マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

記憶の行方

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 メンベフリに到着し、ニースへと向かう道のりは、途中で船は雨に見舞われたものの、航路に変更がない程度であり、風の影響で行きより若干の進行の遅れこそあったけれども、無事に到着した。

 もちろん、スプスーはバルタークからずっとかばんの中だ。
 細かい事情としては、ガワウ大陸北部地方では大魔王ワレスが、配下でない魔物には厳しく取り締まりを掛けているという背景があった。
 世界的に魔物の連れ回しが禁じられているわけではない事は説明を加えておこう。


 昼下がりの、ニースの診療所。

 ダランは気付いた。深夜しか診療所に入れないと思い込んでいただけで、そもそも船に乗ったのは日中。つまり、賞金首は案外、バレないのだから深夜にこだわらなくて良いのだ。
 この世界には、インターネットなどない。よって、賞金首でもよほど名を馳せてないとバレないのである。
 魔熱の治療薬は、無事に完成した。

「レア先生、感謝する」
「あら、お嬢さんも一服どう?」
「腕は確かだがユーモアは壊滅的だなァ!?」

 あとは、スプリガンの住みかに戻るだけだ。

 マジルに倣ってそれぞれにレアに礼を言い、一行はニースを旅立った。

「きれいな町、だったな。あんな町だったら俺は」
「ワルガーは、どんな町でもグレていたプリ」
「傷付くけどそうかもな!」
「無様ね、大盗賊」

 ようやく、一行はスプリガンの住みかに戻ってきた。生還する事すら信じてなかった者が多く、皆、露骨に慌てふためいていたのが妙に滑稽だ。
 
「おっさん、薬を」
「ああ。お姫さん、これで治ってくれよ」

 ケルベロスの角薬は粉末なので、水と共に飲ませないとならず、眠り続けるスフィアにそうするのは中々の難儀ではあったが、なんとか飲ませたのだった。

 スフィアの顔は、住みかを旅立ったときに既に青白く、今は頬もこけて可憐な美しさを損なっていた。
 しかし、1日、2日と日が絶つにつれて次第に快方に向かっていき、レアの説明通り、3日後にはすっかり元のスフィアの顔となっていたのだ。

 そしてスフィアは、目を覚ました。

「ここは、どこ?」
「姫様、スプリガンの家です。姫様の望みは叶い、スプリガンは皆、あなたの味方ですぞ」
「そう」

 しかし、スフィアは何か様子がおかしい。

「あの、おじさま」
「どうなされたかな」
「あなたは、どなたですか」

 スフィアは、記憶を失っていた。


 レアにも言われていた、最悪の事態だ。

「いいかい、お前さんたち。魔熱は体内の魔力が足りない状態というのは言ったね。じゃあ、その足りない魔力を補おうとするのがヒトの体の仕組みさ。足りない魔力は」

 そう言いつつ、レアは自身のこめかみの辺りを左手の人差し指でこつ、こつと叩いた。

「脳から供給する、つまり、分けてもらうって事さな」

 脳からの代替魔力の供給には、リスクが伴う。脳の魔力は、ヒトの記憶の維持や整頓などの作業に密接に関わっており、魔力を体に供給するために脳の魔力が不足した場合、記憶がなくなる可能性があるのだ。

「もし、そうなったらどうすれば良いのだ」
「きっかけになる、何か。場所でも良いけど、強く印象に残るような人なら、あるいは」


 ゼロは、目を覚ました。

 辺りは真っ暗だ。

「人形くん、入るぞ」

 シュット=バーニングだ。彼はゼロという魔法人形の暴走を止め、身柄を拘束した手柄により出世を果たしていた。
 もっとも、実際には暴走など止めていない。暴走を止めたのはもちろん、ゼロ自身だ。しかし、証拠さえあれば無罪は有罪になる。証拠とは、証人だ。
 いかにも怪しい人形のゼロの主張は、金で買われた証人の嘘に負けた。

「キミの非道を粛正した事は、私に大きな責任を与えた。今の私の立場は、そろそろ覚えたかね」
「特務執行、えっと」
「えっと、は要らないと言っただろう」

 鞭が飛ぶ。

「特務執行監査長だ。つまり、キミという案件の全権を掌握している。この意味が分かるか」
「ボクは、反省しています」
「質問には質問で」

 答えろ、と鞭を握る右手を、誰かが掴んだ。

 シュットの右腕として抜擢された、トリシムという優男やさおとこだ。

「先生のお手を汚すわけには参りません」

 そしてトリシムが、シュットに代わりゼロに近付いた。

「やあ、ゼロくん」

 ゼロは返事をしない。この男の本性を、嫌と言うほど知っていたからだ。

「気分はどうだい」

 2回無視すると、1回だけ正拳突きが来る。答えると、そのたびに正拳突きだ。つまり、トリシムは何も話させたくないのであった。

 そして2回沈黙したために、トリシムは正拳突きをゼロの腹に叩き込んだ。

「また犬になって、炎を吐きなよ」

 たまに、アドリブで正拳突きを入れる。要するに、トリシムは理不尽を人にしたような性格なのだ。

「じゃあね、人形くん。また来るよ」

 取り調べという名目で、こうした時間が1日に2度ある。しかしこのような有り様であり、取り調べになっていた事など一度もないのだ。

 ゼロは、あれから一度も暴走していない。

 しかし、ゼロが無実になる日は遠い先にあるかないか、そんな現実があるばかりなのであった。
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