自由度の高いオープンワールドで普通に演奏家ロールプレイ

永井 彰

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第1章 未曾有の新世界!?

8kg.寄り道おっさん

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 みんなのおかげとはいえ、家族とはなんとか関係が良好になってきたタクミ。
 あとは仕事だ。迷惑をかけない、それを最優先する事にしたのだ。

(主夫だっていいじゃない。だって『エルド』が、じゃなく、家族がいるもの)

 家族あってのタクミだ。変に仕事を中途半端にするくらいなら仕事に関しては思いきって、デキる嫁に任せる。
 タクミはそう決心したのである。

「でも親父さん、怒るかな。それだけ心配だ」

 親父さんとはキョウコの父であり、つまり義理の父だ。主夫という言葉こそ社会に認知されてきたが、頑固一徹で生きてきたような人なだけにタクミは既に頭を悩ませていた。

(うーん、全てをマジメにシフトさせても、それはそれで現代社会は厳しいしなあ)

 現代的な趣味の1つや2つはあるのが現代人の強み、という事に関してだけは、タクミは自信を持っている。

(俺は新時代を切り開くんだ。『エルド』で・・・、あ、そうだ)

―――その手があったか。

 頑固親父を納得させるには、仕事に繋げれば良い。ある一筋の光明を発見して安心したタクミであった。

***

 今回のテーマはフリーターを極める、である。

 楽器の完成は後回しだ。なんと言っても、メインクエスト1で入手した仕上げツールがあれば、楽器の1つや2つはほぼ完成したも同然。

(親父さん。『エルド』の中ならこんなに自由でも誰にも怒られないんですぞ)

 そう、別に本当の現実世界でない以上、バイトすら毎日のようにはこなさなくて良い。ゲーム出来そうな時にだけゲームをする、普通の人でもフリーター感覚を手軽に楽しめるのが『エルド』だ。

(1ヶ月辞めてても、『サボってるんじゃねえよ』で済むらしいからなあ)

 本当の社会はそこまで甘くないが、『エルド』は所詮、ゲーム。娯楽のためのコンテンツなので、甘くてなんぼが基本だ。本当にダメなルール違反にだけ気を付けていれば良く、半年に1度しかプレイしなくても誰にも怒られない。
 現実の友達とチャットの約束があるなら別だが、今のタクミのような、いわゆるオフ専には無縁のトピックなのだ。

(もはや公然とゲーム雑誌のホームページがある時代なんです、親父さん)

 タクミの愛読書である週間コンシュマ道。そこにも当然のように『エルド』の記事は掲載されているし、くだんのホームページでも『エルド』旋風と言われる空前のブーム記事がトップページを飾り続けている。

 そんなしょうもない事に思いを馳せるタクミを知ってか知らでか、いや、タクミのプレイヤーキャラだから知っているに違いないが、バッシュはいつもの《ワダツィルで食堂バイトをひたすらこなす職(仮)》の1日を始めていく。

 常連さんも何人か覚えた。

 まずエルフの女戦士、アカフュさん。
 アカフュさんは常連さんの中でも別格で、ほぼ毎日来る上に必ずミートパイを買う。

 最初は「すみません」や「これ、ください」だったのが、徐々に「頑張ってるね」とか「お疲れ様」になってくるのは、キモオタでなくても不覚にも萌える・・・
 オフライン環境なので明らかにNPC、つまり現実の人間でこそないが、ネカマでもない。萌え豚と揶揄されている不遇な社会人たちにも安心設計だ。

(PCかNPCかは、ステータスで確認出来るのか)

 チェックしたいキャラにカーソルを合わせるか、方向キーでキャラを選ぶかすれば、任意のタイミングでそのキャラの情報を確認出来るのだ。
 その操作により一応、アカフュさんをNPCと改めて確認し、自分自身、つまりバッシュはPCと確認出来た。
 しかし、NPCであっても会話が変わるという事はつまり、そう。

 NPCには、認知度や好感度という隠しパラメータがあるのだ。

 もちろん、一般に言う認知度や好感度との意味合いは若干、違う。
 好感度は、恋愛シミュレーションや最近の学園モノRPGと同じく、一般的な「広くどれだけの人に好かれているかの度合い」ではなく「その人からどれだけ好かれているかを数値などにしたもの」だ。
 認知度も同様で、『エルド』では「その人との面識がどれだけあるのか」といった意味になる。もっとも、いかにオープンワールドだとしても認知度をパラメータにしたゲームは、まだ中々ないのである。

 食堂の常連さんの話に戻るとしよう。

 次は、ハーフオーガのジブドブさん。全てが濁音なので、なんとなく覚えやすい。
 それなりにご高齢なようで、バイトしていると「ふがふが」とか「年寄りを待たせないのは偉い」とか言ってくれる。
 アカフュさんと違い、見た目には職業が分からないためにステータスで調べてみると、なんとレベル62の大司祭だ。
 オーガは『エルド』に限らず知的な職業には育てにくいというのがファンタジーではほぼ常識な中で、ハーフではあっても素晴らしく頑張った(という設計の)NPCなのだろう。
 ちなみに、『エルド』ではレベル70が最大。つまり仲間に出来れば心強いという意味でも、仲良くして損はないのだ。プレイヤーによるレベル補正はNPCにも確かにある。しかし、やはり高レベル良装備のキャラはそれでも、ちょっとだけ強いのだ。

 そして、もっともこのバイトで衝撃を受けた常識さんがいる。

 ヴォイドさんだ。

 いかにも普通の名前だし、種族も人間だ。しかし、彼は〈固定NPCなのにワダツィル内を永遠にふらふらし続ける〉という彼だけが持つ稀有なルーチンを持っている。よって食堂にだけは定期的に顔を出すという事を知らなかったなら、滅多に居場所が分からないレアキャラだ。
 タクミがなんとなく調べたwiki情報なので、間違いない。

 台詞も独特だ。「友によろしく」「いつまでもここにいたい」「俺は俺のままさ」など、どんなに顔を合わせても癖のある台詞パターンは一切の変化を見せない。

(確かに仲良くなっても初対面と全くキャラ変わらない人、いるよ)

 タクミは素直に素晴らしい作り込みだな、と思う。ヴォイドにここまで感心出来るのは、きっとタクミも含めてわずかに違いない。

 そして、一方のバッシュにはちょっとした変化があった。

「常連にも覚えて貰えたな。次のステップに移ろうか」

 まさかのクエストレベルアップだ。
 昇給は単なる昇給だが、現実で言えば「出世も見込まれているから仕事が増えたよ、やったね」の状態が、該当するクエストのレベルが上がったという事だ。
 そして、クエストレベルが一定値になれば、食堂クエストを始めとした仕事系のクエストならば晴れて出世となり、特定のクラスへの条件が満たされたり、新しい仕事系クエストが増えたりする。ステータスにプラス補正がかかる場合もあるし、『エルド』の新たなシステムが解禁される事すらある。

「新入り、パン作りを教えよう」

 今までは料理しか教えてもらえなかったのが、ここに来て急展開である。
 ワダツィルの食堂は大きいので、現実ではパン屋さんがするようなパン作りもしている。バッシュはパンの売り上げが良いので、それを任せたいようだ。

 ただ、流石にそこからはミニゲーム方式である。タイミング良くボタンを押したり、正しい材料を正しい順番で素早く選んだりする、まさにミニゲームだ。
 しかし凝ったミニゲームなので、それなりには現実でのパン作りの勉強にもなる。それが『エルド』開発チームが変態クオリティ開発の名を欲しいままにする事に一役も二役も買っているらしい。


「うむうむ。キミ、中々やるじゃねえか」

 食堂の店主、ヤンさんに誉められた。
 現実においても、仕事というのは誉められるためにするわけではない。けれど、ヤンさんというNPCにではあれ、やはり誉められて悪い気はしないものだ。


 ワダツィル散策にも繰り出してみた。

 宿、ギルド、そして食堂の往復だけでは、ワダツィルを極めたとは言えない。
 というか、やりこまなくても毎日のように通行人が違うために、ぶらぶら適当に散歩だけで『エルド』の一生を終えるプレイヤーもいそうだ。

 今日はペットのゴールデン・カメレオンを肩に乗せて歩いている初老の紳士に出くわした。ゲームなのでステータスを見ればワダツィルの住人か、旅行客かも分かってしまう。しかし敢えてバッシュは何も見ないで紳士を見送った。
 一期一会の気分を味わえる制限プレイ。大いに結構じゃないか。ただ、必要に応じてステータスを覗くスタンスまで変えるという思いまでは、さらさら無いらしい。

 そしてふと気付く。紳士が来た方角を見れば、遠くの方にペットショップらしき看板があるのだ。これは行かない手はない。

 ペットショップ「風無垢」。

 ゲームとは思えないオシャレで洗練されたデザインの店内には、先ほど見たゴールデン・カメレオンの別個体がまだいた。
 ただ、ケージの中で、金箔にしか見えない擬態をしていたので分かるまでに時間はかかったようだ。それはもう、金箔の正体が分からないままに、店員さんとの会話に「あれ、金箔ですよね」の選択肢があり思わず選んでしまったほどだ。
 他には、小さな草色のクラウン・スライムと呼ばれる妙に強そうな、やたらハリのあるスライムや、キリンとハムスターを足して2で割ったような、覚えられないほど長い名前の珍獣などバリエーションは様々だ。

(癒し系ペットが多そうな感じだ)

 これはこれでアリか、とは思うバッシュだが、あいにくペットショップあるあるの軒並み高価は『エルド』にも、しっかりと実装されている。
 さすがオシャレな店内なだけはあり、何も買わずに出ても「冷やかしかよ、チッ」がないだけマシというものだ。

(っしゃあ。たまには外食するぞ)

 もちろん『エルド』の話だ。食堂で食べてもそこそこリーズナブルなので良いが、1つの町に複数の飲食店があったりするのもリアル志向ならではだ。

 「風の珈琲コーヒー」という喫茶店らしき建物を発見するが、スルー。今回は、しこたま貯めたバイト代で優雅なランチを楽しむための探索なのである。

 「食事処 風風」。
 バッシュの直感はここだと告げている。

 意気揚々と店内に突入していくのだった。
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