マテリアー

永井 彰

文字の大きさ
76 / 100
グランド・アーク

拳の会話

しおりを挟む
 ワルガーは、スフィアを守りながらの戦いである。その事は確実に彼の戦いを不利にしていた。

(コイツは強い。誰でも良い、サポートに来てくれ)

 ワルガーは必死だ。
 騎士としても大盗賊としても、誰かを守る事など想定していなかったのだ。

「おやおやぁ、女を守るのに夢中でガードがお留守だぜ」

 言うなり、タビウンはワルガーの腹部に渾身こんしんのボディーブローを決めた。

「かっはっ」
「しゃあしゃっしゃあ」

 ストリートファイトでもしていたのか、タビウンは剣がなくても強い。気合いの掛け声にも、妙にしっかりと年季が入っていた。
 そして、全く隙のないラッシュ。
 ワルガーはまるで、格闘家と戦っているかのような感覚に陥った。

「ひゅ、ひゅ」
「そりゃ、息も上がるよな。俺がくぐった地獄の入り口にようこそ」

 ワルガーは早くも、ボロボロに傷だらけだ。

(呼吸。とにかく、呼吸だ。焦りが呼吸に出てしまう癖を、なんとかしていかねえとな)

「ワルガーさん、頑張ってください」

 スフィアからの声援が、唯一の味方だ。


「別に盗賊さんでいいよ」

 そこからワルガーは、吹っ切れた。

(呼吸なんて気にしなくて良い。集中だ。集中すれば、相手の拳が当たろうが構わない。それ以上に俺の拳を打つ。打って打って、打ちまくるだけなんだよ)

「ようようようようよう」
「ぐあっ。な、何い」

 ワルガーの連続ジャブだ。受けたら、相手はもう重症状態。集中による、とんでもない連射力がここに来て誕生したのだ。

「ワルガーさん、後少し、もう一歩です」
「うるせえぞ。男と男のガチンコなんだからさ」

 しかし、タビウンもタビウンで凄く強いメンタルを持っている。

「すっはあ、すっすっすっ」

 呼吸を変化させ、相手にペースを悟らせない緩急。それがどうやら、タビウンの格闘の個性のようだ。

「すうっ、すっすっ、こーふこっ」

 ワルガーも瞬間のやり取りで、相手の技術を学び取り始めたのだ。

「さあ、果たし合うぞ」
「がってんだよ」

 どちらからともなく、フックの応酬が始まった。脇と脇。守りが薄くなり気味の、互いの弱味を正々堂々、公平に攻め合い始めた。

「らうらうらうらう」
「ちゅちゅちゅちゅ」

 とんでもないデッドヒートに、思わず囚人たちもすっかり観客みたいになっていた。

「そこ、そんなんでそれはあれだろう」
「はい、はいはい、は、違う違う」
「せめぎ合ってんじゃねえ。殺し合いだろうが。なんでだよ。なんでそんなだ」

 フックはまだ、止まらない。
 互いに、脇腹がなくなったんじゃないかと言うくらいの激痛との戦いともなってきた。
 踏ん張るしかない。踏ん張るしかない時間の始まりなのである。

「ほふっ、ほー、ほっほふっふっほ」
「しゅうううう、しゅっ、しゅんく」

 終わらないフックは次第にその激しさを増していく。
 前よりも強いフック。更に強く、そして速く。
 フックに洗礼を受けたフックの神かのように二人はバカになって、ただただケンカしていた。

「よし、よししゅしゅっふー」
「いよいよいよいよ、いーっ」

 一体、どれだけの間、フックの時間は続くのか。それはワルガーにも、タビウンにも、そしてスフィアにも分からなかった。

「しょんしゅん、しょんしゅん」
「うっうっう。うっ、うっうっ」

  フックとフック。つまり大砲と大砲だ。大砲の打ち合いが終わるのは、合戦の大将が負けたとき。大将とは、ワルガーの脇とタビウンの脇なのだ。

「勝てる勝てる、勝てるぞ、うー」
「強い強い心、強い強い、強い心」

 掛け声でなく、もはや自らとのトーク。忍耐の向こう側にあるのは、もうそんな空間だ。

 互いのフックにキレがなくなってきても、何も終わらない。始まっているからだ。それは、フックという脇の祭りの始まりなのだ。

「ぐんっ、ぐんぐんと、ぐんぐん」
「そおいやそいやそおい、そやっ」

「ワルガーさん、負けないで。そして、勝ってくださいね」

 スフィアの声にも、思わず緊張が増してきた。フックの祭典は、見る者に劇的な神経の作用をもたらしているかのように思えた。

「はなはなはなはなはな、はなぁ」
「きんきんき、きんきん、ききき」

 勝負は完全に拮抗していた。フックという雷神を飼い慣らすのは、まだどちらとも決定していなかった。どうしても、譲れないという思いのフックが互いを支え続けているのではないかという数奇な構図にも見えるほど、それは完ぺきに互角の戦いとなっていた。

「ますます、ますまっすまっす」
「きゃらまきゃら、まききゃま」

 互いに全身が紅潮していた。フックによる痛みか戦いの興奮か、あるいはその両方なのかもしれなかった。

「ずわ、ずわっずわ、ずわわっ」
「なろなろな、なろな、ななろ」

 理屈はどこにもない。フックでなければならない時間でなくとも、フックは二人の土俵となっていた。

「腕腕、腕よ腕腕腕、腕、腕よ」
「肉肉肉筋肉、筋肉、肉筋肉肉」

 二人とも手加減してなどいない。手加減した瞬間に、そちらが倒れるほどギリギリだ。

「かっか、かかかっ、かあっか」
「みねみねみみ、みみねみ、ね」

 戦いは終わらないのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...