マテリアー

永井 彰

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グランド・アーク

拳の会話

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 ワルガーは、スフィアを守りながらの戦いである。その事は確実に彼の戦いを不利にしていた。

(コイツは強い。誰でも良い、サポートに来てくれ)

 ワルガーは必死だ。
 騎士としても大盗賊としても、誰かを守る事など想定していなかったのだ。

「おやおやぁ、女を守るのに夢中でガードがお留守だぜ」

 言うなり、タビウンはワルガーの腹部に渾身こんしんのボディーブローを決めた。

「かっはっ」
「しゃあしゃっしゃあ」

 ストリートファイトでもしていたのか、タビウンは剣がなくても強い。気合いの掛け声にも、妙にしっかりと年季が入っていた。
 そして、全く隙のないラッシュ。
 ワルガーはまるで、格闘家と戦っているかのような感覚に陥った。

「ひゅ、ひゅ」
「そりゃ、息も上がるよな。俺がくぐった地獄の入り口にようこそ」

 ワルガーは早くも、ボロボロに傷だらけだ。

(呼吸。とにかく、呼吸だ。焦りが呼吸に出てしまう癖を、なんとかしていかねえとな)

「ワルガーさん、頑張ってください」

 スフィアからの声援が、唯一の味方だ。


「別に盗賊さんでいいよ」

 そこからワルガーは、吹っ切れた。

(呼吸なんて気にしなくて良い。集中だ。集中すれば、相手の拳が当たろうが構わない。それ以上に俺の拳を打つ。打って打って、打ちまくるだけなんだよ)

「ようようようようよう」
「ぐあっ。な、何い」

 ワルガーの連続ジャブだ。受けたら、相手はもう重症状態。集中による、とんでもない連射力がここに来て誕生したのだ。

「ワルガーさん、後少し、もう一歩です」
「うるせえぞ。男と男のガチンコなんだからさ」

 しかし、タビウンもタビウンで凄く強いメンタルを持っている。

「すっはあ、すっすっすっ」

 呼吸を変化させ、相手にペースを悟らせない緩急。それがどうやら、タビウンの格闘の個性のようだ。

「すうっ、すっすっ、こーふこっ」

 ワルガーも瞬間のやり取りで、相手の技術を学び取り始めたのだ。

「さあ、果たし合うぞ」
「がってんだよ」

 どちらからともなく、フックの応酬が始まった。脇と脇。守りが薄くなり気味の、互いの弱味を正々堂々、公平に攻め合い始めた。

「らうらうらうらう」
「ちゅちゅちゅちゅ」

 とんでもないデッドヒートに、思わず囚人たちもすっかり観客みたいになっていた。

「そこ、そんなんでそれはあれだろう」
「はい、はいはい、は、違う違う」
「せめぎ合ってんじゃねえ。殺し合いだろうが。なんでだよ。なんでそんなだ」

 フックはまだ、止まらない。
 互いに、脇腹がなくなったんじゃないかと言うくらいの激痛との戦いともなってきた。
 踏ん張るしかない。踏ん張るしかない時間の始まりなのである。

「ほふっ、ほー、ほっほふっふっほ」
「しゅうううう、しゅっ、しゅんく」

 終わらないフックは次第にその激しさを増していく。
 前よりも強いフック。更に強く、そして速く。
 フックに洗礼を受けたフックの神かのように二人はバカになって、ただただケンカしていた。

「よし、よししゅしゅっふー」
「いよいよいよいよ、いーっ」

 一体、どれだけの間、フックの時間は続くのか。それはワルガーにも、タビウンにも、そしてスフィアにも分からなかった。

「しょんしゅん、しょんしゅん」
「うっうっう。うっ、うっうっ」

  フックとフック。つまり大砲と大砲だ。大砲の打ち合いが終わるのは、合戦の大将が負けたとき。大将とは、ワルガーの脇とタビウンの脇なのだ。

「勝てる勝てる、勝てるぞ、うー」
「強い強い心、強い強い、強い心」

 掛け声でなく、もはや自らとのトーク。忍耐の向こう側にあるのは、もうそんな空間だ。

 互いのフックにキレがなくなってきても、何も終わらない。始まっているからだ。それは、フックという脇の祭りの始まりなのだ。

「ぐんっ、ぐんぐんと、ぐんぐん」
「そおいやそいやそおい、そやっ」

「ワルガーさん、負けないで。そして、勝ってくださいね」

 スフィアの声にも、思わず緊張が増してきた。フックの祭典は、見る者に劇的な神経の作用をもたらしているかのように思えた。

「はなはなはなはなはな、はなぁ」
「きんきんき、きんきん、ききき」

 勝負は完全に拮抗していた。フックという雷神を飼い慣らすのは、まだどちらとも決定していなかった。どうしても、譲れないという思いのフックが互いを支え続けているのではないかという数奇な構図にも見えるほど、それは完ぺきに互角の戦いとなっていた。

「ますます、ますまっすまっす」
「きゃらまきゃら、まききゃま」

 互いに全身が紅潮していた。フックによる痛みか戦いの興奮か、あるいはその両方なのかもしれなかった。

「ずわ、ずわっずわ、ずわわっ」
「なろなろな、なろな、ななろ」

 理屈はどこにもない。フックでなければならない時間でなくとも、フックは二人の土俵となっていた。

「腕腕、腕よ腕腕腕、腕、腕よ」
「肉肉肉筋肉、筋肉、肉筋肉肉」

 二人とも手加減してなどいない。手加減した瞬間に、そちらが倒れるほどギリギリだ。

「かっか、かかかっ、かあっか」
「みねみねみみ、みみねみ、ね」

 戦いは終わらないのだった。
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