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第1章 未曾有の新世界!?

7kg.メインクエスト

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 作業台で早速、打楽器を作ってみる。
 先述の獣の皮をここでも使う。これは小屋の暖簾用も含めて、何でも屋で仕入れた物だ。道中で豚系の魔物とも戦ったが、剥ぎ取るような刃物は手元にはない。
 小刀は剥ぎ取るには短すぎるのだ。

 よって、倒した魔物は放置する。焼却するのが本来らしいが、初心者の内は気にしなくて良いらしい。
 しばらくすると死んだ魔物の位置が割り出され、自動オートで通称・裏方たぬきと呼ばれるタヌキ型の無敵NPCが魔物の死体を焼却したり、魔物用の復活処理をしたりする。

 『いきなり魔法使い』の回で述べたように、魔物には魔物の復活先があるためだ。ただし、人間でも世界から悪人として見なされれば、復活先は魔物と同じになる。
 悪人プレイとしての『エルド』上の悪人は、徳レベルというパラメータが0未満である事が条件である。-1000未満なら極悪人だが、そこまで目指すのは初心者ではまず不可能である。
 オンラインプレイでユーザー禁止行為をする本当の・・・悪人行為は、現実のアカウントに大幅に制限が掛かり、よほど悪質ならオンライン不可になる。しかし悪人プレイはあくまでゲーム世界の中におけるロールプレイであり、それとは全く別物。つまりシステム上の、箱庭の中での悪役である。
 あくまでゲーム世界における、ゲームのルールに沿った、いわば『なりきり悪人ごっこ』が、この手のゲームでは悪人プレイと呼ばれるわけだ。現実の禁止行為、すなわち規約違反やネットマナー違反とは区別された正しい遊び方である事は、ここに説明しておく。
 つまり仮に今、タクミが窃盗スキルを高めて道具屋「涼風の森」からポーションを万引きしまくった結果として『エルド』世界で《称号:世界級犯罪者》を得てしまいワダツィルの警備兵に殺された場合、復活先は悪人用の復活先となるのだ。

 これの補足として、一般的なテレビゲームとは一線を画すオープンワールドの醍醐味に関わる、『エルド』内で悪人プレイとしての犯罪者になった場合の話をしておこう。
 その場合には、町の住民から警備兵から店員に至るまで、つまり盗賊や賞金首などを除き、人間は基本的に敵になる。逆に、自らがゲーム内で犯罪者だと、盗賊や賞金首などの、いわゆぬならず者、極悪人ともなると魔物までもが味方になる。
 普通のテレビゲームならば、そもそも人間を倒しても、敵キャラならおとがめなしだ。『エルド』も似たような物だが、敵や味方が同じ立場かどうかで決まり、その指標の一つが徳レベルだ。他にも所属勢力や戦争レベルなど細部にわたっての細かさ、リアルさはある。しかしそれは、いずれ説明していく。

 もっとも今のはたとえ話であり、この物語でタクミが悪人プレイをしようとしているのではない。
 『エルド』世界では、メインクエストを全てクリアすると上級者モードが解禁され、プレイヤーキルすらルール違反にならずに悪人まっしぐらプレイが出来る。まあ、上級者モードでないとそもそもプレイヤー同士は攻撃は出来ないのだが。
 とにかく『エルド』では、バッシュは善良で、どんな不遇にもめげない前向きな演奏家を目指している。それだけ、まずは覚えていればこれから先の展開に混乱する事はないだろう。
 要は、バッシュは善人プレイでゲームを進めていくことにしているのだ。

 さて、メインクエストの話に移る。
 メインクエストは、多くのオープンワールドで実装されている、普通のRPGのメインシナリオとほぼ同じ概念だ。
 メインシナリオよりも1つ1つがクエストとして独立している点がシステム上で強調されるのは特徴的かもしれない。
 実際、『エルド』でも、メインクエストではいくつものクエストを順番に解決していく。最終クエスト、つまり、いわゆるラスボスを倒したらエンディング、ゲームクリアだ。
 要は上級者モード狙いでなくとも、普通にゲームとして『エルド』を楽しむならメインクエストをクリアしていけば良いのである。

 もっともオープンワールドがある意味で恐ろしいのは、多くの場合、メインクエストとは関係ない寄り道や、半端ないレベルでのやりこみ要素だけで楽しくなってしまう事なのだ。
 タクミもまた、もしかしたらそうなってしまうかも、とは思ってはいるらしい。

 実際、メインクエストをクリアするだけなら本当に戦士で十分だとか、楽器作りは時間が掛かるから初心者にはオススメしないというのは『エルド』の説明書に書いてある。
 そう、『エルド』の製作陣からしたら、楽器作りはやりこみ要素なのだ。
 ただ、やりこみ要素にまでなるのはあくまで究極の楽器を作りたいとか、作った楽器を高値で売りたいとかいうレベルの話ではある。


 そんなバッシュだが、実は最初のメインクエストは、オープニング終了後に自動で受注している。また、それが楽器作りに限らず製作系には必須そうなアイテム『名工モラの仕上げツール』が手に入るクエストなのが、メニューのクエスト情報画面で判明してしまった。

 つまり、これからバッシュは〈楽器作りのためにメインクエスト1をクリアしにいく人〉という不思議な見えない称号を背負ったも同然だ。

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メインクエスト1
加護の腕輪をモラに渡す
依頼者:ラーヌの大臣・カカム
報酬:
  7000geld
  ◎疾風の靴
  名工モラの仕上げツール
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 フォヒエの装備に不知火王なるキャラから貰ったらしき◎不知火の指輪があった。そして◎疾風の靴も名前からしてクエスト固有のアイテムの雰囲気がある。
 つまり◎付きは、ハクスラによくあるユニークアイテムの可能性が高い、という事だ。
 ちなみにユニークアイテムは、名前固定のアイテムだ。普通のRPGで言うなら、店売りではないレアアイテム、くらいの価値と思われる。

 ラーヌという見慣れない用語。これは恐らく、大臣にまつわるなら国だろう。つまりメインクエスト1を始めるには、どうやらラーヌという国に向かう必要がありそうだ。
 慣れてきたワダツィルの町で地道に聞き込むと、ラーヌはワダツィルの北。やや遠いが、馬車が出ているので安心らしい。

 『エルド』では、国や町の違いはせいぜいマップの広さと思えば、最初の内は問題ない。とりわけ、勢力などを考えて戦争を左右出来る凄腕の戦士でもない、ただの生産職にはマップの広さでしかないのだ。

(馬車賃も1人50geld。行けるな)

 こうしてバッシュたちはパーティーとして、ラーヌの国に出発した。
 馬車は適当に漕いだ自転車くらいの速さしかないので、ラーヌに着くまでにゲーム時間で1時間もかかった。
 システム上、馬車の中なら魔物にも野盗にも襲われないので、時間さえ気にならなければそう問題でもない。そこまで気にすると、いわゆる廃人プレイヤーの仲間入りなのだ。

 ラーヌの城には、誰でも入れるらしい。夜は入れないが、幸いゲーム時間はまだ昼だ。

「よくぞ来た、旅人よ。ゆっくりしていけ」

 大臣のこんなセリフの後には「国の情報を聞く」「依頼リスト」の選択肢が続く。タクミは迷わず依頼リストを選んだ。

 すると、今のところはなのか、メインクエスト1しか依頼はありそうにない。こういった固定キャラからは、特別な依頼しか受けられないのだろう。他の依頼はあったとしても、フラグが立っていないのだ。
 よってバッシュはメインクエスト1を大臣カカムから直接受けた。そして、加護の腕輪を譲り受けたのだ。

 ただ、加護の腕輪は重要アイテム扱いのため、装備は出来ない。もしやとワクワクしながらメニューを開いたタクミだが、試しに装備する事すら出来ないのは、なんとなく寂しいものだと思ったという。

 モラの居場所を探すため、またしても聞き込みが始まるかと思ったが、依頼主のカカム自身が居場所を知っているようだ。

「おお、忘れるところだったよ。モラなら城下町の工房におる。私は忙しいのでな、よろしく頼んだぞ」


 かくしてバッシュたちは、ラーヌ城下町の工房にやって来た。ラーヌ城下町は広いが、あちこちに案内地図がある。工房も場所が分かりやすく書かれており、すぐに見つける事が出来たのだ。

「うんうん。いかにもワシがモラじゃ。何かお探しかの」

 白いハチマキに無精髭、濃緑の分厚い作業着という、いかにもなキャラだ。
 加護の腕輪を渡す選択肢があったので、それを選んだ。

「ほひほひ。これじゃよ、これ。こいつがありゃあ、あの荒くれ者デュラルも悪さ出来まいて。ほれ、これは褒美だ」

 こうしてバッシュは、メニューの報酬欄にあった◎疾風の靴(エンチャントは+速度3 +風属性9だ)と、〈念願の〉名工モラの仕上げツール、そして7000geldと、序盤にしては破格の高額もゲットしたのだった。


 ゲーム内の文章を読み進めた限りでは、次のメインクエストは、即座にメニューに追加されたようだ。
 ただ、バッシュたちはおつかいに疲れたので、とりあえずは即ワダツィルに帰る事にしたのだった。

***

「兄貴、どうだった。パーティープレイ」
「なんつうかな」

 なんとなく一拍置いて、タクミは続けた。

「お互い、操作に必死でほぼチャットにはノータッチだったな」
「わはははは。・・・だな」

 二人で心から笑い合ってほっこりしていると、珍しくキョウコが早帰りだ。

「お、二人が仲良しなんて珍しいじゃーん」
「そ、そうかい?いつもこうだよな、兄貴」
「んー、まあまあまあ」
「仲悪いみたいなノリよしてやー」

 更に気付いた事には、ケイもアオナも帰ってきていたのだ。

「なんだなんだ、みんなして今日は。あれ、そう言えば今日って」

 タクミはそこで思い出した。

「「パパ」」「あなた」「兄貴」
「「「「誕生日、おめでとう」」」」

「お、お前たち・・・!」

 思わず涙ぐんだ。決して人生をサボっていたとは思わない。編集の仕事をタクミなりに頑張ってきた。
 そして、エルド。
 タクミはそんな人生で良いのかと日々反省していたのが、今日ばかりはそんな鬱屈は吹き飛んだのだった。
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