マテリアー

永井 彰

文字の大きさ
66 / 100
グランド・アーク

アタック・カード

しおりを挟む
 スプスーが、口を開く。

「そういえば、ボクちん、かばんにいる意味はもうないプリよ」

 一同は、スプスーの所在に気を配ることをすっかり忘れていたのだ。

「静かに。ケルベロスの聴覚は人間よりは鋭い。変にしゃべると」

 天井が崩れ、一行は下に落ちた。

「ね、こうなるでしょ」

 マジルはスプスーがいるかばんに皮肉を投げ掛けた。


「ちいっ、エサが来たと思ってやがる」

 ワルガーの視線の先には、口からヨダレをだらだら垂らしたケルベロスの巨大な口があるのだった。

「食べられたら、流石に死ぬだろうな」
「おっさん。当たり前を言う暇で犬人間を出せ。ああ、犬と犬でややこしいなァ」

 正確にはスプリガンは犬ではないが、スプスーは反論するのを控えることにした。改善の余地がないので、受け入れる方針に変えたのだ。

「スプスーさんに考えがあるプリ」

 かばんから出してもらいつつ、スプスーが言いながら取り出したのは護符だ。

「悪魔呼びか。だが悪魔は地獄の番犬に勝るか」
「いや、おそらくデーモンじゃ負けるプ」
「なら、どうするの」
「コイツの使い道は、まだあるんだプリ」

 攻撃魔紙アタック・カード
 魔力を込めた護符を武器として使う、スプスーが独自に編み出した戦い方だ。

「ワーちんたちには、すばしっこくて使わなかったのプ」
「なら、俺らはバックアップに回るぜ」

 ワルガーたちはケルベロスの視野の外に駆けていく。5メートルはある巨大な番犬に対する、撹乱かくらん戦略だ。

「なるべく散らばれ。とばっちりパーティー・キルには気を付けろよ」
「言われずとも」
「相手は強い。気を抜かないで」

 スプスーが狙うのは、ケルベロスのつのだ。
 角を持つ哺乳類の多くは、その角は骨である。ケルベロスは哺乳類かは分からないが、事前に得たレアの情報によれば、骨らしいのである。

 護符でも切断、最悪でも砕けるように、かなりの魔力を護符に込めなければならない。
 鏡の塔でもそうだったが、魔力の充填には時間が必要なのだ。


 だが、ケルベロスは3つの顔を持つ強敵。当然、生半可な陽動や撹乱は通用しないのだ。

 右の顔が、炎を吹き出した。
 大理石で出来た犬部屋が燃える事はないが、ダランたち人間にとっては大いなる脅威だ。

「なんとしても隙を作れ。目や足元を狙っていけ」

 ダランが司令塔となる。ある程度の広さがある一般的な空間では、ダランの実戦経験は相当に生きていた。

「それはそうだが、敵さんも中々だな」

 ワルガーは息を弾ませていた。

 3つの首からは炎や氷の息、あるいは噛みつき。尻尾の振り回しや足踏み、けたぐりなど、たった一匹の魔物とはいえ、その攻撃は多彩で攻めいるチャンスは少ないのだ。


「よし、今だ」

 ダランは大きく跳躍した。目の前にはケルベロスの目。

竜閃ナイフ

 竜翼槍ドラコを横一文字に振り切り、左首の右目に傷を与えたのだ。

 だが、空中にいるのは無防備。すかさずケルベロスの左足、そしてそこに備わった刃のごとき爪がダランに遅いかかった。

「マジル、任せましたよ」

 ダランは、戦闘の達人だ。
 周囲を確認し、動ける者を把握する事など造作もない。
 そして、ダランの言葉に続きマジルはダランを抱えて、落下の軌道を大きく逸らした。

 特に大きな敵に対しては、攻撃だけが全てではない。
 攻撃に当たらず、避ける。回復する方法がスプスーの魔法くらいしかないこのパーティーにとっては、殊更に重要な戦い方だ。

「助かった」
「考えて動け、エロジジイ」

 鍛え上げた殺し屋の金的がダランを襲う。しかし、それもまたもっともなのだった。


 しかし、成果もあった。
 ダランが作った隙を縫い、スプスーもまたケルベロスの左首の角に向かってアタック・カードを投げ、その先端を切断したのだ。

 手が空いたワルガーが、落ちてきた角をキャッチした。

「後は、とんずらするだけだな。マジル、案内を頼んだ」
「分からない」
「あ?」
「私は、屋根裏のルートしか知らない」

 完全なる詰めの甘さだ。扉から出れば当然、王宮の兵士などがいるだろう。

「いや。案外、王宮には今、誰もいないんじゃないか」

 ダランは、戦いにもかかわらず誰も気付かない不自然さに目を付けた。


「スプスー殿、生命探知ソウル・アイは使えるか」
「もちろんプリ、しかも今やってみたら、確かに誰もいないプリ」
僥倖ぎょうこう。このまま、部屋から出て帰るとすっか」

 一同がいる犬部屋は、ケルベロスを収容するための大扉と、人が通れるだけの普通の扉があった。そして、ケルベロスまで追って来ないよう、普通の扉から次々に脱出するのだった。


 運の良い事に、ワレスやその配下は何らかの理由でどこかに出払っているのだろう。一行はほっと安心しながら、帰路に着いたのだった。
 帰路においても、大きな戦いはなかった。
 道中、一度だけ乗合馬車が盗賊団に襲われたが、ワルガーが拳で一掃すると、一般市民らしき他の客たちからは感謝の拍手をされるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...