう1人の私」
白衣の男は、ゼロの言葉に頷きながらもゼロでない別の名前を呼んだ。
オールディントとは、白衣の男の名だ。
オールディント=ゼライール。男はかつて、聡明で優しい科学者として生きていた。
「私の中にある優しさが、キミをまた暴走させようとしている。だが、次に暴走したら今度こそキミは終わりだ」
「そんな。優しいのは、いけないコトですか」
「ああ。少なくとも、我々には荷が重いのさ。ゼロ、スフィア姫はもう忘れたね」
ゼロは絶句した。確かに、忘れなくてはならない存在だと心から思ったのだ。
マテリアーで、目覚めたばかりの自分を無敵のヒーローだと錯覚した。しかしゼロは、そうではないと思い知ったからこそ、スフィアを忘れなくてはならないと考えていた。
「分かるんですね。あなたは、ボクだから」
「確かに、私はキミだ」
「だが、分かるとは言えないな」とオールディントは言い、それを合図にゼロは奈落の底に落ちていった。
心の世界は、夢の中に似ている。
だからゼロは高い場所から落ちたにもかかわらず、傷ひとつ負わないのだった。
「うーん、ここは何だ」
白い全体と透明なオブジェクトが印象的な〈上〉とは対称的に、落ちた先の〈下〉は紫っぽい空間に、くすんだ色のボールがたくさん浮かんでいた。
「がるるる」
そして、ゼロの目の前には狼がいた。
【オールディント、もうキミは私でなくて良いんだ】
遥か彼方から、白衣の男はゼロに語りかけた。
【もう、無理しなくて良い】
「それは、どういう」
「意味なんですか」と聞く暇はなく、真っ白なその狼はゼロに襲いかかった。
「あなたは、スプスーさんと言うのですね」
「うう、でもボクちんとは過ごした日々が少ないから」
スフィアは記憶を失ったまま、1週間ほど安静にしていた。
その間、ダランが中心となってスフィアに様々な出来事を伝えた。それは、ダランとスフィアが出会ってから今に至るまでの小さな歴史だが、スフィアが辿り、仲間たちが辿った道だ。
「大変、興味深いお話です。ですが、私にはやはり心当たりが」
そうため息をつくスフィアに、ダランは覚悟を決めて言った。
「言いたくはなかったが、やはりキミは、ゼロに会うべきなのだろうな」
白い狼がゼロ自身だという事を、感覚的にゼロは理解した。
「ぐる。がるるぅ」
狼は言葉を持たないが、ゼロには分かる。この狼は、ゼロが内に秘める莫大な魔力そのものなのだと。
「バーサーカー。制御出来ない、強すぎるボク」
ゼロは胴体を噛まれながらも、狼に語りかけた。
「ボクは、元々そうなんだね。キミはボクなんだ」
白衣の男と同じ事を、ゼロは狼に向けて言った。
オールディントの声は、もう聞こえない。
「さて、どうしたものかな」
ゼロは、獄中で学んだ冷静さに今さらながら気付いた。
「ボクも成長、出来るんだ。人間みたいに」
外の世界では、ゼロは眠っているように見えた。まるで、この世界など自分とは関係ないと言うかのように、静寂の中でゼロの姿は背景の一部のようだ。
グランド・アークは、そんな冒険者たちの気持ちを知るはずもなく、氷の中で主を待っていた。
ゼロに眠る狂える熱い魔力とは正反対の、微動だにしない透明な魔力。それが箱の中にある魔力の個性だ。
そして、それを知るのは大魔王ワレスと、その第一のしもべ、ゾーンだけなのである。
「ゾーンよ。箱の解析は進んでいるだろうな」
【王。全ては魔の導きのまま。何もかも思い通りにございます】
「結構、結構。これだけの力、箱が開かずともひしひしと感ぜられるわ。素晴らしい、早く欲しいぞ」
そう言うなり、ワレスは高笑いした。
吟遊詩人のフリをしていた時の、みすぼらしいローブ姿でなく、宵闇色の甲冑に身を包み、銀の兜を纏った魔物の王。それが今のワレスの姿だ。
「待てよ。もしかして、この箱は。・・・ヌハハ、やはりそうなのか」
箱が持つ、とある性質に気付いたワレスは高笑いを、より高らかに隠さないのだった。
ダランたちは、ママルマラへの旅を始めた。
スフィアの記憶を取り戻し、そして出来るならゼロを助けるためだ。
「この道、見覚えはないプか」
「何も。氷なんて、私、初めて見ます」
「だから初めてじゃねえっつうの」
「ワルガー、口、悪すぎ」
マジルから平手打ちを食らわされ、ワルガーは右と左の頬を同時に押さえた。往復ビンタだったのだ。
「私たちは、ほぼ彼女に会ってないでしょ」
「そうだけどよ」
「ワーちんとマーちん、なんだかんだで仲が良いプリねえ」
「「絶対、有り得ない」」
旅の仲間は、スフィアが戻った以外は相変わらずのメンバーだ。
ワレスという存在を知り、単独行動が危険だという本音がワルガーには実はあったが、それは皆に伏せていた。
増して、暗殺者なのに人が良いマジルに発覚しようものなら、むしろ殺されかねない。
ワルガーは皆に聞こえないように、そっと舌打ちをしたのだった。
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