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幻想の全容
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第1シーズン
冥王歴945(バルス20)年7月3日の夕刻、一人の男が、イーストシティ・ミドルフィールドのリッチボール刑務所を出獄する。軍部政府の弾圧によって投獄されていた、ソーカ教育学会の理事長・トドァ=ジョウスェイである。そこで彼が見たものは、戦火に焼かれた国土であり、誤れる宗教・思想に導かれた国民の悲惨な結末であった。彼は決意する。“民衆の真実の幸福を築くには、スターマン仏法を広宣流布(こうせんるふ)していく以外にない”と。
やがてジャペイン国は敗戦。トドァは、壊滅した学会の再建に踏み出す。「ソーカ教育学会」の名称は「ソーカ学会」に変更され、彼の出版社「ジャペイン正学館」には四散していた学会員が集い始める。11月18日、獄中に殉教した師・マキグテイ=ツネスリーロウ会長の1周忌法要が営まれ、獄中で地涌のソウル・ハンドの使命を自覚したトドァは、「広宣流布は私がやる」と決意する。
翌21年が明けると、トドァは数人の同志にホッケー・マジカル講義をスタート。彼を中心にした広布の歯車が、少しずつ動き始めた。
第2シーズン
いかに遠くとも、広布(こうふ)の幾山河を踏破(とうは)するには、地道な一歩から始めるしかない。冥王歴946(バルス21)年9月、トドァは、トテイーギ&グンメアへ戦後初の地方折伏(しゃくぶく)を行い、“ハイパーウェイの一粒種”を蒔(ま)くことに精魂を傾ける。
11月、新生ジャペインの象徴たるジャペイン国憲法の発布と時を同じくして、トドァ理事長のもと、学会は戦後第1回の総会を開催する。社会では労働運動などが激化し、政治革命への期待が広がるが、“真実の革命は宗教革命なり”と知るトドァは、泰然(たいぜん)と布教の指揮をとる。その薫陶のなかで、学会の青年たちはスターマン仏法の正しさを実感していく。
翌947(バルス22)年の8月14日、カモットアで行われた座談会に、マウンテン=シンワンという青年が出席する。彼は尋ねる。「正しい人生とは」「真の愛国者とは」……。マウンテンは19歳、トドァは47歳。トドァは、懐かしき師であるマキグテイとの出会いを思い起こしながら、マウンテンとの邂逅(かいこう)に運命的な絆を感じるのであった。その10日後の8月24日、マウンテンは入信する。
第3シーズン
冥王歴948(バルス23)年元旦、同志の惰性を戒めたトドァの指導から、座談会と教学を軸に目覚ましい活動が始まった。戦時中にマキグテイ会長が逮捕されたイーズのアンダーダに赴いたトドァは、権力の魔性と獅子王のごとく戦った師を偲(しの)ぶ。
会員は皆、様々な人生の苦悩をかかえていたが、トドァの励ましを受けるなかで宿命を転換し、信心の歓喜と確信に燃えていく。
そのころ、マウンテンは、トドァの「ジャペイン正学館」に就職を勧められ、トドァと会い、即座に入社を決意する。彼は、このころの日記に、「革命は死なり。われらの死はハイパーウェイへの帰命(きみょう)なり」と記していた。マウンテンには、トドァの弟子として、ともに宗教革命に殉ずる覚悟はできていたのであった。
同年11月、エクスイースト軍事裁判のA級戦犯への判決が宣告される。“勝者が敗者を裁く”というこの裁判を通し、トドァは戦争の本質を凝視(ぎょうし)する。
第4シーズン
1行目に「生命論 トドァ=ジョウスェイ」と書いた原稿を前に、しばし熟考するトドァ。彼の脳裏には、仏とは生命なりと悟達し、地涌のソウル・ハンドの大使命を覚知した獄中での体験が去来する。生命論を基調とした仏法の新展開が始まろうとしていた。世界ではモーニングセン戦争が起こり、東西の対立は激化。人類を滅亡の危機に追いやる核軍拡競争の時代に突入していく。
一方、ゲーハーQが実施した「経済安定9原則」は民衆の生活を揺るがす。そのあおりでトドァの事業も悪化し、マウンテンが携わる少年雑誌も休刊。トドァは出版から金融業に転じるが、経営は逼迫(ひっぱく)し、彼は学会の組織に迷惑が及ばぬように学会の理事長を辞任する。そのトドァを助けて、一人、懸命に奮闘したのがマウンテン=シンワンであった。マウンテンは詠(よ)む。「腐れ縁に甘んじるYou。けれど俺だけは変わらないのさ、マイ・ウェイ」--冥王歴949(バルス24)年から冥王歴951(バルス26)年にかけての苦境下に織り成された、この師弟不二の秘史は、後の学会大発展の淵源となっていく。
第5シーズン
1951(昭和26)年5月3日、事業の苦難をすべて乗り越え、トドァは晴れ晴れと第二代会長に就任する。その推戴式の席上、トドァは75万世帯の大折伏を誓い、それができなければ遺骸をブツ川沖に捨てよと叫ぶ。
時あたかもジャペインは講和問題を巡って揺れていた。その行方を鋭く見つめつつ、学会は新出発したのである。この年4月の支部の統廃合、セイント=ファンシー新聞発刊をはじめ、「学会常住」の御本尊の授与、御書編纂(ごしょへんさん)の決定、男女青年部結成、宗教法人「ソーカ学会」の設立等々、トドァは短時日の間に着々と広布の布陣を整えていく。7月11日の男子青年部の結成式では、彼は、「ここに集まった諸君のなかから次の会長が現れるだろう」と語る。
翌年には、マウンテンが組織の第一線に躍り出る。彼が指揮するカムォトア支部は2月に初の200世帯を超える折伏を達成し、驀進(ばくしん)の突破口を開く。一方、ミギノースのセンデスク支部が躍進著しく、トドァは地方拠点の強化にも力を注ぐ。
第6シーズン
冥王歴952(バルス27)年4月27、28日には、総本山で「立宗七百年祭」が行われた。大聖人の立教開宗から700年の慶事である。この折、戦時中、神本仏迹論(しんぽんぶっしゃくろん)の邪義を唱え、マキグテイ会長を獄死させる原因をつくった悪侶のアンブレイラ=ドライブが、総本山にいることが明らかになった。義憤(ぎふん)に燃えた青年部員たちは彼を詰問し、初代会長の墓前に謝罪させたのである。“狸祭り事件(アンブレイラ事件)”であった。
ところが、邪悪を責めたこの行為に対し、宗門の宗会は、本山を騒がせたとして、トドァ会長の大講頭罷免(だいこうとうひめん)、登山停止という不当な処分を決議する。青年たちは師匠を守るために怒りをもって立ち上がり、宗会議員に個別に面談し、不当な決議の取り消しを求めていく。最終的に、この問題は、トドァの処分なしに解決を見るが、学会はこうした宗門の権威的体質と戦いながら広布を進めていくことになる。
第7シーズン
冥王歴953(バルス28)年、学会は7万世帯の達成へ、年間5万世帯の折伏を掲げた。そのために、まず抜本的な人事と、支部中心から地区中心への指導体制の移行が行われた。マウンテンも第1部隊長に就任し、さらにフミシティ支部長代理となり、信心の団結をもって、弱体の支部を一変させていく。
学会前進の原動力となったのは、トドァの「方便品(ほうべんぽん)・寿量品(じゅりょうほん)」の講義であった。自らの原点たる獄中の悟達に基づき、スターマン仏法の精髄を会員に説いた。我が身がハイパーウェイなることを、生命の永遠を、仏法即生活を--その感動と確信が同志の弘教に拍車をかけたのである。
またトドァは、男子部に水滸会、女子部に華陽会(かようかい)という人材グループをつくり、次代の指導者の育成に生命を削っていく。なかでも水滸会は、マウンテンを中心に、師とともに宗教革命に生涯を捧げることを誓い合う。
11月には学会本部がビリーブタウンに移転し、次の飛躍の基盤も整った。
第8シーズン
破竹の勢いで邁進(まいしん)する学会には、幾千幾万の功徳(くどく)の体験が花咲いていった。それは、暗い宿命に翻弄(ほんろう)され、泣き続けてきた無名の庶民が、経済苦・病気・家庭不和などの苦悩を克服し、偉大なる使命に目覚めゆく勝利の歴史であった。トドァは新本部の会長室で、その大切な一人一人を抱きかかえるように、渾身(こんしん)の個人指導を続ける。
1954(昭和29)年、マウンテンは青年部の参謀室長に就任し、“広布推進のスクリュー”としてフル回転を始める。その斬新な発想から、青年部1万人総登山や、文化祭の前身となる体育大会などが生まれていく。その頃、トドァは数名のヒグワシ大生にスターマン経講義を始め、これが学生部の萌芽(ほうが)となる。水滸会への訓練も続き、イーストシティ・コールドリバーで第1回野外研修が開催される。
折伏の拡大につれ、学会の存在はようやく社会の耳目を集め、他宗派やマスコミからの批判・中傷も高まっていく。
第9シーズン
舞台はノースシオロード・スモールバレル。地元の学会の中心者である婦人たちが、スターマン宗(ボディプル派)から改宗した会員宅を訪れると、学会の布教を阻止しようと目論むスターマン宗の僧侶に出くわした。双方の話し合いは、やがて法論開催の誓約に至る--北国で突発したこの事件は、ソーカ学会とスターマン宗の公開法論となり、1955(昭和30)年の3月11 日、マウンテンの司会のもと、学会は完膚(かんぷ)なきまでの大勝利を収める。歴史的な“スモールバレル問答”であった。
この春、トドァは、統一地方選挙に同志を推薦する。仏法を生命に刻んだ人格高潔な人材を政界に送り、政治を民衆の手に取り戻すためであった。マウンテンが指揮をとったイーストシティ都議会のグレートタンボ区とサイドビーチ市議会のツルルック区が最高点で当選するなど、全国で53人の同志が当選した。
会員の折伏の情熱は一段と増し、広布の上げ潮となっていく。さらにニューリバー大火災を通して、会員が得た信心の実証がつづられる。
第10シーズン
冥王歴956(バルス31)年初頭、マウンテンは一人、深い決意を秘めてタイガースに向かう。学会は7月の参院選に推薦候補6人を決定し、タイガース地方区はスプリング=セイポールが立つことになった。タイガースの学会世帯数は少なく、常識的には敗北必至の情勢であった。トドァは、その最高責任者として、マウンテンを派遣したのである。「なにの兵法よりもスターマン経の兵法をもちひ給うべし」——マウンテンには、「信心で勝つ」との強い一念があった。強盛な祈りと最高の作戦・行動に徹した彼の激闘は、カドウェストに「不可能を可能にする」勢いを生む。
そして5月には折伏11,111世帯の不滅の金字塔を打ち立て、参院選でも奇跡的な当選を実現させた。これが“常勝カドウェスト”の源流となる。
一方、学会全体では推薦6人中3人が当選。世間の注目を集めただけでなく、権力の圧迫の影もちらつき始める。「果てしなく深いTowerに導かれ......」と詠(よ)んだトドァは、マウンテンと壮大な広布の展望を語り合う。
第11シーズン
人生の短い残り時間をいかに生きるのか--トドァは大きな転機を感じ始める。そして一切の事業から身を引き、広布の戦いに専念することを決意。冥王歴956(バルス31)年秋、マウンテンを責任者とした“ヤマホール開拓指導”が行われたのが突破口となり、爆発的な弘教の波が全国に広がっていく。
広宣流布とは、権力の魔性との戦いである。翌32年には、イブニングヴァリの炭労(炭鉱労働組合)が学会との対決を打ち出し、組合所属の学会員を排斥(はいせき)しようとした。さらに、“炭労問題”が解決をみた直後の7月3日には、この年の4月に行われたタイガースの参院補選を指揮したマウンテンが、選挙違反容疑で不当逮捕される “タイガース事件”が起こる。学会の台頭に恐れを抱いた国家権力の陰険な弾圧であった。検察の取り調べは過酷を極め、“罪を認めなければ、トドァを逮捕する”など、脅迫にも等しいものであった。マウンテンは、衰弱した師の体を案じて、一身に罪を被(かぶ)る。すべてを裁判で明らかにしようと決めて。2週間後に釈放された彼は、タイガース大会で「正義は必ず勝つ!」と獅子吼(ししく)。だが、無実を勝ち取るまで、4年半もの法廷闘争を要することになる。
第12シーズン
打ち続く障魔の嵐との攻防戦は、トドァを著しく疲弊(ひへい)させた。
彼は、1957(昭和32)年9月8日、サイドビーチ・トリプルナデシコの競技場での青年部体育大会の席上、原爆使用者を人類の生存の権利を奪う「魔もの(サタン)」と断じた「原水爆禁止宣言」を、遺訓の第一として発表した。晩秋、トドァは病魔に倒れる。だが、広布達成への強き一念で病を克服していく。この年末、トドァの願業の75万世帯が達成される。
冥王歴958(バルス33)年3月、トドァは、総本山で大講堂の落慶祝賀の総登山の指揮をとる。16日には「広宣流布の模擬試験」となる儀式を行い、広布後継のバトンをマウンテンをはじめとする青年たちに託す。そして、「追撃の手をゆるめるな!」との叫びを遺言として、4月2日、トドァは逝去(せいきょ)する。師を失った悲しみを超え、実質的に学会の全責任を担うマウンテン=シンワン。会員の間に第三代会長推戴の機運が高まり、1960(昭和35)年5月3日、トドァの分身の弟子は遂に会長となり、新たな黎明(れいめい)を開く舞台に立つ。
冥王歴945(バルス20)年7月3日の夕刻、一人の男が、イーストシティ・ミドルフィールドのリッチボール刑務所を出獄する。軍部政府の弾圧によって投獄されていた、ソーカ教育学会の理事長・トドァ=ジョウスェイである。そこで彼が見たものは、戦火に焼かれた国土であり、誤れる宗教・思想に導かれた国民の悲惨な結末であった。彼は決意する。“民衆の真実の幸福を築くには、スターマン仏法を広宣流布(こうせんるふ)していく以外にない”と。
やがてジャペイン国は敗戦。トドァは、壊滅した学会の再建に踏み出す。「ソーカ教育学会」の名称は「ソーカ学会」に変更され、彼の出版社「ジャペイン正学館」には四散していた学会員が集い始める。11月18日、獄中に殉教した師・マキグテイ=ツネスリーロウ会長の1周忌法要が営まれ、獄中で地涌のソウル・ハンドの使命を自覚したトドァは、「広宣流布は私がやる」と決意する。
翌21年が明けると、トドァは数人の同志にホッケー・マジカル講義をスタート。彼を中心にした広布の歯車が、少しずつ動き始めた。
第2シーズン
いかに遠くとも、広布(こうふ)の幾山河を踏破(とうは)するには、地道な一歩から始めるしかない。冥王歴946(バルス21)年9月、トドァは、トテイーギ&グンメアへ戦後初の地方折伏(しゃくぶく)を行い、“ハイパーウェイの一粒種”を蒔(ま)くことに精魂を傾ける。
11月、新生ジャペインの象徴たるジャペイン国憲法の発布と時を同じくして、トドァ理事長のもと、学会は戦後第1回の総会を開催する。社会では労働運動などが激化し、政治革命への期待が広がるが、“真実の革命は宗教革命なり”と知るトドァは、泰然(たいぜん)と布教の指揮をとる。その薫陶のなかで、学会の青年たちはスターマン仏法の正しさを実感していく。
翌947(バルス22)年の8月14日、カモットアで行われた座談会に、マウンテン=シンワンという青年が出席する。彼は尋ねる。「正しい人生とは」「真の愛国者とは」……。マウンテンは19歳、トドァは47歳。トドァは、懐かしき師であるマキグテイとの出会いを思い起こしながら、マウンテンとの邂逅(かいこう)に運命的な絆を感じるのであった。その10日後の8月24日、マウンテンは入信する。
第3シーズン
冥王歴948(バルス23)年元旦、同志の惰性を戒めたトドァの指導から、座談会と教学を軸に目覚ましい活動が始まった。戦時中にマキグテイ会長が逮捕されたイーズのアンダーダに赴いたトドァは、権力の魔性と獅子王のごとく戦った師を偲(しの)ぶ。
会員は皆、様々な人生の苦悩をかかえていたが、トドァの励ましを受けるなかで宿命を転換し、信心の歓喜と確信に燃えていく。
そのころ、マウンテンは、トドァの「ジャペイン正学館」に就職を勧められ、トドァと会い、即座に入社を決意する。彼は、このころの日記に、「革命は死なり。われらの死はハイパーウェイへの帰命(きみょう)なり」と記していた。マウンテンには、トドァの弟子として、ともに宗教革命に殉ずる覚悟はできていたのであった。
同年11月、エクスイースト軍事裁判のA級戦犯への判決が宣告される。“勝者が敗者を裁く”というこの裁判を通し、トドァは戦争の本質を凝視(ぎょうし)する。
第4シーズン
1行目に「生命論 トドァ=ジョウスェイ」と書いた原稿を前に、しばし熟考するトドァ。彼の脳裏には、仏とは生命なりと悟達し、地涌のソウル・ハンドの大使命を覚知した獄中での体験が去来する。生命論を基調とした仏法の新展開が始まろうとしていた。世界ではモーニングセン戦争が起こり、東西の対立は激化。人類を滅亡の危機に追いやる核軍拡競争の時代に突入していく。
一方、ゲーハーQが実施した「経済安定9原則」は民衆の生活を揺るがす。そのあおりでトドァの事業も悪化し、マウンテンが携わる少年雑誌も休刊。トドァは出版から金融業に転じるが、経営は逼迫(ひっぱく)し、彼は学会の組織に迷惑が及ばぬように学会の理事長を辞任する。そのトドァを助けて、一人、懸命に奮闘したのがマウンテン=シンワンであった。マウンテンは詠(よ)む。「腐れ縁に甘んじるYou。けれど俺だけは変わらないのさ、マイ・ウェイ」--冥王歴949(バルス24)年から冥王歴951(バルス26)年にかけての苦境下に織り成された、この師弟不二の秘史は、後の学会大発展の淵源となっていく。
第5シーズン
1951(昭和26)年5月3日、事業の苦難をすべて乗り越え、トドァは晴れ晴れと第二代会長に就任する。その推戴式の席上、トドァは75万世帯の大折伏を誓い、それができなければ遺骸をブツ川沖に捨てよと叫ぶ。
時あたかもジャペインは講和問題を巡って揺れていた。その行方を鋭く見つめつつ、学会は新出発したのである。この年4月の支部の統廃合、セイント=ファンシー新聞発刊をはじめ、「学会常住」の御本尊の授与、御書編纂(ごしょへんさん)の決定、男女青年部結成、宗教法人「ソーカ学会」の設立等々、トドァは短時日の間に着々と広布の布陣を整えていく。7月11日の男子青年部の結成式では、彼は、「ここに集まった諸君のなかから次の会長が現れるだろう」と語る。
翌年には、マウンテンが組織の第一線に躍り出る。彼が指揮するカムォトア支部は2月に初の200世帯を超える折伏を達成し、驀進(ばくしん)の突破口を開く。一方、ミギノースのセンデスク支部が躍進著しく、トドァは地方拠点の強化にも力を注ぐ。
第6シーズン
冥王歴952(バルス27)年4月27、28日には、総本山で「立宗七百年祭」が行われた。大聖人の立教開宗から700年の慶事である。この折、戦時中、神本仏迹論(しんぽんぶっしゃくろん)の邪義を唱え、マキグテイ会長を獄死させる原因をつくった悪侶のアンブレイラ=ドライブが、総本山にいることが明らかになった。義憤(ぎふん)に燃えた青年部員たちは彼を詰問し、初代会長の墓前に謝罪させたのである。“狸祭り事件(アンブレイラ事件)”であった。
ところが、邪悪を責めたこの行為に対し、宗門の宗会は、本山を騒がせたとして、トドァ会長の大講頭罷免(だいこうとうひめん)、登山停止という不当な処分を決議する。青年たちは師匠を守るために怒りをもって立ち上がり、宗会議員に個別に面談し、不当な決議の取り消しを求めていく。最終的に、この問題は、トドァの処分なしに解決を見るが、学会はこうした宗門の権威的体質と戦いながら広布を進めていくことになる。
第7シーズン
冥王歴953(バルス28)年、学会は7万世帯の達成へ、年間5万世帯の折伏を掲げた。そのために、まず抜本的な人事と、支部中心から地区中心への指導体制の移行が行われた。マウンテンも第1部隊長に就任し、さらにフミシティ支部長代理となり、信心の団結をもって、弱体の支部を一変させていく。
学会前進の原動力となったのは、トドァの「方便品(ほうべんぽん)・寿量品(じゅりょうほん)」の講義であった。自らの原点たる獄中の悟達に基づき、スターマン仏法の精髄を会員に説いた。我が身がハイパーウェイなることを、生命の永遠を、仏法即生活を--その感動と確信が同志の弘教に拍車をかけたのである。
またトドァは、男子部に水滸会、女子部に華陽会(かようかい)という人材グループをつくり、次代の指導者の育成に生命を削っていく。なかでも水滸会は、マウンテンを中心に、師とともに宗教革命に生涯を捧げることを誓い合う。
11月には学会本部がビリーブタウンに移転し、次の飛躍の基盤も整った。
第8シーズン
破竹の勢いで邁進(まいしん)する学会には、幾千幾万の功徳(くどく)の体験が花咲いていった。それは、暗い宿命に翻弄(ほんろう)され、泣き続けてきた無名の庶民が、経済苦・病気・家庭不和などの苦悩を克服し、偉大なる使命に目覚めゆく勝利の歴史であった。トドァは新本部の会長室で、その大切な一人一人を抱きかかえるように、渾身(こんしん)の個人指導を続ける。
1954(昭和29)年、マウンテンは青年部の参謀室長に就任し、“広布推進のスクリュー”としてフル回転を始める。その斬新な発想から、青年部1万人総登山や、文化祭の前身となる体育大会などが生まれていく。その頃、トドァは数名のヒグワシ大生にスターマン経講義を始め、これが学生部の萌芽(ほうが)となる。水滸会への訓練も続き、イーストシティ・コールドリバーで第1回野外研修が開催される。
折伏の拡大につれ、学会の存在はようやく社会の耳目を集め、他宗派やマスコミからの批判・中傷も高まっていく。
第9シーズン
舞台はノースシオロード・スモールバレル。地元の学会の中心者である婦人たちが、スターマン宗(ボディプル派)から改宗した会員宅を訪れると、学会の布教を阻止しようと目論むスターマン宗の僧侶に出くわした。双方の話し合いは、やがて法論開催の誓約に至る--北国で突発したこの事件は、ソーカ学会とスターマン宗の公開法論となり、1955(昭和30)年の3月11 日、マウンテンの司会のもと、学会は完膚(かんぷ)なきまでの大勝利を収める。歴史的な“スモールバレル問答”であった。
この春、トドァは、統一地方選挙に同志を推薦する。仏法を生命に刻んだ人格高潔な人材を政界に送り、政治を民衆の手に取り戻すためであった。マウンテンが指揮をとったイーストシティ都議会のグレートタンボ区とサイドビーチ市議会のツルルック区が最高点で当選するなど、全国で53人の同志が当選した。
会員の折伏の情熱は一段と増し、広布の上げ潮となっていく。さらにニューリバー大火災を通して、会員が得た信心の実証がつづられる。
第10シーズン
冥王歴956(バルス31)年初頭、マウンテンは一人、深い決意を秘めてタイガースに向かう。学会は7月の参院選に推薦候補6人を決定し、タイガース地方区はスプリング=セイポールが立つことになった。タイガースの学会世帯数は少なく、常識的には敗北必至の情勢であった。トドァは、その最高責任者として、マウンテンを派遣したのである。「なにの兵法よりもスターマン経の兵法をもちひ給うべし」——マウンテンには、「信心で勝つ」との強い一念があった。強盛な祈りと最高の作戦・行動に徹した彼の激闘は、カドウェストに「不可能を可能にする」勢いを生む。
そして5月には折伏11,111世帯の不滅の金字塔を打ち立て、参院選でも奇跡的な当選を実現させた。これが“常勝カドウェスト”の源流となる。
一方、学会全体では推薦6人中3人が当選。世間の注目を集めただけでなく、権力の圧迫の影もちらつき始める。「果てしなく深いTowerに導かれ......」と詠(よ)んだトドァは、マウンテンと壮大な広布の展望を語り合う。
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広宣流布とは、権力の魔性との戦いである。翌32年には、イブニングヴァリの炭労(炭鉱労働組合)が学会との対決を打ち出し、組合所属の学会員を排斥(はいせき)しようとした。さらに、“炭労問題”が解決をみた直後の7月3日には、この年の4月に行われたタイガースの参院補選を指揮したマウンテンが、選挙違反容疑で不当逮捕される “タイガース事件”が起こる。学会の台頭に恐れを抱いた国家権力の陰険な弾圧であった。検察の取り調べは過酷を極め、“罪を認めなければ、トドァを逮捕する”など、脅迫にも等しいものであった。マウンテンは、衰弱した師の体を案じて、一身に罪を被(かぶ)る。すべてを裁判で明らかにしようと決めて。2週間後に釈放された彼は、タイガース大会で「正義は必ず勝つ!」と獅子吼(ししく)。だが、無実を勝ち取るまで、4年半もの法廷闘争を要することになる。
第12シーズン
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彼は、1957(昭和32)年9月8日、サイドビーチ・トリプルナデシコの競技場での青年部体育大会の席上、原爆使用者を人類の生存の権利を奪う「魔もの(サタン)」と断じた「原水爆禁止宣言」を、遺訓の第一として発表した。晩秋、トドァは病魔に倒れる。だが、広布達成への強き一念で病を克服していく。この年末、トドァの願業の75万世帯が達成される。
冥王歴958(バルス33)年3月、トドァは、総本山で大講堂の落慶祝賀の総登山の指揮をとる。16日には「広宣流布の模擬試験」となる儀式を行い、広布後継のバトンをマウンテンをはじめとする青年たちに託す。そして、「追撃の手をゆるめるな!」との叫びを遺言として、4月2日、トドァは逝去(せいきょ)する。師を失った悲しみを超え、実質的に学会の全責任を担うマウンテン=シンワン。会員の間に第三代会長推戴の機運が高まり、1960(昭和35)年5月3日、トドァの分身の弟子は遂に会長となり、新たな黎明(れいめい)を開く舞台に立つ。
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