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グランド・アーク
槍戦
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外壁沿いを走るダランの前に、またしても敵が立ちはだかった。
トリシム=カズーヒーク。
シュット=バーニングの右腕と称される男だ。そして、その左手には細槍が握られていた。
「誰か来る気が、してたんですよ」
「こちらで正解、と言ってるのか?」
「さあ。力ずくで聞いてみてください」
ダランは翼竜槍を構え、間合いを測り始めた。トリシムもそれに続く。
互いの実力は並んでいた。だが僅かにダランが先に流れを読み、そうだと主張する形で戦いは始まったのだ。
大槍のドラコに比べると、トリシムの得物は幾らか貧弱に見えた。しかし隙を見せないトリシムの構えにより、その貧弱さは大きく補われている。
「嬉しいなあ、槍使いと戦れるなんて」
トリシムは、元はママルマラ保守派が期待する政界のエースだ。
幼い頃から文武両道の英才教育で育ったため、教養も武芸も並み以上に出来る。そうなるように期待され続けてきたのだ。
しかし小さい頃からトリシムは、自らは期待に応えられる器ではないという事に気付いていた。才能を錯覚し、自尊心にだけは溢れた保守派の大人たちに囲まれて、いつかこのままでは無意味な理不尽に押し潰されるという不安が常に彼には付きまとっていた。
「よし、一、二、そこで足を止めない」
槍術の師匠。シュットとの出会いは、そうした形だった。当時、トリシムは14歳。16年前の事だ。
「シュットさん。そんなのボクでは無理です」
「いいや。トリシムくん、キミは勘違いしている。才能のない人間なんていない。隙をなくすんだ。それだけでキミは強くなれるぞ」
トリシムは気乗りせず、適当に稽古をしていた。しかしシュットはそんな彼を見抜いていたのだ。
「おい、トリシム。膝が緩みすぎだ」
「トリシム。稽古を増やすぞ」
「やめても良い、トリシム。だが二度と来るな」
「トリシム、それじゃ気合いになってない」
トリシムはすぐには強くならなかった。文武両道ではあるトリシムだが、槍だけは本当に苦手で、習得するのに非常に時間が掛かったのだ。
しかし、だからこそトリシムはシュットとの信頼関係を得たのだと確信している。
「竜閃」
「ん、ちょろくないか?」
トリシムは粗末な細槍で、翼竜槍をいなした。てこの原理のような戦い方だ。最低限の力で、大きな力の軌道をずらす。
「そんな槍で、やるじゃないか青年」
「減らず口を」
変わった足さばきで、トリシムはダランを翻弄し始めた。左に動くか右に動くか、前に進むか後ろに下がるか。それを悟らせない、しかし気にさせる動きにより一撃の隙を作り出しているのだ。
「あんたが竜なら・・・蜂羽」
ハチのように無軌道な軌道から繰り出される、毒針のように厳しい打突だ。
「ぬ、読みきれん」
肩を掠めただけのはずが、ダランの皮膚は深く切れた。それほどに鋭い打突なのだ。
ダランは豪快な攻撃を得意とするが、繊細な動きは天敵だ。まさに竜と蜂、天敵同士の宿命を思わせる、異常な緊張感が場を支配していた。
「ゼロくんは、どこだね」
「だから、それも勝ってからだ」
あくまで正々堂々の勝負を望むのだろう。そうした心構えはやはり、保守らしくはあるのだ。
トリシムが保守派を離れたのは、シュットという指導者のための離反だ。彼は、シュットの革命により開かれるママルマラの新時代に保守派となる事こそが、本当の保守だと考えている。
つまり、保守のために革命を助けるのがトリシムの目的だ。シュットはそれを理解した上で、トリシムの優秀さを選んだ。
革新と保守が手を結ぶ。これが革命において起こるのは、一つの強い力となる。理由がなんであれ、歴史は多数決の原理。そうである以上、支持者が多数付く事こそが正義となるわけだ。
ダランは、腹を括った。若いとは言え、勝つべき敵なのだと言う事を、理解したのだ。
「翼竜槍は、竜の鱗で出来ている。だから、多少の無茶には耐えてくれるんだ」
そう言うと、ダランは今までに見たこともない動きを始めた。翼竜槍の持ち方を変えたのだ。
バイクのハンドルを握るかのように、両手で翼竜槍の突起を掴んだ。
その直後、トリシムは黒焦げになった。
「電磁竜閃。すまない。なんでもアリ、なのだよ」
起きた事はこうだ。
翼竜槍には、科学的な電流装置が内臓されている。それを突起に付属しているレバーを強く押し込む事により、作動させたのである。
しかし電気は有限だ。つまり充電を要する。ダランの翼竜槍に内臓された電流装置は余りに強力なために、2回使うだけで電気がカラになってしまう。
「キミは強かった。だから、奥の手をやった。ゼロくんは、自分で探すよ」
黒焦げになったトリシムが、返事を出来るかはダランには分からないのだった。
「トリシムは、やられたか」
空中から、シュットは全てを見ていた。
「まあ良い。あれに苦戦するなら、やはりダランなど恐れるに足らん」
問題はゼロだ―――そう呟くシュットなのだった。
トリシム=カズーヒーク。
シュット=バーニングの右腕と称される男だ。そして、その左手には細槍が握られていた。
「誰か来る気が、してたんですよ」
「こちらで正解、と言ってるのか?」
「さあ。力ずくで聞いてみてください」
ダランは翼竜槍を構え、間合いを測り始めた。トリシムもそれに続く。
互いの実力は並んでいた。だが僅かにダランが先に流れを読み、そうだと主張する形で戦いは始まったのだ。
大槍のドラコに比べると、トリシムの得物は幾らか貧弱に見えた。しかし隙を見せないトリシムの構えにより、その貧弱さは大きく補われている。
「嬉しいなあ、槍使いと戦れるなんて」
トリシムは、元はママルマラ保守派が期待する政界のエースだ。
幼い頃から文武両道の英才教育で育ったため、教養も武芸も並み以上に出来る。そうなるように期待され続けてきたのだ。
しかし小さい頃からトリシムは、自らは期待に応えられる器ではないという事に気付いていた。才能を錯覚し、自尊心にだけは溢れた保守派の大人たちに囲まれて、いつかこのままでは無意味な理不尽に押し潰されるという不安が常に彼には付きまとっていた。
「よし、一、二、そこで足を止めない」
槍術の師匠。シュットとの出会いは、そうした形だった。当時、トリシムは14歳。16年前の事だ。
「シュットさん。そんなのボクでは無理です」
「いいや。トリシムくん、キミは勘違いしている。才能のない人間なんていない。隙をなくすんだ。それだけでキミは強くなれるぞ」
トリシムは気乗りせず、適当に稽古をしていた。しかしシュットはそんな彼を見抜いていたのだ。
「おい、トリシム。膝が緩みすぎだ」
「トリシム。稽古を増やすぞ」
「やめても良い、トリシム。だが二度と来るな」
「トリシム、それじゃ気合いになってない」
トリシムはすぐには強くならなかった。文武両道ではあるトリシムだが、槍だけは本当に苦手で、習得するのに非常に時間が掛かったのだ。
しかし、だからこそトリシムはシュットとの信頼関係を得たのだと確信している。
「竜閃」
「ん、ちょろくないか?」
トリシムは粗末な細槍で、翼竜槍をいなした。てこの原理のような戦い方だ。最低限の力で、大きな力の軌道をずらす。
「そんな槍で、やるじゃないか青年」
「減らず口を」
変わった足さばきで、トリシムはダランを翻弄し始めた。左に動くか右に動くか、前に進むか後ろに下がるか。それを悟らせない、しかし気にさせる動きにより一撃の隙を作り出しているのだ。
「あんたが竜なら・・・蜂羽」
ハチのように無軌道な軌道から繰り出される、毒針のように厳しい打突だ。
「ぬ、読みきれん」
肩を掠めただけのはずが、ダランの皮膚は深く切れた。それほどに鋭い打突なのだ。
ダランは豪快な攻撃を得意とするが、繊細な動きは天敵だ。まさに竜と蜂、天敵同士の宿命を思わせる、異常な緊張感が場を支配していた。
「ゼロくんは、どこだね」
「だから、それも勝ってからだ」
あくまで正々堂々の勝負を望むのだろう。そうした心構えはやはり、保守らしくはあるのだ。
トリシムが保守派を離れたのは、シュットという指導者のための離反だ。彼は、シュットの革命により開かれるママルマラの新時代に保守派となる事こそが、本当の保守だと考えている。
つまり、保守のために革命を助けるのがトリシムの目的だ。シュットはそれを理解した上で、トリシムの優秀さを選んだ。
革新と保守が手を結ぶ。これが革命において起こるのは、一つの強い力となる。理由がなんであれ、歴史は多数決の原理。そうである以上、支持者が多数付く事こそが正義となるわけだ。
ダランは、腹を括った。若いとは言え、勝つべき敵なのだと言う事を、理解したのだ。
「翼竜槍は、竜の鱗で出来ている。だから、多少の無茶には耐えてくれるんだ」
そう言うと、ダランは今までに見たこともない動きを始めた。翼竜槍の持ち方を変えたのだ。
バイクのハンドルを握るかのように、両手で翼竜槍の突起を掴んだ。
その直後、トリシムは黒焦げになった。
「電磁竜閃。すまない。なんでもアリ、なのだよ」
起きた事はこうだ。
翼竜槍には、科学的な電流装置が内臓されている。それを突起に付属しているレバーを強く押し込む事により、作動させたのである。
しかし電気は有限だ。つまり充電を要する。ダランの翼竜槍に内臓された電流装置は余りに強力なために、2回使うだけで電気がカラになってしまう。
「キミは強かった。だから、奥の手をやった。ゼロくんは、自分で探すよ」
黒焦げになったトリシムが、返事を出来るかはダランには分からないのだった。
「トリシムは、やられたか」
空中から、シュットは全てを見ていた。
「まあ良い。あれに苦戦するなら、やはりダランなど恐れるに足らん」
問題はゼロだ―――そう呟くシュットなのだった。
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